「白狐ちゃん好きー!」
「……んぇ?」
ある朝、カイちゃんの声で目が覚めかけた。
「…ん〜、あと5時間。」
でも、もっと寝ていたかった私は、ベッドの中に潜り込んだ。
「白狐ちゃん好きー!」
「…は?」
少しして、再び聞こえるカイちゃんの声。
しつこいと思いつつも、何も言い返さずベッドに引っ込む私。
「白狐ちゃん好きー!」
「あーもう、しつけー!」
3回目になって痺れを切らせた私。
「ったく、勝手に人の部屋入ってさっきから何言って……?」
私の怒りの言葉は、途中で途切れざるを得なかった。
それもその筈、部屋の中にはその怒りをぶつけるべき対象が存在しなかったのだから。
「……は?どういう事?幻聴?
いや、でも確かにカイちゃんの声が聞こえたぞ。」
下半身を毛布に包ませながら、私は部屋の中をぐるっと見回す。
当たり前ながらカイちゃんの姿は見当たらないし、奴が隠れられるようなスペースも無い。
どういう事だ?
「白狐ちゃん好きー!」
「うっ!?」
また聞こえた。
今度は寝惚けた状態で聞いた、幻聴めいた感じではない。
はっきりと、部屋の中のどこかから聞こえてきた。
「え?なんなのホラー?」
まさか、カイちゃんの私への想いが強過ぎて、生き霊にでもなって出てきたってのか?
そんな馬鹿な!
私はホラーものには興味があって耐性も多少はあるつもりだけど、まさか自分が体験する事になるなんて聞いちゃいないぞ!
「…まるで意味が分からんぞ。」
「白狐ちゃん好きー!」
また聞こえた。
ここで私は、一旦冷静になって考えてみる。
最初に声が聞こえて、今の5回目の声が聞こえるまで掛かった時間が、ちょうど5分ほど。
最初の方は時計は見てないから確実とは言えないけど、体感で大体そのくらいだ。
そしてその辺が、この謎を解く切り口になりそうだと、私はそう感じた。
「白狐ちゃん好きー!」
「白狐ちゃん好きー!」
「白狐ちゃん好きー!」
それからも、聞こえてくる声を何度も聞いていくうちに、その法則性に気付く事が出来た。
この声、ジャスト1分間隔で聞こえてくる。
これは、なんとも機械的なルーティンだ。
「という事は、犯人はお化けじゃなくて機械的な何かか?」
美少女名探偵・白狐ちゃんの銀色の脳細胞が冴え渡る!
私はキセルを吸うようなジェスチャーをしながら、クールに推理を巡らせてみる。
「フッ、このお馬鹿極まる犯行内容からして、下手人は間違いなくカイちゃん本人。
だとすれば、奴はこの部屋のどこかに、録音した自分の声を断続的に発声させる装置を仕掛けているという事になる。
それが一体どこなのか、見抜く方法はたった一つ…ッ!」
私は両目をカッと見開き、全神経を集中させる。
「めっちゃ集中して音を聴き取るッ!」
ディスイズシンプル!
そして、最も効果的な手段!
別に私の聴力は一般人のそれと変わらないレベルだけど、部屋のどこから音がするかを判別するくらいなら特に問題ないだろう。
さて、そろそろ次のカイちゃんボイスが聞こえてくる筈。
「白狐ちゃん好きー!」
「ムムっ!?」
我が白狐イヤーが、間の抜けたカイちゃんボイスを感知する!
これは、背後からか!?
バッと素早く振り向く私!
「…特に異常は見当たらない…。」
振り向いた背後には、大量の漫画や小説なんかがズラリと並んだ自慢の本棚。
その傍らには、以前買って愛用しているイモムシ型の自動お掃除ロボットが、専用の充電台の上に静かに鎮座している。
「異常は見当たらないけど、カイちゃんの事だ。
絶対何か仕掛けてるに決まってる。」
半世紀以上経った今でも、あの女が私の部屋に盗聴器やら隠しカメラを仕掛けたのを忘れてはいない。
前科がある以上、いくら仲の良い友人とはいえ私は容赦無く疑うぞ。
名探偵は、時に非情になって真実を突き止めなければならないのだ!
