「リグリー、本当に良いの?」
「ええ、ワタクシは大丈夫です。
目ぼしい研究資料や資材は、既に全部持ち出しましたから。」
重力制御装置を設置してから1ヶ月程経ったある日、私はリグリーから1体1で相談を受けていた。
私の家の応接間で。
リグリーの相談内容は、こうだ。
前に設置した重力制御装置の稼働についての算段が付いたのと、私の不変力によってリグリーが不変になって、私達の町に定住するというのだ。
それは即ち、彼女が故郷である金星に別れを告げるという事になる。
「確かに荷物なんかは運び終わったみたいだけど……」
リグリーが地下施設から運んで来た荷物は相当な量で、倉庫代わりにしていたアパートの空き室が殆ど埋まってしまい、あとちょっとで彼女自身の部屋まで侵食してしまう勢いだった。
それだけ大量の荷物を人力で運んだので(私達も多少は手伝った)、1ヶ月も掛かってしまったのだ。
「にしても、あの量は流石に多過ぎだろ。
本当に1人で管理出来てるの?」
「その点は心配ご無用です。
どこに何を置いたのかは、ワタクシ自身がきちんと把握してますので。」
自慢げに胸を張ってそう言うリグリーを見て、私はふと思った。
あ、これ片付けられない人間の常套句だ、と。
今度、自分の部屋を少し掃除するか。
自分以上に片付けられない汚部屋の主が、反面教師になってくれた瞬間だった。
「まあ兎に角、出発するのをいつにするかだな。」
「ワタクシはいつでも構いませんよ。」
「…一応改めて確認するけど、本当に私達についてきて大丈夫なんだな?
装置を稼働して金星を離れたら、多分もう二度と帰って来れないんだぞ?」
リグリーにとっては、生まれ故郷の母星と永遠にお別れする訳で。
彼女にとっては、重要な選択である筈だ。
「ええ、ですから大丈夫ですよ。」
リグリーは事もなげに言ってのける。
いや随分とノリ軽いな。
「故郷を離れるのに、そんな軽くて良いの?」
「はい、もう充分にお別れはしてきましたから。
無駄に出発を引き延ばすと、かえって未練が生まれてしまいます。」
そっか、別にドライな訳じゃなくて、ちゃんとリグリーなりに故郷への愛着はあったんだな。
台詞から察するに、きっと私達の見てないところで一人、故郷との踏ん切りをつけてきたのだろう。
「そうか、分かったよ。
そういう事なら、リグリーに任せたよ。」
「はい、任せて下さい!」
◆◆
「……ん?お、おおー!?
凄いッ!浮いてる浮いてるーッ!」
私達の町と金星との境目部分で、私達は感動していた。
私達の町の最果ては10メートル程の切り立った崖になっていて、その下に金星の荒野が広がっているのだが、ずっと金星に乗っかっていた私達の町が、遂に旅立つ時が来たのだ。
あの円筒装置の力で、私達の町の土地が重力を無視してフワリと浮いているのが分かる。
その距離は1メートル、2メートルと、徐々にお互いの間を広げていく。
「殺伐とした場所だったけど、いざお別れするとなると寂しいね。」
「確かにそうだなぁ。
でも、リグリー本人はもっと寂しいでしょうよ。」
「そうだねー、リグリーちゃんにとっては生まれ故郷だもん。
アタシ達も、地球とお別れする時はすっごく寂しかったよね。」
「ああ、そう言えばそうだったかもなぁ。」
少しずつ離れていく金星の大地を眺めながら、私は在りし日の地球に想いを馳せる。
沢山の人と出会っては別れ、人類の文明の発展と衰退を長い間見守ってきた。
人間の良さも醜さも、色々と見てきた。
今はこんな地球の切れっ端みたいな土地に住んで、僅かな人数の仲間達と自由気ままに暮らしているけれど、地球に住んでたあの頃の思い出も、未だに色褪せる事なく私の記憶の中に残っているのだ。
「んー、なんか昔の事を思い出すな。」
「そうだねー、色々とドタバタしてた事もあったけど、楽しかったよね!」
「……まあね。
でもまあ、過去は過去だよ。
昔を振り返るのも良いけど、私達は未来の事を考えて行かなきゃな。」
「おお!白狐ちゃんカッコいい事言うー!」
「フッ、今後また宇宙空間を彷徨うとなると、また別の星に漂着する事になるだろう?
