結果としては、私の作戦は万事上手くいった。
カイちゃんが囮役になって磧の本性を録音して、プロデューサーを味方に付けた私が番組に割り込み、磧の秘密を暴露する。
既に磧は精神的疲労でグロッキーになっていて、抵抗すらしてこない。
ほぼ勝利みたいな状況だけど、私にはまだやる事がある。
「あと一つ言っておくけど、私が小学生みたいな事を散々言ってたけど、こう見えて山岸海良とは同い年だから!
はいこれ、証拠の住民票!」
私は、この時の為に用意しておいた住民票のコピーを、マーシャルアーツ朝日さんに見せた。
流石に個人情報を全国に放送する訳にはいかないので、朝日さんに生年月日の欄だけを見せて証人になって貰う。
「あ、はい、確かに。」
「でしょ。だからカイちゃんも何もやましい事はしてないし、それを誇張してみんなが誤解するように仕向けた磧環こそが、諸悪の根源だって事。」
「…そんな、磧さん。キミ、本当にそんな事してたのかい?」
衝撃的な事実と証拠を前に、朝日さんも素の顔で残念そうにしている。
「それじゃあ、私はやりたい事やり終えたんで、これで。
カイちゃんも、程々に仕事切り上げて、帰って来なよ?」
「…え?あ、うん。」
私は、騒然とするスタジオから颯爽と立ち去る。
スタッフさん達から止められるかと思ったけど、そこもプロデューサーさんが上手くフォローしてくれてるみたいだ。
きっとプロデューサーさんは今後、磧の所属事務所やら何やらと色々問題も発生するかもしれないけど、その辺は私の管轄外だ。
面倒事はごめんなので、これ以上巻き込まれないよう、早々に立ち去るべし。
◆◆
カイちゃんの生放送事件から、1週間が経った。
あの番組の映像が、テレビ史に残る珍事件としてネット上で瞬く間に拡散されて、カイちゃんは一躍時の人となった。
仕事の量は今までとは比べ物にならなくなり、あっちこっちから出演のオファーで引っ張りだこ。
お陰で、家で一緒に居られる時間が大幅に減ってしまった。
不変力の効果で肉体的疲労は感じないものの、「白狐ちゃんになかなか会えない!悲しい!」との事で、精神的には相当参っている様子だ。
ちなみに磧の奴はその後、警察による本格的な捜査の手が入り、カイちゃん以外に複数人脅していた余罪も明らかとなった。
裁判なりなんなり掛けられるんだろうけど、例によってその辺は私の知ったこっちゃないし、同情の余地もない。
アイツには、カイちゃん含め多くの人を陥れようとした罰が当たったのだからな。
「…さて、今日もカイちゃんが帰って来るのは、夜中の11時過ぎか。」
きっとまた疲れて帰って来るだろうし、私がそれを労う事なんて出来るのだろうか。
私が出来る事といえば、カイちゃんに罵声を浴びせて気持ち良くさせるくらい。
でも、それだけじゃなんか違う気がする。
もっとこう、私の気持ちを伝えられる方法を…
「そうだ、ご飯作ろう。」
私がちっぽけな脳味噌を振り絞って思い付いたのは、それだった。
カイちゃんなら、私が作った料理であれば、たとえヘドロを捏ねて作った泥団子でも喜んで平らげるだろう。
だけど、私は出来るだけ美味しい料理をあの子に食べて貰いたい。
カイちゃんが美味しそうに料理を食べる表情は、見てるこっちも気分が良くなる。
「よーし、そうと決めたらいっちょ頑張るか!」
今まで料理なんて、去年のカイちゃんの誕生日に作ったカレーくらいしか経験がない。
でも、今の私ならどんな料理でも作れる。そんな気がする!
