…寝れない。
修学旅行前夜、私はパンイチでベッドに入って眠りに就こうとしていた。
でも、寝れない。
明日の事が頭から離れず、目がギンギン、心臓バクバクでとてもじゃないけど眠りに就けん。
修学旅行に対する不安と期待が、私の心の中でせめぎ合っているこの感覚。
くっそー、カイちゃんならこんな悩みとは無縁で、今更ヘラヘラしながら気持ち良く寝てるんだろうなー。
そう思うと、なんかムカッとしてきた。
「よし、電話してやろ。」
そう思い立って、スマホを手に取りカイちゃんに電話を掛けた。
数秒間の呼び出し音の後、聴き慣れた声が聞こえる。
「もしもし白狐ちゃん!どうかしたの!?」
夜分に電話を掛けたというのに、カイちゃんの声はやや興奮気味だ。
「あー、いや、ただ電話掛けてみただけで、別にどうもしてない。」
「どうもしてないのッ!?」
なんだなんだ、やけにテンション高いな。
「カイちゃんこそ、どうしたの?さっきからグイグイくるけど。」
「いやだって、白狐ちゃんから電話くるなんて、アタシにとったらメッチャ嬉しいラッキーイベントだよー!
しかも、何の用も無いのに掛けてくれたなんて、一番嬉しい理由じゃない!
それって、夜の話し相手にアタシを選んでくれたって事でしょ!?」
「えッ!?……まぁ、そうだけど。」
「うわはあぁぁ、嬉しいィィ!!」
奇声混じりに喜んでやがる。
全く、鬱憤ばらしに電話してやったのに、逆効果だったか。
「で、で、お話するんだっけ?何の話する?」
「んー、じゃあ明日の修学旅行。」
「あぁ、そうだよねー!もう明日だもんね!ドキドキだよねー!
アタシもずっと楽しみで、眠れなかったからさ。
ちょうど白狐ちゃんが電話してきてくれたから、緊張を紛らわすのにグッドタイミングだよ!」
「え?緊張してたの?」
思いがけない言葉に、私は目を丸くした。
カイちゃんでも、緊張する事なんてあるのか。
「するよ〜。だって白狐ちゃんと初めての遠出なんだし、ドキドキしない訳がないよ。」
「ふ〜ん…」
ま、相変わらずいつものカイちゃん節、か。
それからというもの、1時間くらいの間、明日の修学旅行について語り合った。
他にも普段の出来事や学校での話題など、夜の電話だというのに思っていた以上に盛り上がった。
このままだと、翌日に寝不足になりかねないので、12時を回る前に通話を終了した。
無料通話アプリじゃなきゃ、死んでたところだ。電話代的に。
でも、まあ、結果的に電話を掛けたのは正解だったかな。
カイちゃんも楽しそうだったし、私の緊張もだいぶほぐれた気がする。
あの子の声からマイナスイオンでも発生しているのか、妙に落ち着けるんだよなぁ。
「フフ、楽しみだ。」
明日の事を妄想して口角を緩ませながら、私はベッドの中でゴロゴロしながら、やがてゆっくりと瞼を閉じた。
◆◆
そして翌日。
つまりは、修学旅行当日の朝。
率直に言って、寝坊した。
快眠し過ぎて、目を覚ました頃には家を出る時間の5分前だった。
「うおわァァァァッ!?」
焦りに焦った私は、階段を転げ落ちるように降りて行った。
そのままダイニングへと駆け込むと、そこでは弟が一人で朝食のご飯と目玉焼きを食べていた。
プロレスラー志望で、やたらガタイの良い可愛くない弟だ。
「お、姉ちゃんおはよう。」
「うっさい馬鹿!どうして起こしてくれなかった!?
