扉の先は、そこそこ広い空間だった。
例えるなら、学校の職員室くらいだろうか。
横に長い長方形な部屋で、よく分からない奇怪な機械がそこら中にごった返している。
足元は謎の機械コードやぶっといパイプが葎生のように群生していて、足の踏み場が殆ど無い。
「足元気を付けて下さいね。」
「いや気を付けろと言われても…。」
言われずとも気を付けざるを得ない。
注意して足元を観察し、足場になりそうな箇所を探しつつ少しずつ前進していく。
苦戦している私達とは裏腹に、リグリーは慣れた様子でスイスイと踊るように進んでいる。
その動作に一瞬目を奪われてしまうも、すぐに我に返って前へと進む。
そう、常軌を逸した美しさを持つリグリーという女性は、その実、片付けられない汚部屋女なのだ。
この部屋は、その陰惨な事実を如実に表している。
「くっそー、なんて部屋だ。
私ですらドン引きするレベルだぞ!」
「白狐ちゃんを超える程の実力者がいるだなんて、宇宙は広いね。」
「……悲しくなる事を言うなよ。」
文句を垂れ流しながら何とか半分地点まで辿り着いたところで、私らよりもだいぶ早く着いていたリグリーが待っていた。
「すみません、少々散らかっている部屋で。」
「この惨状を少々と言えるアンタの神経が怖い。」
「す、すみません。
何分、当時は来る日も来る日も研究漬けで、他の事を気にする余裕が無かったもので。」
「…まあ、そういう事にしておくよ。」
申し訳なさそうに謝るリグリーを前にすると、抱いていた不満も霧散してしまう。
ずるいな。
「それで、例の重力を操る機械ってのは?」
「はい、これになります。」
リグリーの指差した先には、壁際の床に無造作に置かれていた円筒形の黒い物体だった。
大きさは2リットル入りのペットボトルより少し大きいくらいのサイズで、それと同じ物が10個以上も纏めて放置されている。
聞いたところ、重力を操作出来るとんでもない装置らしいのに、こんな所に雑に置かれていて良いのだろうか。
「ふーん、あんまりハイテクな機械には見えないな。」
特に機械っぽいゴチャゴチャした感じは無くて、本当にシンプルなただの黒い円筒だ。
「確かにそうかもしれませんが、これの中身はすっごく複雑な機械でいっぱいですよ。」
「へぇ……だとしたら、重そうだな。」
ギッシリ詰まってるのなら、体力のあるカイちゃんならともかく、非力な私やリグリーじゃ、運ぶのはちとキツそうだ。
「安心して下さい。
詰まってますけど、重量はそれほどではないですよ。」
「ほう?」
試しに持ってみたら、リグリーの言う通りだった。
両手で抱えるようにして持てば、私1人でも1つ持つ事が出来る。
「じゃあ、アタシは2つ持つよー。」
カイちゃんが円筒を2つ、両脇に抱えて持つ。
「それでは、ワタクシは1つ持ちますね。
白狐さん達の町と、辻音さん達の保全シェルターの図書館、それと沖縄ほどの質量でしたら、4つあれば充分だと思いますので。」
「たった4つで足りるのか?」
「ええ、見た目に反して出力はパワフルなもので。
ただ、すぐにエネルギー切れになってしまうので、永続的に使うには不変力が必須ですけどね。」
「了解。燃費悪いんなら私に任せろ!」
こうして私達は、重力制御装置を手分けして地上まで運び出した。
いくら軽いとは言っても、私のひ弱な筋力で遥か地上まで持ち運ぶのはなかなか骨だ。
途中で数回休憩を挟みながら、やっとこさ私達の町まで辿り着いた。
そこからはカイちゃんが運転する車に円筒を乗せて、私達も同乗して設置地点へと向かう事になった。
ちなみにカイちゃんの愛車は、昔からちょくちょく乗っているシルバーの高級車だ。
カイちゃんと言えばスーパーキャンピングカーのイメージが強いけど、こういう普通(?)の車も持っているのだ。
元々社長で金持ちだった人間だし、車を複数台持つのはステータスなのだろうか。
私にはよく分からんけど。
そこからは3人で仲良く雑談なんかを混じえながら、4つの円筒を設置していく作業に入った。
カイちゃんの車でドライブしながら、一つ目は私達の町の港にある、漁業組合の事務所の中。
二つ目は、港とは対極的な場所となる、町の外れにある低山の山頂の山小屋の中。
三つ目は、群馬の保全シェルターまで行って、ツジとレンちゃんに挨拶がてら事情を話し、シェルター内の適当な部屋にでも置いといてくれと手渡してきた。
最後の四つ目は沖縄まで行き、首里城の玉座の横に置いてきた。
リグリー曰く、装置は屋外に置いても屋内に置いても効果は変わらないらしいので、後で探す事になったら分かりやすいように屋内に置くようにした。
ちなみに群馬も沖縄も、前に私達が手作りした橋で繋がっているので、車でスイスイ短時間で移動出来る。
◆◆
「さて、ひと仕事終わったな!
