「お願い白狐ちゃん、お花見行こうよ〜。」
「いやだ!断固として行かん!」
「野茂咲さんと新藤君にも、白狐ちゃんも来るって言っちゃってるもん。」
「だとしても行かん!ていうか勝手にそんな事言うな!」
カイちゃんが粘り強く私を連れ出そうとするけど、その程度で私がホイホイ心変わりする訳もない。
陽キャの集いなんか絶対に行くもんか!
私は家でのんびりとゲームしてたいんだ!
「ねえ、そもそも白狐ちゃん、具体的にはお花見にどんなイメージ持ってるの?
そんなに嫌がるなんて、相当だよね?」
ベッドにうずくまる私に対して、カイちゃんはベッドに腰掛け、穏やかな口調で問いかけてきた。
無駄だぞ。優しい感じで攻めようとしても、私には効かないんだぞ!
でも、一応聞かれた事には答えといておくか。
花見に対する正直な気持ちを吐露しとけば、さしものカイちゃんも諦めるやもしれん。
「………酔っ払いの中年やパリピが輪になって乱痴気騒ぎして、大量のゴミをポイ捨てした挙げ句、私みたいな陰キャに絡んでカラオケや一発芸を強要してくる生き地獄。」
「……そんな…」
「私が小さい頃に親に連れられて行った時、まさにそうだった。
迷子になったと思ったら、酔っ払いパリピ集団に捕まって、酷い目に遭わされた。」
「白狐ちゃん……」
これは、実話である。
その時の記憶がトラウマになり、私は一層、陽の者が苦手になってしまったのだ。
「……だから、ごめんカイちゃん。今日ばっかりは私の事、ほっといて。」
「………ったら…」
「へ?」
「…だったら、アタシがその思い出を上書きしてあげるよ!
絶対に白狐ちゃんが楽しかったって思えるお花見にするから、お願い!
騙されたと思って、今回だけでいいから、来てッ!」
カイちゃん、頭まで下げて頼むなんて。
なんて強情でしつこいんだ。
いつもヘラヘラしてるクセに、妙なところで頑固なんだから。
「……はあ、分かったよ。そこまで頼み込まれたら、しょうがない。
ただし、今回だけだからな。特別なんだからな!」
「やった!ありがとー!」
「もし私がヤバい輩とか酔っ払いに絡まれそうになったら、絶対に助けてよ!?」
「大丈夫安心して、白狐ちゃんはアタシが必ず守るから。」
「…………絶対だからな?」
「うん、絶対だよ。」
私は、カイちゃんの言う事を信じる事にした。
しかし、この時の私は想像もしていなかった。
私の下したこの決断が、あんな恐ろしい結末に陥ってしまうなんて事は…!
◆◆
最寄り駅から電車に乗る事、数十分。
花見会場である河川敷へと到着した。
……到着したのは、いいんだけどさ…。
「人、多ッ!」
「お花見だからね〜。」
正直、甘く見てました。
河川敷の地面が全く見えない程にシートが敷き詰められていて、まるで烏の行水とでも言わんばかりに人の群れでごった返している。
まさか、ここまで人が多いとは。
「人多過ぎて気持ち悪くなってくるんだけど。」
「不変力があるから大丈夫じゃないの?」
「そういう問題じゃない。精神的な意味合い。」
「まあ、そのうち慣れるって。
アタシ達のスペースは、野茂咲さんが確保してくれてる筈だから、探そっか。」
「あ〜、しんど。」
まだ始まってもいないのに、もう既に来た事を後悔していた。
「あのさぁ、カイちゃん?」
「ん〜?」
「今から家に帰って、おうちでゆったりと宴会しない?」
「残念、もうここまで来ちゃったから、後戻り出来ないよ。」
「うっ…」
野茂咲さん達を探しているうちに、前も後ろも左も右も斜めも、人、ひと、ヒトッ!
