地下施設でリグリーと出会ってから、2ヶ月ほど経ったある日の出来事だった。
この日、私とカイちゃんは、リグリーを誘って海釣りに来ていた。
釣り場は近場の防波堤で、私達は動きやすい服装で割と本格的な釣り具セットを用意している。
インドア派の私が釣りだなんて珍しい事もあるもんだとお思いのそこの貴方、私は別に釣りは嫌いじゃないし、むしろ好きな方だ。
釣り糸を垂らして呑気に待っているあの時間は良いもんだし、魚が釣れれば更にハッピー!
まあ、この辺の魚は不変力の影響を受けてて調理出来ないから、基本的に全部リリースする訳だが。
「釣り……緊張しますね。」
初めての釣り体験に、リグリーは何故かガチガチに緊張しているご様子。
「いやいや、もっと肩の力抜いていいから。
そんな緊張するもんじゃないって。」
リグリーも私達同様、釣り人向けでレジャー用のラフな服装で参加している。
彼女の神秘的な身体とは、めっちゃミスマッチなのは言うまでもない。
「しかし、ワタクシは昔から、初めての体験にはどうしても緊張してしまう質でして。」
「それはまあ、誰しも初めてじゃそうなるよねー。
安心して、アタシ達がちゃんと教えてあげるから!」
「ご、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。」
「だから堅いってー!」
こいつはなかなか重症だなぁ。
「んー、取り敢えず実際にやってりゃ慣れるでしょ。
レッツプレイフィッシング!」
「おー!」
「…お、おー!」
きっと大丈夫だろう。
うん、きっと。
◆◆
本来なら立ち入り禁止の防波堤に荷物一式を持って立ち入り、折り畳み椅子に座って海を眺めながら釣り糸を垂らしている。
私達の眼前、途中で途切れた東京湾の先には、金星の不毛な荒野が広がっている。
私達の町が、金星の上に乗っかってる形になってるから、この不自然極まる光景も当然なんだけどな。
「……んで……」
私はチラリと、左隣りのリグリーに目を配る。
「うわッ、また釣れましたよ!」
「……す、すごーい!」
「半端ない才能だなオイ。」
釣りを開始してから早くも1時間。
私とカイちゃん合わせて、まだ小魚2匹しか釣り上げていないのに対して、リグリーの方はじゃんじゃん掛かる入れ食い状態だ。
良いサイズのハゼやらカワハギやらが、もう5匹も釣れている。
「ちょい待ち、私達とのこの差は何なの?」
ビギナーズラックとはいえ、いくら何でもここまで差が開くのはおかし過ぎる。
大人気ないのは承知の上だけども、なんか悔しい!
「何か、リグリーちゃんなりのコツとかあるのかな?」
「コツ……というか何と言うか、お2人が釣りに行こうと誘ってきたのが一昨日だったので、それから今日まで本を読んで、この辺りに生息している魚の生態や、釣りの基本的なテクニックを学びました。
それを応用して、少し竿の振り方や餌の付け方などを工夫しただけですよ。」
「…ま、マジか。」
「流石は天才科学者さんだねー!」
そうか、自慢の頭脳で編み出した論理で構築されたテクニックって訳か。
羨ましいじゃないか、そのインテリジェンス!
「ふ、ふんッ!
そんなに沢山釣ってても、ちっとも羨ましくなんかないんだからねッ!
私は私なりのやり方で、大漁目指してやるー!」
「嗚呼、悔しさのあまり白狐ちゃんがキャラ崩壊してるー!」
そんなこんなで3人仲良く釣りをしていたら、不意にリグリーが妙な事を言い出した。
「そう言えば皆さん、いつ頃金星を出発する予定なんですか?」
「え?」
一瞬だけカイちゃんと顔を見合わせて、私が答える。
「いや、いつ頃とかって言われても、この町を動かす手段が無いから出発自体が出来ないんですけど。」
「………あ。」
何か不味いことを聞いたみたいな顔をしているリグリー。
突然どうした?
