私は今、長い人生の中でかなり重要な地点に立たされているのかもしれない。
直感的なのでそう感じている。
だって、ここまで驚いたのは多分初めてだし。
開いた口が塞がらないとか、我が目を疑うとかいうのはこういう事か。
「白狐ちゃん、何か知ってるの!?
〝お前〟ってどういう事なの?」
「………。」
カイちゃんの問いを聞きながらも、私は見渡す限り一面のカプセル群を見渡しながら沈思黙考していた。
何度見ても、全てのカプセルの中に、真っ黒な人型に揺らめく、見慣れた外見の〝アイツ〟が入っている。
夢の中のアイツはいつも軽快な口調で他愛無い会話に花を咲かせるような、変だけど妙に気の良い奴なのに、目の前の〝コイツら〟はまるで抜け殻のように、頭と四肢に該当する部分をだらしなく下げて沈黙している。
「前に、私の夢に出てくる変な影の奴について、話したよな?」
「……え〜っと、そう言えばいつかそんな事言ってたね。」
以前、何度かカイちゃんと、よく見る夢について雑談していた事がある。
その時はただの他愛無い雑談だったけど、今では気味の悪い怪談にすら思えてくる。
「コイツらが、夢の中の影人間にそっくりなんだよ。
いや、そんな事言ってもしょうがないよな。
所詮は夢の中の話だし、夢の中の登場人物と、たまたま見た目が似てただけであって…」
「アタシは、何か関係があると思ってるよ!」
「へ?」
カイちゃんの力の籠もった一言に、私は呆然とする。
「勿論、何の根拠も無く思ってる訳じゃないよ。
白狐ちゃんも気付いてるでしょ?
この部屋の違和感に。」
2人揃って、広大なこの部屋を見回す。
違和感、か。
そうだよなぁ、カイちゃんが力づくで破壊した鉄の扉。
あれを抜けた時から、明白だった違和感。
「ここだけ、綺麗過ぎるって事か。」
「そうだよ。
外の状況から察するに、途方も無いくらい長い時間が経ってる筈なのに、劣化の痕跡が一切無い。
こんなの、どんなに発達した科学技術を以てしても無理だよ。
それこそ……!」
「不変力でもなきゃ不可能、だろ?」
決定的な一言を、私が代弁した。
「……うん、そう。
そして、その不変力を使える白狐ちゃんの夢の中に、昔から出てくる謎の影人間が、今ここにいる。
まだ真相は分からないけど、白狐ちゃんの夢に出る影人間と、ここのカプセルの中の影人間達は、絶対何か関係があるよ!」
と、力説するカイちゃん。
「…そうだよな。
もうここは地球じゃないんだし、母星での常識は捨てた方がいいか。」
私は脳をシェイクするように頭を左右に振り、頬をピシャリと叩いて気合いを入れ直す。
「よし、分からない事だらけなんだから、まずは冷静に情報を集めよう!
取り敢えず、その辺の資料でも見つけて漁ってみますか!」
「うん!何が出てくるんだろうねー!」
私とカイちゃんは、一緒になってこの施設の謎を究明する手掛かりを探すのであった。
「資料……ねぇ。」
私は、目ぼしそうな書類を手当たり次第に回収して、手近なテーブルの上に纏めてバサっと置いた。
カイちゃんも適当な資料をピックアップして、ノート1冊分くらいの書類の束を横に置いた。
まあ、書類と言っても私達に馴染みのある普通の白い紙じゃなくて、少し茶色を帯びた羊皮紙みたいな触感の紙だ。
だけど、厚みは無くてちゃんとヒラヒラと薄っぺらい。
変な感じだな。
勿論、さっきまでの地上の部屋と違って、今回は書類の保存状態も完璧だ。
これはいよいよ、私達の仮説も信憑性を帯びてきたんじゃないか。
「うーん。」
「探す前から分かっちゃいたけど、文字読めないよな。」
「…まあ、当たり前だよねー。」
そりゃそうだ。
いくら役に立ちそうな資料を集めても、書いてある文字を読めなきゃ殆ど意味が無い。
どれもミミズがのたうち回ってるみたいな解読不能の文字でビッシリ埋まっている。
さて、どうして文字の読めない私達が、これらの資料を〝役に立ちそうな〟と言って選別したのか。
理由は単純明快、イラストが描いてあって文字だけの資料よりかは多少分かりやすいからだ。
