「………ちゃん!」
ん?
「………っこちゃん!」
なに?よく聞こえないんだけど。
「…起きて!白狐ちゃんッ!」
「んえッ!?」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて、目が覚めた。
「おわあぁぁぁッ!?」
と同時に、勢い余ってベッドから転げ落ちた。
「白狐ちゃん大丈夫?おはよ。」
マイ寝巻きであるパンツ一丁姿のまま、ベッドの下に変な体勢で転がっている私に、カイちゃんがいつもと変わらない笑顔で朝の挨拶をしてきた。
いつもと変わらないと言う事は、こういうハプニングは慣れたものである。
「ん〜、カイちゃんか。
おはようございます、はい。
ふわぁ、ねっむ……」
寝ぼけ眼を、手の甲で擦る。
「眠そうだねー。
まあ、昨日あれだけはしゃいでたから、無理もないよね。
アタシも今起きたとこだもん。」
部屋を見回すと、空になったお菓子の袋やジュースのペットボトル、お酒の缶もチラホラ転がっている。
そんな惨状を見て、私の記憶が瞬時に蘇った。
「あ〜、はいはい、そうだったね。
昨日は、私の誕生日パーティーでドンチャンしてたんだったな。」
私は酒を飲んでないのに、なんかすっごく疲れてる。
反対にカイちゃんは、ガブガブ酒や食べ物を掻っ込んで、えらく酔っ払っていたというのに、一晩寝ただけでスッキリ元通りになっている。
不変力を使ってもいないのにこの回復力……この女、化け物か?
「うん!記憶はちょっと曖昧だけど、楽しかったよー!」
「…えっと、確かに楽しかったけどさ…
はしゃいだ後、部屋片付けるのは普通に面倒だな。」
「それじゃ、最新のお掃除ロボットでも買いに行く?」
「あー、そうだな。
前から欲しいと思ってたし、これを機に買いに行ってみるか。」
「やったー!白狐ちゃんとショッピング!」
今現在、私の家には私一人しか住んでいない。
だから、このだだっ広い実家をどう扱い、何を買って何をどこに置こうが、全て私の自由なのだ。
◆◆
「ん〜、着いた。」
普段通りの私服に着替えて、私とカイちゃんは隣町の大型家電量販店へとやって来た。
店舗の中には多数のホログラム映像が至る所に表示されていて、いずれも新商品の紹介映像や、店内の案内図なんかが映し出されている。
この数十年、人類の科学技術が発展したお陰で、特にこのようなホログラム技術が一般にも広く浸透しているのだ。
時代の流れってやつを感じるねぇ。
「えっと、お掃除ロボットは、と…
あ、あの辺っぽいよ!」
「あーもう、歩くの早い!
ホント元気だなー。」
先導するカイちゃんに、私は欠伸混じりについていく。
お目当てのお掃除ロボットは、入り口近くの最新ロボットコーナーに置いてあった。
「ん?もしかしてカイちゃん、最新モデルのやつ買う気?」
「勿論だよー!家電買うならやっぱり、最新型じゃないと!」
「うーん、私としては、数世代前のちょい旧式な、お値段お手頃なやつにしようと思ってたんだけど。」
そう言った瞬間、カイちゃんの目の色が変わった。
「駄目だよ白狐ちゃん!その考えは甘いよッ!」
「なぬッ!?」
急にマジな空気を出してきたカイちゃんに、ちょこっとだけたじろぐ。
「そうやってお金をケチって、旧型とか中古の製品を買うと、後になって後悔するパターンが多いんだからね。
いざ使ってみたら思ってたのと違ったり、求めてた機能が付いてなかったり、思いがけない不具合が発生したり……
買うなら、絶対最新型の新品だよッ!」
「分かった分かった、落ち着いて落ち着いて。
って言うか、そこまで必死になってるって事はもしかして…?」
「そうだよ。アタシは過去に何度も、失敗した経験があるの。」
「…ほ、ほう……なるほど。」
真面目な表情で語るカイちゃんの言葉には、経験に裏打ちされた確かな重みが感じられた。
無論、私はそんな危機迫るカイちゃんに逆らう事など出来なかった。
「んじゃ、めっちゃ良いやつでも探しますか。」
「何体かあるけど、白狐ちゃんの家に合いそうなのは……」
「ウチ広いからなー!そう簡単に見つかる?」
「これとか良いんじゃない?」
「ほう?どれどれ。」
カイちゃんが見つけたのは、一見可愛いイモムシのような見た目をした、サイズ的には旅行の時に使うキャリーバッグくらいの大きさがある、割とデカいやつだ。
あれ、これって確か…
「これ、前にテレビで見た事あるな。
のそのそイモムシみたいに這って、ゴミを掃除するんでしょ?」
「うん、そうみたいだね。
這うって言っても意外と早いし、高性能なAIも搭載されてて人が近づいたら自動で避けるらしいし、棚の隙間みたいな狭い場所も付属のアタッチメントを駆使して自在にお掃除!
