「……くそ、卑怯だぞ貴様ッ!」
「フッフッフ、白狐ちゃんはまだまだ甘いね。
この世はお金が全て!
財無き者に人権は無いに等しい!」
床に座っている私の背後から私を抱き締めながら、悪役感満載な台詞を口走っているカイちゃん。
一見シュールな光景に見えるけど、実際にはただテレビゲームに興じているだけだったりする。
「ああッ、おいその土地は私が買おうとしてた土地だぞ!」
「残念、弱肉強食!早い者勝ち!
そもそも白夜ちゃん、この土地買えるだけのお金持ってないよね?」
「うぐぐぐぐゥゥ!!」
現在の私達の町の季節は冬。
カイちゃんが暖を取りたいとか言い出して、私に密着しながらゲームで対戦しているのだ。
正直やりにくいし、エアコンとかストーブでも使えよって感じだけど、まあ悪い気はしないので良しとする。
それに、カイちゃんのデカい胸がちょうど枕のようになって良い感触だ。
さて、プレイしているゲームはと言うと、3Dでリアルに再現された日本のワールドを双六形式で巡っていき、事業主となったプレイヤーが色んな商売でお金稼ぎしたり、相手プレイヤーの持っている土地や店舗を買収して妨害したり、他にも人生に因んだ様々なイベントが発生したりと、人間の人生というものを体現したかのようなボードゲームだ。
2200年代後期に発売されたゲームで、それまでにも似たようなジャンルのゲームは幾つかあったものの、このゲームは街並みの再現度のクオリティが非常に高く、店舗の種類やイベントの数も膨大で、当時はバカ売れして歴史的な大ヒットを成し遂げた人気ゲームなのだ。
で、今の状況はと言うと、お察しの通り私がボッコボコにされて押されまくっている。
私とカイちゃんの間には、ゲームで対戦する際には一切妥協してはならないというルールがあるものの、カイちゃんのやり方はあまりにも容赦が無さすぎる。
汚い方法で荒稼ぎした金にモノを言わせて店舗や土地を次々と買い占めたり、利益最優先で常識外れな悪徳事業を展開しまくっている。
挙げ句の果てには、裏社会とのコネを使って私の家族を人質に取り、雀の涙程しかない私の財産すら徹底的に毟り取ってきやがる。
普段はドMなクセに、ゲームになると超が付くほどのドSプレイを見せつけてくるとんでもない女だコイツは!
「悔しいッ!何という屈辱ッ!」
「悔しがってる白狐ちゃんもまた可愛い〜!」
年甲斐もなく地団駄を踏んでしまう私。
いかんいかん、こういう劣勢な時こそ、冷静沈着に対処していかねば!
「こうなったら念を込めて………でぇりゃあッ!」
逆転勝利の祈りを込めて、このターンの歩数を決定するサイコロを振る!
出目は…………5!
「5マス進んで……うん、ようやく関東地方に戻って来れたな。」
鬼畜プレイ絶賛敢行中のカイちゃんによって地方へ飛ばされていた所為で、一番激アツな都心周りの物件を根こそぎ独占されていた。
もはや逆転は絶望的だが、関東地方限定のイベントマスには、まだギリギリ形勢を逆転出来るイベントが残っている筈!
そんな藁をも掴むような思いで、最後の希望に縋る事にしたのだ。
そして進んだ5マスで、何とかイベント発生マスへと止まる事が出来た。
「よっしゃ!」
「成る程、イベントマスに全てを賭けたんだね。
白狐ちゃんの最後の抵抗、アタシが見届けてあげるよ。」
「頼む……ゲームの神様ッ!
私の思いを受け止めてくれー!」
発生するイベントを決定する為のルーレットが回った。
グルグルグルグルと、回るたびに私の心を掻き毟っていく。
怖くて瞑っていた目を、徐々に開いていくと……
「………ん?
発生イベント、『結婚』?」
「お互いのプレイヤーは激しい競争の中で絆が芽生え、結婚する事になりました、と。」
「……お、おおッ!?
これって、超低確率で発生する激レアイベントじゃんかぁッ!」
「お互いのプレイヤーは全ての資産を共有。
平等に分割してから勝負を再開ッ!?」
流石のカイちゃんも、トンデモ効果に驚きを隠せないでいる。
あまりにも一方的に展開されていた勝負が、急に対等になったのだ!