「でも分かんねー!」
「そうだねー、イラストもかなり独特なタッチで描かれてるから、かなり難解だね。」
異星人なだけあって、絵に対する感覚や描き方も、地球人とは大きく違うのだろう。
丸っぽくてギザギザの変な物体にイカの触手みたいなのが生えてて、何が何だかサッパリ分からん。
「全く、こんなのを解読しろとか、無理ゲー過ぎるだろ!」
「まあまあ、時間は幾らでもあるんだし、気長にやっていこうよ。
そうだ、ツジちゃんとレンちゃんにも事情を話せば協力してくれると思うよ!」
「思うって言うか、めっちゃ喜んで解読してくれそうだな。」
特にツジなんか、こういうの好きそうだしな。
がっついて来そう。
「それじゃあ、一旦資料を持って、おウチに帰ろっか?」
「そうだな。
ずっと地下にいたから、いい加減地上が恋しいぞ。」
こうして、今回の探索で入手した資料を持てるだけ持って、私達は来た道を戻り自分達の町へと帰還したのであった。
それにしてもまさか、こんな縁もゆかりも無い筈の偶然不時着した未知の惑星で、自分の事に関係があるかもしれない発見があっただなんて、未だに実感が湧きにくい。
あの大量の物言わぬ影人間達は、一体何だったのか。
灼熱の気温だったとはいえ、どうして地上には何も存在しなかったのか。
地下最奥の施設が綺麗なままだったのは、本当に不変力の影響なのか。
まだまだ謎だらけだ。
次に影人間が夢に出てきたら、何か聞いてみるとしよう。
「いや、そもそも、この星に辿り着いたのは、本当に〝偶然〟なのか?」
「うん?どうしたの白狐ちゃん?」
「あ、いや何でもない。」
◆◆
「う、う、うぅぅゥゥゥ〜〜ッ!!」
「鵜?」
「卯?」
私とカイちゃんが、揃って〝う〟返しをする。
「羨ましい〜ッ!羨まし過ぎるよ二人ともー!
どうして私達を呼んでくれなかったんだい!?
悲しみと羨望の気持ちが綯い交ぜになって、胸が張り裂けそうだよ!」
地下帝国(仮)から帰還した翌日、ツジとレンちゃんを私の家の客間に招待して、地下帝国(仮)での探索結果を、事細かに報告した。
鉄の扉の入り口から、私の夢に出て来た影人間が安置されていた件まで、全部を仔細にだ。
別に隠すようなもんでもないしね。
2人の反応は、まあ案の定というか、そんな感じだ。
ツジはオーバーリアクションと大袈裟な身振り手振りで探索に行けなかった不満を訴え、その横ではレンちゃんが、少しだけ残念そうに唇を尖らせている。
「……確かに、こんなに面白そうな事を二人占めするなんてズルい。」
ジトっとした目付きでレンちゃんにそう言われて、私とカイちゃんは気まずくなって苦笑いを浮かべてしまう。
「まあまあ、そう言うなって。
今後もまた探索に行くだろうから、その時は頼むよ。」
「それに、2人には協力して欲しい事もあるしねー!」
「……協力?」
私とカイちゃんは、例の施設から持ち帰って来た資料の束を、テーブルの上に置いた。
「……何だいこれは?」
ツジとレンちゃんの2人は、キョトンとしている。
「皆で頑張って、コイツを解読しよう!」
「へ?」
事情を話した。
「実に面白そうだ!」
予想通りのリアクションだった。
ツジは嬉々として書類に目を通す。
「ほほう、これは確かに難解!
だがしかし、保全シェルターで数々の古文書や暗号書を読んで鍛えたこの私だ!
時間は少々掛かるかもしれないが、喜んで協力させて頂こう!」
一方レンちゃんは。
「ワタシはこういうのは得意じゃないけど、探索に行くなら任せて欲しい。
もしも危険なエイリアンが襲ってきたら、ワタシがボッコボコにしてやるから。」
「アハハ……頼もしいねぇ。」
……2人がノリノリで良かったよ。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな調味料は?
「最近マイブームなのはお味噌かなー!
色んな野菜に付けて食べるのにハマってるの。」
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