ゴミとゴミでないものの区別も付くし、吸い込んだゴミは事前に記憶したゴミ箱まで自動で捨ててくれるんだって。」
なるほど、そりゃ凄い。
「確かに便利だな。
めっちゃ欲しいけど、デザインがなぁ。」
「あれ、白狐ちゃん虫好きなのに、イモムシはお気に召さなかった?
こんなにデフォルメされて可愛いのに。」
「いや、私の場合デフォルメされてるのが良くないんだよ。
どうせなら本物志向でリアルなイモムシデザインだったら、迷わず買ってたな。」
「うわぁ、白狐ちゃんの面倒臭い部分が出ちゃった。
リアルにしちゃったら、売り上げ下がっちゃうでしょ。」
「うっさいわ。でも買う。」
「買うんだ。」
だって、他にこれ以上良さそうなの無いし。
デザインはともかくとして、家中を自動で綺麗にしてくれるのは非常に便利だ。
長く使ってれば、愛着も湧くかもしれんし。
「それにこれ、ビルや大型の施設でも活躍出来る製品らしいから、ウチにはピッタリだな。
更に更に、棚の上に溜まった埃なんかも、自分でよじ登ったり、アタッチメントを上手いこと使って掃除してくれるらしい。」
「…なんか、アタシの家にも欲しくなってきた。」
「買っちゃえ買っちゃえ。」
「うーん、どうしよっかな…。」
「カイちゃんが今住んでる家、結構大きいんだし、全然有りでしょ!
お金も有るんだし。」
そう、今やカイちゃんは、結構なセレブの一員なのだ。
まあ、芸能人の頃からそこそこ稼いではいたけれど、芸能界を引退してからは、グルメなのが高じてラーメン屋や焼肉店など、複数の飲食店を経営する実業家に驚きの転身をしてみせた。
うんうん、いかにも芸能人っぽいよね、そういうの。
「そうだね、それじゃあアタシも白狐ちゃんとお揃いの買っちゃおっと。」
そういう事になりました。
◆◆
「うーわ便利だなぁ!」
「器用にスイスイ掃除してくれて、本当良い買い物したねー。」
「音もほぼ出てなくて静かだし、買って正解だったな!」
現在、購入したお掃除ロボットを私の家で試運転中。
期待以上の完璧な仕事ぶりに、私とカイちゃんはえらく感心していた。
ちなみに、このお掃除ロボットの名前は『キャタピラ芋子ちゃん』というらしい。
イモムシ界の女子高生という設定だと、説明書に記載されていた。
いや、イモムシのJKってなんやねん。
「このロボットの開発陣は、どうしてこんな設定を取り入れたのやら。」
「イモムシの社会にも、きっと色々あるんだよ。
この子もきっと、沢山ゴミを吸って成長して、いつか成虫になって大自然へと羽ばたく日が来るんだよ!」
「いや、羽ばたかれたら困るんだけど!?
そしたらコイツ居なくなっちゃうじゃんッ!
会社にクレーム入れるぞ!
ってか、ゴミを吸って成長するってのも、そもそも無理があるからなッ!
あとイモムシのJKってなんやねんッ!ハァ…ハァ…」
「おお!世にも珍しい白狐ちゃんのツッコミラッシュ、堪能させて頂きました。」
私にここまでツッコませるとは、末恐ろしいイモムシ型ロボットだこと。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが落ち着く香りは?
「やっぱ海沿い育ちだし、磯の香りが良いよなぁ。」
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