これで、私にも逆転勝利の道筋が見えてきたって訳だ!
「これで……いける!
まだ私は神に見放されていなかったんだ!
こっから宇宙の歴史に残る奇跡的大逆転劇を見せちゃるわァァァァ!!」
まあ、結局負けたんだけどね。
でも、かなりの僅差での敗北だった。
徹底的にしがみ付き、あと一歩というところでの敗北だった。
負けたのは残念だったけど、何だかとっても清々しい気分だ。
「はぁ〜、やりきったぁ!」
全ての力を出し切った私は、心を満たす充足感と共に大の字になって寝転んだ。
「ねえねえ、白狐ちゃん?」
真顔のまま、こちらに顔を向けずに声を掛けてくるカイちゃん。
「うん?なに?」
「アタシ達も、そろそろ結婚しちゃわない?」
「ああ、そうだな。
それも良いかもなぁ。」
え?
「えッ!今なんてッ!?」
「そろそろ結婚しよう、白狐ちゃん。」
「お、おぉうッ!?いやいやちょい待ち、今更!?」
「うん。勿論、今までの関係でも充分満足なんだけど、どうせなら結婚式開くのも良いかなーって思ってさ。
白狐ちゃんが良かったらでいいんだけど。」
「そ、そっか…結婚式かぁ。」
今までの恋人関係が長く続き過ぎたからか、結婚するというのが上手く想像出来ない。
もしも結婚したら、私達の生活はどのように変化するのだろう。
なんか、今までの感じが変わるのはイヤ……というより怖いな。
「白狐ちゃん、これまで築いてきたアタシとの距離感とか、生活とかが変わるって、そう思ってる?」
カイちゃんには私の考えは見抜かれてたか。
「あぁ、やっぱ分かっちゃう?
まあ、確かにそんな風な事は考えてたなぁ。」
「多分だけど、特に変わらないと思うよ。
結婚式って言っても、アタシと白狐ちゃんの愛を再認識する為の儀式みたいなものだからさ。」
そうか、ちょっとした儀式感覚か。
「成る程ねぇ……まあ、それなら。」
「やったー!
そしたら早速式場の準備して、みんなも招待して…」
「あー、忙しくなりそうだな。」
◆◆
結婚式とやらの開催が決まってからというもの、カイちゃんはやたらと張り切っている。
式場は私達の町にある大きな結婚式場に決定して、ツジ、レンちゃん、リグリーの3人にも結婚する旨を通達した。
3人とも驚いてはいたけれど、すぐに祝福してくれた。
というか、「ようやく結婚するのか。」的な事も言われた。
まあ、100億年も交際期間があったんだもんな。
間違いなく恋人としての交際期間のギネス記録を樹立したし、今後その記録が破られる事はまず無いだろう。
今日は結婚式の準備でカイちゃんは忙しくしており、私は珍しく一日中自宅で独りぼっちだ。
式の準備はカイちゃんが、全て1人でやりたいと言ってきかないので、どうぞどうぞと一任することにした。
カイちゃんがいないというだけで、元から無駄に広い我が家が、更に広く感じる。
不思議なもんだ。
結婚式を目前にして私自身も妙にソワソワしてしまい、どうにもゲームをやる気分にもなれないので、自宅の大浴場に浸かっている。
数十人は入れる洋風の馬鹿でかい湯船に1人で入っていると、なんとも言えない孤独感を感じる。
まあ、それも悪くないんだが。
「でも本当に、結婚しても変わるものは無いっぽいなぁ。」
結婚しても今までの生活スタイルは崩さず、家もこれまで通りに別々とのこと。
本当に形式だけの儀式みたいだ。
「なのに、やけに緊張するんだよな。」
これが結婚式という言葉に込められたパワーなのだろうか。
それに、カイちゃんが準備する結婚式自体にも気になる要素はある。
山岸海良という女が、ただの普通な結婚式を執り行うとは考えにくい。
胸中を蠢く緊張の中には、ひと握りの不安も混じっていた。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きなテレビ番組は?
「基本的には白狐ちゃんと一緒だけど、アタシはスポーツ番組とかも観たりするかなー。」
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