そうなった時の対処法について、ツジちゃん達を集めて、今のうちに話し合っておこう。」
カイちゃんに煽てられて、ついガラにもなくリーダーっぽい発言をしてしまう私。
「オッケー、今回みたいに安全な星に辿り着ける保証は無いもんね。」
「住民全員が危険な戦闘民族みたいな星もあるかもしれないしな。」
「超危険なエイリアンが住んでて、無数の触手で白狐ちゃんの全身を絡め取り、都合良く服だけを溶かす胃液でアタシの白狐ちゃんがあられも無い姿にされちゃうかもッ!?」
「それはお前の妄想だろッ!」
しょうもない妄想を繰り広げるお馬鹿な女に喝を入れつつ、私達は自宅へと戻って行った。
◆◆
「…ほ、本日は…あの……ワタクシの為にこのような素敵なパーティーを開いて頂き、ええと…誠に恐縮で……」
「もーう!なに緊張してるのー!?
ほらほら、もっと食べて飲んで!もひとつ飲んでー!」
緊張して挨拶をしているリグリーに、面倒臭いテンションで絡んでいる酔っ払いカイちゃん。
そして今、私達がいるのは、地元で有名だったキャンプ場。
さて、これはどういったシチュエーションかと言うとズバリ、BBQ!
俗に言う、バーベキューという儀式ですな。
私達の町が金星を離れてから数日、リグリーも故郷とのお別れを済ませたようなので、カイちゃんの提案で彼女の歓迎会を開く流れになった。
ツジとレンちゃんも誘って、近所のキャンプ場で。
当然ながら、インドア派地球代表を自負している私としては、初めてそのキャンプ場を利用する事になる。
50億年以上住んでて、今回が初めて。
昔からバーベキューなんて、陽キャの人種が行うどんちゃん騒ぎで、私とは未来永劫縁の無いイベントなんだろうなと思ってはいたけど、今の状況じゃちょいと事情が違う。
なんせ、この町にゃ5人の女子しか住んでないからな。
陽キャに絡まれたり、馬鹿騒ぎに巻き込まれる事もなく、炭火で焼いたばかりの美味しい焼き肉を堪能出来るのならば、鉄塊のように重たい私の腰もフワリと軽くなろうものぞ。
バーベキュー自体は別に初めてでもないしな。
「ウエーイ!白狐ちゃんもほら飲んでー!
大好きなオレンジジュースでちゅよー!ウヒヒヒヒ!」
そう言いながら、ビールがなみなみ注がれたジョッキを、私の口元にしつこく押し付けてくる馬鹿女。
「だーもうッ!しっつこいぞクソ酔っ払いめがッ!」
そう、バーベキューは安全だという私の目算は、完全なる誤算だった。
なにせ、陽キャなんかよりも更に厄介な、酔っ払いカイちゃんという弩級モンスターが誕生してしまったからだ。
くそ、最近あまり私の側で酒を飲んでなかったから、その恐ろしさを忘れていた。
ツジとレンちゃんは、巻き添えを恐れてちゃっかりと一定の距離を置いているし。
「ウフフ、この〝お酒〟という飲み物、実に良いですね。
これはいい、ウフフフフ。」
リグリーはリグリーでいつの間にかビールを飲み、ひと口目で既に酔いが回っている。
なんかニヤニヤ笑いながらブツブツ呟いてて怖い。
あと、金星には酒はなかったらしいので、初アルコールなんだそうな。
「尾藤ちゃん。」
「ん?」
唐突にツジが声を掛けてきた。
「彼女、すぐに馴染めそうだね。」
「…ああ、地球の食べ物も大体気に入ってくれたみたいだし。」
カイちゃんと仲良く飲み比べしているリグリーを眺めながら言う。
異文化交流に於いて、食の嗜好が合うかどうかは結構重要だったりするからな。
これからもずっと仲良くやっていければ、それに越した事はない。
うん、間違いない!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな観葉植物は?
「観葉植物と言うか、小さいサボテンとか好きかも。」
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