クソッ、朝食をゆっくり食べている時間なんて存在しない!」
「いや、姉ちゃん勝手に部屋入ると怒るじゃん。
あと、その格好で外出るなよ。一族の恥だから。」
「え?」
弟に言われて自分の服装を確認したら、パンイチ姿でスクールバッグを肩に下げていた。
「うぎゃあァァッ!?なんじゃこれ!着替えとらんやないかいッ!」
流石にこんな格好で外に出たら、末代までの大恥だ。ていうか警察沙汰だ。
「うわぁ、めっちゃアホじゃねえか。さすが一族の恥。」
「クソが!黙れッ!」
弟と軽く罵詈雑言のやり取りを交わしながらも、私は韋駄天の如き速さで部屋へと戻り、神速の着替えをこなしてから制服姿で自宅を飛び出した。
そこから学校に着くまでの事は、正直よく覚えていない。
あまりにも急ぎ過ぎて、道中の記憶が曖昧なのだ。
ただ、学校に着いた時点で、私の全身は鳥の羽根に雑草、その他よく分からないゴミにまみれていた。
一体全体、私はどんな道を通って来たんだ…。
「尾藤さん!一体どうしたの!?」
クラスの皆は、校門の前で並んでバスが来るのを待っていた。
担任の先生が、ボロボロになって登校して来た私の姿を見るなり、心配そうに駆け寄って来た。
こいつぁヤバいぞ、一番最悪な形で目立ってしまった。
「あ、いえ、なんでもないです。遅れてすみません。」
「ええ、まだバスが来るまで時間はあるから大丈夫だけど、取り敢えず制服の汚れを取って来なさい。」
「……はい。」
クラスの皆が、なんとも言えない表情で私に注目している。なんという悪目立ちだ!
カイちゃんや野茂咲さんにも、心配そうな顔で見られているのに気付いた。
やめて、そんな不安そうな表情でこっちを見ないで!
ただ単に寝坊しただけだから!
◆◆
「なぁんだ、ただの寝坊なんだね。良かった。」
バスの中で、私の隣の席に座るカイちゃんが、心底安心したといった感じでそう言った。
バスの席順は班ごとに固まっていて、私はカイちゃんの隣になったのだ。
唯一の友人が隣になってくれたのは、私にとって僥倖極まる、うん。
話した事ない人が隣だったら、かなり気まずい雰囲気になっていただろう。
「カイちゃん、一体何を心配してたの?」
一応、周りにバレないように小声で会話する。
「いやね、昨日の夜に電話してた時、修学旅行が不安みたいな事言ってたじゃない。
だから、当日になって体調でも崩したのかなぁ、と。」
「逆に、熟睡し過ぎて寝坊しちゃったんだけどね。体は健康そのものだよ。」
というか、そもそも私の体は不変力の影響によって体調を崩しようがない。
まあ、精神的に参っちゃう事はあるけど、病気や怪我なんかとは永遠に無縁なのだ。
「そういうカイちゃんの方こそ、平気だったの?緊張してたんでしょ?」
「うん、でも、白狐ちゃんの声を聴けたから、全然大丈夫だったよ。」
「……そう。」
本当なら、「恥ずかしい事言うな馬鹿ッ!」とか言って引っ叩いてやりたいとこだけど、流石にバスの中でクラスメイトの目もあるので自重する。
ご褒美が貰えないカイちゃんも、どこかウズウズしている様子だった。
「ちょいちょい。」
「ん?」
私はカイちゃんの顔を寄せて、耳元で囁いた。
「後で2人っきりになったら、楽しみにしておきなよ。」
「うへッ!?そそそ、それってどういう意味でしょうか…?」
「フフフ、秘密♪」
私は悪戯っぽくニヤリと笑って、動揺するカイちゃんを見事に翻弄してやった。
この子は、私がこういう態度を取るとすぐにあたふたするので、その様子が面白くて時たまこうしてイジってしまいたくなる。
カイちゃんは、顔を真っ赤に熱らせたまま、俯いてしまった。
どうやら、効果は抜群だったみたいだ。
んー、可愛い反応してくれて、余は大満足ぞよ。
それから私とカイちゃんはたまに雑談を交わしながら移動時間を潰していると、あっという間に空港へ到着。
人生初の飛行機に乗って充分に興奮した後は、ものの数時間で那覇空港へと辿り着いた。
『めんそーれ沖縄』と書かれた看板に出迎えられ、私含めた6班の4人のテンションはグングンと急上昇していくのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの趣味は?
「えっと、読書と、白狐ちゃん観察かな!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!