「…まさか、私の人生で本物のIWASEさんに会える時が来るとは。」
私は今、大いなる感動に打ち震えていた。
IWASEさんは、昔からの私の心の師であり、数々の心震わす名曲を手掛けてきた稀代の天才アーティストなのだ。
そんな素晴らしい人のシークレットライブに招待されるなんて、カイちゃんは一体何をどうしたんだ?
「カイちゃん、まさかIWASEさんと知り合いなの?」
私は、小声でこっそりカイちゃんに聞いてみる。
「うん、まあね。
前にラジオ番組で共演した事があって。」
「うっわ、カイちゃんホントありがとう。
最高だよ君という女の子は。」
「えへへ。」
それからは、私にとって最高に楽しい時間が過ぎていった。
コラアドの名曲を、作曲者本人の生ライブで聴けるなんて、こんなレベルの幸福は他に存在し得るのか?
本気でそう思えてしまう程、今日のライブは心の底から楽しかったし、私の思い出に永遠に刻まれる事だろう。
カイちゃんには今度、何かしらお礼をしなきゃな。
◆◆
「カイちゃん!何度も言うけど、本当にありがとうございました!」
「いやいや、そんなに畏まらなくてもいいよぉ。
たまたまIWASEさんと知り合いだっただけだから、そんなに大した事してないし。」
IWASEさんのシークレットライブが無事終了して、私とカイちゃんはライブバーの前で立ち話をしていた。
私は今日のライブの事を、ひたすらカイちゃんに感謝している。
今の私の目には、カイちゃんはIWASEさんという神様を現世に降臨させてくれた、神降ろしの巫女として映っているのだ。
あと、物販コーナーで売ってたIWASEさんのCDも買った。
既に手に入れてる物だったけど、今日の思い出に買った。
「いや、大した事なんだよカイちゃん!
本当にもう、どうやってお礼をしたらいいのやら。
なんか、私に出来る事ってある?」
私はただ、感謝の意を示す為にそう言ったのに。
「う〜ん、そんなつもりじゃなかったんだけど、白狐ちゃんがそこまで言うなら…」
「ん?」
あれ、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?
◆◆
私とカイちゃんは、秋葉原駅から電車に乗り、自宅アパートへと帰って来た。
帰宅してすぐにお風呂へ入り、食事をした後、寝る時間までゲームをする。
うんうん、ここまでは良いんだ。
いつも通り、平常で平穏な日々のルーティンだ。
だけど、そこから先がどうもおかしかった。
具体的には、就寝時間になってからだ。
私は普段と同じように、カイちゃんと一緒にベッドに入った。
前にも言ったと思うけど、このベッドはダブルサイズのベッドで、カイちゃんと2人で利用してはいるけど、これはベッドが一つしかないから仕方なく2人で使っているだけであって、別にやましい感じで使った事など一度もなかった。
というか、私が散々忠告してきた為か、お互いの身体が触れる事も滅多に無い。
そこのところ、律儀なカイちゃんである。
でも、今夜だけは事情が違った。
「うふへへへぇ、白狐ちゃんの肌スベスベのモチモチで最高の触り心地だね〜!
あ、ヤバい、興奮が止まらなくて涎も際限なく溢れてくる。」
「うわッ!?キモい汚い!近寄るなぁッ!」
嫌悪感増し増しでカイちゃんの顔を手のひらで押さえ込もうとするも、私の力じゃとてもじゃないけどカイちゃんを抑えられない。
制御の効かないスケベモード全開のカイちゃんはもう、誰にも止められないモンスターなのだ。
さて、普段は自制の効くカイちゃんが、どうしてここまで暴走しているかというと、理由は単純。
IWASEさんのシークレットライブのお礼に、私が何でもお礼をするって言ったら、カイちゃんが『じゃあ今夜寝る時、白狐ちゃんを抱き枕にしたい!』とか言い出したからなのだ。
全く、ふざけてやがる。
ちなみに私は、寝る時ももちろんパンイチなので、カイちゃんは余計に興奮している。
いつもよりキモさが5割増しだ。
え?だったら服を着ろって?