「ヤバ、今の私カッコいいな。」
そういう事を自分で言ってる時点でカッコ悪いとか、つまらないツッコミはナシな。
「取り敢えず、こっち方面から聴こえてきたとなると、やっぱり一番怪しいのは本棚か。」
私の部屋の本棚は、特に色んな本でごった返しているので、何かを仕掛けるにはうってつけだろう。
しかし、本棚に手を伸ばしたその瞬間、私の脳内に別の考えがフッと浮かび、それに合わせて伸ばした手もピタリと止まった。
「……待てよ、この本棚は私の持っている漫画の中でも特にお気に入りの、精鋭達だけで固められた最強の本棚だ。
当然、利用頻度はかなり高いし、その事は毎日のように遊びに来るカイちゃんも承知の筈。
そんなバレるリスクが高い場所に、あのズル賢いカイちゃんがわざわざ仕掛けるか?」
そう考えると、本棚はもしかしたらブラフなのかもしれない。
考えろ……
他に怪しい場所は、何がある?
「白狐ちゃん好きー!」
「ッッ!?」
また聴こえた。
やはり、この本棚の辺りから聴こえる。
「よーく聴くんだ。
全神経を両耳に集中させて、私は今、ウサギになるピョン!ピョンピョン!」
はい、これが家に一人で居る時のテンションです。
言ってから、もしカイちゃんに盗聴器も仕掛けられてたらどうすんだと思い、無性に恥ずかしくなった。
いやでも、流石に盗聴器は無いか。
前に仕掛けた時にかなり反省はしてたから、大丈夫だと思う。多分。
そこだけはせめて信じるとしよう。
「白狐ちゃん好きー!」
「ッ!そこだァ!」
鋭敏に研ぎ澄ませた私の聴覚が捉えた先は、やはり本棚!
いや、その隣で充電中の、イモムシ型お掃除ロボット、キャタピラ芋子ちゃんだった!
「…まさか、お前が犯人だったのか?」
確か、かのシャーロック・ホームズも言っていた気がする。
全ての不可能とされる可能性を順々に潰していけば、最後に残ったのがどんなに有り得ないように見えても、それが真実だとかなんとか。
なんか、そんな名言があった。
まあつまり、このロボットに何か細工をされているという事だ。
「よし、そうと分かれば早速調べてみるか。」
と言っても、私には機械を分解して調べたりするスキルなんて持ち合わせていない。
さてどうしたもんかと思いながらロボットの操作パネルを調べてみると、思わぬ事実に気づくことが出来た。
「ん?何これ、目覚まし機能?
こんなのあったの?」
「白狐ちゃん好きー!」
例のボイスが再生されると同時に、操作パネルに『アラーム再生中』と表示が出る。
「そういう事か、原因は判明したな。」
真相は、思っていた以上に単純なものだった。
このロボットに何故か付いている目覚まし機能に目を付けたカイちゃんが、いつの間にやら自分の声を録音してて、それが設定時刻になって再生されたという訳だ。
私が真実に辿り着いたのと同時に、タイミング良く家のチャイムが鳴り響いた。
「この時間に我が家に来る人間なんて、あの女か宅配便以外に考えられない。」
ラストは、本人の口から直接問いただしてやる。
「あっ白狐ちゃんおはよー!
どうだったアタシからのサプライズ!
アタシの愛を込めた囁きで、快適なお目覚めだったでしょ!?」
「ほほう、これはまた随分とサイコな犯人だな。
会うなり速攻で犯行を自供するとは。」
「…え?」
いまいち状況を飲み込めていないカイちゃんに、一から全部説明した。
「ごっ、ごめん白狐ちゃん!
まさか、スヌーズ機能がオンになってたなんて!」
どうやらカイちゃんは、マジの親切心プラスサプライズで、自分の声を目覚ましにしたらしい。
で、本人は一回しか鳴らない設定にしたつもりが、スヌーズがオンになってて1分間隔で鳴っていた、と。
「…ハァ、親切心でやったんなら、あんまり強く怒れないなぁ。
分かったよ、探偵ごっこも割と楽しかったし、許す。」
「…うぅ、白狐ちゃん好きー!」
結局、生でも聴くことになった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな香りは?
「ジャスミンの香りー!」
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