「……えっと、それ、ワタクシがどうにか出来るかもしれません。」
「え、マジで?」
「はい、多分マジです。」
多分ってのが気になるけど、こいつぁ願ってもない話だ!
もし金星から脱出出来る手段があるのなら、何億年も待って金星が自壊するのを待つ必要が無くなるぞ!
流石にこの何も無い荒野も少し見飽きてきたからな。
「それってどうやるの?どうするの?」
カイちゃんも興味津々で前のめりに聞いている。
「この間、地球を金星に引き寄せる為に重力波を使った話をしましたよね?
その重力操作の装置をこの町に取り付ければ、たとえ宇宙空間でもこの町を自由にコントロール出来る筈なんです。」
「ほ、ホント!?」
「…まあ、あくまでも理論上は可能なだけで、実践した事はないので確信はありませんが。」
「それでも試してみる価値は充分あるよ!
白狐ちゃん、どうする?」
「もち、やるっしょ!」
決定!
思わぬところでグッドニュースが入ったもんだ!
あ、ちなみに釣りの結果は言わずもがなよ。
◆◆
翌日。
「さて、ここまで来た訳だが。」
私とカイちゃんは、リグリーに連れられて地下施設の最奥へとやって来た。
リグリーの肉体が封印されていた、あの部屋だ。
「ここから更に隠された部屋への入り口を開きます。」
「えッ、また隠し部屋があるの!?」
隠し部屋多過ぎだろ!
「はい、少し待ってて下さい。」
リグリーは、すぐ側の機械端末を手慣れた様子で操作し始める。
「…ふむ、金星の地表の隠し通路の先の地下帝国の隠し通路の先の地下施設に隠された隠し部屋の中に隠された更なる隠し部屋、か。」
「隠され過ぎててややこしい事になってるね。」
「全くだ、色々と隠され過ぎだろ。」
「す、すみません。
そうなるように設計したの、ワタクシなんです。」
「マジですかい。」
リグリーが白状して、なんか微妙な空気になる。
まあ、隣の国とのイザコザがあったらしいし、セキュリティを厳重にしなきゃいけなかったんだろう。
「えっと……確かパスワードは………これで合ってたかな……?」
見物しているだけの私達とは対照的に、リグリーは眉を顰めながら機械の画面と懸命に格闘している。
何か不穏な独り言が聞こえたけど、本当に大丈夫だよな?
期待を持たせられて、やっぱり駄目でしたなんて言われたら、結構ヘコむぞ。
それから10分ほど無言で待っていたら…
ゲシッ!
と、リグリーが徐ろに操作していた機械を思い切り蹴っ飛ばした。
突然の出来事に、私とカイちゃんはビクッとなる。
『ピーーーー、〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓。』
と、聞き取れない言語の機械音声。
「ふぅ……すみません、お待たせしました。
これで隠し部屋に入れますよ。」
「……あ、はい。」
口は災いの元。
パスワードを忘れて、ヤケになって機械を蹴ったら偶然セキュリティが解除されたんだろうとか、余計な事は言わないようにしとこう、うん。
リグリーの花咲くような笑顔が、初めて怖いと思えた。
◆◆
隠し扉があったのは、リグリーが入っていたカプセルの裏側だった。
普段は壁と同化しているけど、管理者であるリグリーのパスワード入力により、横にスライドして開いた。
人一人が充分通れるサイズの入り口だ。
「では、ワタクシが先導しますね。」
「ん、よろしく。」
リグリーを先頭に、私、カイちゃんの順に続く。
通路はやはり照明付きで、私達が通路に立ち入ると同時に一斉に点灯した。
これなら快適に進めるぞ。
長さも大した事は無く、50メートル程進んだ時点で出口の扉が姿を現した。
「では、開きますね。」
リグリーが扉に手を翳すと、それに反応して即座に扉が開いた。
きっと、リグリーの生体反応とかを認証しているのだろう。
という事はだ。
ここから先は完全に、リグリー専用の研究施設って事になるわな。
そう考えると、凄い人だったんだな。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな夏の風物詩は?
「夏と言えば風鈴だな!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!