いや、こんな変態の為にわざわざ自分のポリシーを曲げるなんて、なんか納得いかないだろ。
「白狐ちゃん、好きだよ!大好きー!
クンカクンカスーハースーハー!ああぁぁぁ、良きかほり〜!」
「あーもう、キモ過ぎるよー!
今すぐ警察に110番して、この変態の極みみたいな女を豚箱にぶち込んで欲しいよー!」
「うっふっふ〜、残念ながらそれは無理な相談だよ白狐ちゃん。
なにせ今回は、白狐ちゃんの方から言い出した事なんだから。
嫌とは言わせないよグヘヘへへ!」
「う…、うぐぅ…!」
まあ、正直別に抱き枕にされる事自体は構わないんだよ。
カイちゃんは包容力あるから、抱き付かれても気持ち良いし。
ただ、それに伴うカイちゃんのキモい独り言や荒い息遣いが、それらを全て台無しにしてしまっている。
だから、私は息も絶え絶えな状態の中、なんとか声を振り絞ってカイちゃんに訴える。
「…じゃあ…さ、せめて変な事言うのやめてくれる?
抱き締めるなら、普通に抱き締めてよ。」
「…あ、うん、分かりました。」
嫌がってる私の顔を見て、暴走カイちゃんも少しは冷静さを取り戻してくれたようだ。
「…ご、ごめん。なんか、白狐ちゃんが嫌がってるのにアタシ一人で盛り上がっちゃって。
白狐ちゃんが嫌なら、今すぐやめよっか?」
「……いや、だから、普通に抱き締める分には構わないから。」
「……白狐ちゃん、優しいッ!」
「ぐえッ!?」
感極まったカイちゃんに、力いっぱい抱き締められた。
こういう感情が昂ぶった時の力加減も、どうにかしてくれるとありがたいんだけどなぁ。
◆◆
〜1ヶ月後〜
「えっと、これは要るでしょ。あとこの服も要る。これはもう要らないから、捨てちゃってもいいかな。」
「カイちゃんはテキパキと捨てられていいねぇ。
私は優柔不断だし、勿体無くて殆ど捨てらんないや。」
私とカイちゃんは実家に戻る為、引っ越しの準備をしていた。
今はリビングで、その為の荷物整理の真っ最中だ。
「こういう時は、要る物は要る。要らない物は要らないってハッキリと頭の中で区別して、確固たる決断力で捨てるべし!だよ白狐ちゃん。」
「それが出来たら苦労しないんだよ〜。
お陰で私は、9割以上捨てられなかったわ。」
「も〜、白狐ちゃんはただでさえ色々買ってきちゃうから、持って帰ったところで部屋のキャパシティが限界超えちゃうよ?」
「その時はその時なのだ。」
「う〜ん、じゃあ少し発想とやり方を変えてみよっか?」
「どゆ事よ?」
「例えばもうやらないけど、手放すのが勿体無いゲームがあるとするでしょ?
そしたら、自分はもうプレイし終わったから、他の誰かが買って楽しんで下さい。っていう意味を込めて中古ショップに売るの。」
「やだ!断固としてゲームだけは売らないッ!」
「えぇ…」
私の固い意志を前に、カイちゃんは困ったような表情を見せる。
「私は、出来る限り沢山のゲームを掻き集めて、それを全部不変にするんだ!
そうすれば、今後続く私達の永遠の時間でも、退屈しないで済むだろう?」
「…た、確かにそうかも。」
よし、チョロいな!
「それこそ、私が秘密裏に進めていた偉大なる計画、『ノアのゲーム方舟計画』なのだよ!」
私はたまたま要る物の箱に入っていたアクリル製のワイングラスを手に取り、悪の総帥っぽくソファに腰掛けた。
「クックック、カイちゃん。
貴様に我が計画の崇高さをじっくりと教えてくれよう。」
「な、なんですと…!?」
それからというもの、私とカイちゃんのゲームトーク会が勃発した。
え?引っ越しの準備?
そんなのは明日に引き伸ばしになったよ。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きなご飯のお供は?
「焼き海苔に醤油付けて、ご飯に巻いて食べるの好きだよー!」
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