「そう、ネットで作り方調べればいけるのだッ!」
結局、頼るのは文明の利器の力だった。
◆◆
夜中になり、もうそろそろ11時を過ぎる。
ついさっきカイちゃんから、もうすぐ着くと連絡もきたので、私は玄関先でスタンバイしている。
最初は部屋でゲームでもしながら待ってようと思ってたんだけど、いざ料理が完成したら、いち早くカイちゃんに食わせたい欲が湧き上がり、こうして今か今かとカイちゃんが玄関の扉を開けるのを心待ちにしているのだ。
「ん〜、遅いな。」
そう呟いた直後、扉の向こう側から人が歩いてくる音が聞こえた。
「むッ!」
思わず身構える。
そして、ガチャリと扉が開き、見慣れた少女が入って来た。
「おかえり!」
「ただいま〜、もう疲れたぁぁって白狐ちゃんッ!?どうしたの玄関で!?」
「どうしたのって、見ての通り待ってた。」
「妻じゃんッ!」
「妻ではない。」
「新婚じゃんッ!いつの間にアタシ達結婚してたのッ!?」
「あーもう、冗談はいいから早く靴脱いで。ご飯作ってあるから。」
「……………え?」
「は?」
カイちゃんが固まった。
「え?なに?白狐ちゃんの手料理?ちょっと待って、頭の処理が追いつかない。」
「それくらい追いつけ。」
「あ、美味しそうな匂い。ヤバい、幸せ過ぎて心臓破裂しそう。
全ての精神的疲れが一瞬で消え去った。」
「そうか、それは良かった。」
カイちゃんの幸せのバロメーターが振り切ってしまったのか、取り乱す事もなく終始真顔で冷静なまま、カイちゃんは淡々と靴を脱いでバッグを置き、夕食が用意してあるテーブルへと向かった。
まあ、当然ながらそんな冷静モードは長続きしない訳で。
「び、びびびびゃびゃ白狐ちゃんの手料理ィ!これは、青椒肉絲に麻婆豆腐ッ!?
白狐ちゃんの中華料理!ありがとう神様白狐ちゃん様!白狐ちゃんの中華ありがとう!中華白狐ちゃんありがとうごじゃいましゅうゥゥゥッ!!」
テンションぶち上がり過ぎて情緒と日本語がおかしな事になりながら、感激のあまり咽び泣いていた。
うん、この光景は何度見ても普通に引くわ。
「白狐ちゃんちょっと待ってて!」
「はあ?」
突然、カイちゃんが血走った眼のまま、自分の部屋へと飛び込む。
10秒後、鬼のような速さで出てきた白狐ちゃんの手には、何やら赤っぽい色の衣服らしき物が握られていた。
「何それ?」
「チャイナ服。白狐ちゃん、着て下さい。」
「え、やだ。」
「なんでッ!?」
「いや、身の危険を感じるし。それに、私には似合わないだろ。」
「そんな事ないよ!サイズも白狐ちゃんに合わせてあるし。」
「そもそも、そんなのを事前に用意してる点に引くわ。」
「…うぅ、そっか、そうだよね。アタシ、キモいよね。ごめんね白狐ちゃん。」
「うぐッ!」
しょんぼりしてしまったカイちゃん。
まあ、疲れて帰って来てるんだから、癒し成分が欲しくなるのは当然か。
「分かったよ、着ればいいんだろ、着れば。」
「えッ!?ありがとうッ!それ着た白狐ちゃんを鑑賞しながら、白狐ちゃんの料理食べるよ!」
「はいはい、じゃあ着替えて来るから待ってな。」
結局、私も甘いもんだ。
◆◆
「白狐ちゃん最高だよー!可愛過ぎて宇宙の真理が見えてきそうッ!」
「いや、これちょっと攻め過ぎじゃない?」
私が着せられたチャイナ服は、胸元が大きく開いてて、スリットもギリギリのとこまで開いている、想像以上に危険な代物だった。
カイちゃんの事だから少しは予想してたけど、これは色々マズい。
「大丈夫、普段の白狐ちゃんはパンイチなんだし、全然平気でしょ?」
カイちゃんはニマニマと満面の笑みを浮かべながら、私の料理を愛おしそうに食べている。
「それとこれとは話が違うんだよ!私がこんなん着ても似合わんし!」
「そんな事ないッ!に゛あ゛っ゛て゛る゛ッッ!!」
「…は、はい。」
鬼気迫る表情で魂の篭った叫びを上げるカイちゃんに、私は気圧されてしまった。
「という訳で、チェキ撮らせて貰ってもいいかな?」
「いい訳ないだろお馬鹿ッ!」
「チェキ1枚につき、来月のお小遣いに1000円上乗せするよ。」
「よし、好きなだけ撮れッ!」
それからしばらく私はカイちゃんに好き放題され、翌月のお小遣いは引くくらい上乗せされていた。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きなラーメンは?
「豚骨!麺はもちバリカタで!」
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