ほら、こいつをお食べなさい。」
全ての装置の設置が完了して、今は3人揃って私の家のリビングでのんびりしている。
今日は頑張ったので、私特製のスペシャルプリンを振る舞う事にした。
カイちゃんも気に入ってくれている逸品だ!
「うまーい!白狐ちゃんの作るプリン宇宙一うまーい!」
カイちゃんはいつも通り、全身で大袈裟なジェスチャーをかましながら、喜びの感情を表現している。
いつもながらオーバー過ぎるリアクションよ。
「ほ、本当ですね!
こんなに美味しい甘味は、初めてです!」
「金星人のお口にも合ってるようで安心したよ。」
「そもそも、ワタクシの住んでいた国では、甘味は富裕層でも滅多に食べれないような、超が付く程の高級品だったので。
庶民でも気軽に食べれたという地球人が羨ましいです。」
「そ、そっか……言ってくれればいつでも作るから、遠慮無く言ってよ。」
「本当ですか!?ありがとうございますッ!」
満面の笑顔で頭を下げて、感謝してくれるリグリー。
スイーツが好きに食べられない生活なんて、私には想像出来ないな。
「さて、こっからどうすれば良いんだっけ?」
「そうですね、あとはワタクシの研究室に戻って、設置した重力装置を遠隔操作で調整、起動させるだけなので、ワタクシ1人で大丈夫ですよ。任せて下さい。」
「よし、任せた!
作業中のおやつにサーターアンダギーも作ったから、是非食べてみてくれ。」
「サータ………えぇ?」
「サーターアンダギーな。
沖縄名産のお菓子で、シンプルだけど美味しいぞ。」
そう言って、ついでに作っといたサーターアンダギー5個入りの袋をリグリーに手渡した。
中身を覗いて、不思議そうな顔をしている。
「あ、ありがとうございます。
どんな味がするのか分かりませんが、後で食べてみます。」
とても不安そうなのが伝わってくる。
きっと、金星人にはサーターアンダギーみたいな見た目の食べ物は珍しいのかな?
サーターアンダギーの袋を抱えたまま、リグリーは退室して帰って行った。
「よし、じゃああとはリグリーにお任せして、私達はゆっくりするとしますかぁ。」
うーんと体を伸ばしてから、食べ終わった食器を洗う。
今日は地下施設を探索したり、町中を移動したり、プリン作ったりで、色々して疲れてしまった。
こんなに沢山働いたのは久し振りだ。
「そうだねー。
白狐ちゃん、一緒にゲームしようよ。」
「おお、いいね。受けてたとうじゃないの。」
こうして、忙しい一日は過ぎ去った。
明日が楽しみだ。
余談だけど、翌日にリグリーからサーターアンダギーのお代わりを要求された。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな夏の風物詩は?
「かき氷大好きー!抹茶味のー!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!