カイちゃんの言う通り、私は既に逃げ場を失っていた。
「う〜わ、もう最悪だよ。退路すら無いのかよ。」
「いい加減諦めて楽になりなよ〜。」
「うっさい、今際の際みたいな事言うなや。」
でも、私にはもう選択肢は無い訳でして。
そんなこんなで人混みを掻き分けて進んでいくうちに、目的の場所へと辿り着いたのであった。
「あ、山岸さん、尾藤さん、こっちこっちー!」
人混みの中から、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
声のする方向を見てみると、人と人との向こうに野茂咲さんらしき人物の姿が見えた。
ブルーシートを敷いた上に立ちながら、こちらに向かって手を振っている。
彼女の隣に、新藤君っぽい男性の姿も確認出来る。
「野茂咲さんに新藤君!久し振りだねー!」
「…おお、2人ともあんま変わってない。」
カイちゃんが愛想良く挨拶して、私も地味にそれに続く。
野茂咲さんも新藤君も、高校の頃からあんまり見た目が変わってないぞ。
「変わってないって、それを言ったら尾藤さん達も同じでしょー!」
「確かに。というか、あんまりどころか全く変わってない気がする。見た目も、背丈とかも。」
「おぅ…」
出会い頭にいきなり核心めいた事を言われて、つい怯んでしまった。
そりゃあ、不変力で変わらんようにしてるからな。当たり前だ。
「まあまあ、変わってないのはお互い様って事で。」
カイちゃんが適当に誤魔化しながら、野茂咲さんが確保してくれていたスペースに、靴を脱いで座る。
「にしても久し振りだねー。4人揃ったのは、成人式の時以来かな?」
「ああ、うん。そう言えばそうだね。」
野茂咲さんの問いに、カイちゃんが答える。
「成人式、か。そう言えばそんなのもあったな。」
「白狐ちゃん、あの時すぐ帰っちゃったもんね。」
成人式。あれは、私みたいな人間には相当キツかった。
特に私の出身が田舎なだけに、晴れ着を着た地元のヤンキー達がここぞとばかりに集結して、当時から有名人だったカイちゃんが絡まれた。
ナンパ紛いの事をされてたけど、カイちゃんは上手く笑顔で躱していた。
うん、ここまでは良かったんだよ。
その後、カイちゃんが絡まれてるのに気付いた私が、カイちゃんを引っ張って救出しに行こうとしたら、今度は私が絡まれた。
あれは本当に地獄だった。思い出したくもない。
「あんなのは、市長の挨拶だけでお腹いっぱいだったからな。
速攻で帰ってカイちゃんとゲームしてたよ。」
「アハハ、尾藤さんらしいねー。」
「野茂咲さんは、お巡りさんなんだっけ?」
「そうそう、よくぞ聞いてくれました!
毎日大変だけど、やり甲斐あるしバリバリ頑張ってるよー!」
「……へー、すごいなー。」
私、墓穴を掘った。
無職引き篭もりの私がするには、ハードルの高過ぎる話題だ。
私の事を聞かれたらなんか気まずいし、とっとと話題を転換させなければ!
「あー、えっと……新藤君は、トラエスで働いてるんだっけ?」
しまった!焦って再び仕事に関する話を振ってしまった。
ここは、何がなんでも仕事以外の話題を持ち出すべきなのに!
「ああ、うん。もう3年になるけど、僕もやり甲斐はめっちゃあるよ。
やっぱ、好きな事を仕事に出来たから。忙しいけど、かなり充実してる。」
「……ほ、ほほう。どんなゲーム作るのか、楽しみだなー。」
ゲーム会社の話題なら、本来は私の大好物なんだけど、今のこの場に限っては別だ!
早く、私に話が振られる前に別の話題を……ッ!
「山岸さんは、学生の頃も凄かったけど、今はもっと活躍してるよねー!テレビでよく見るし、応援してるよ。」
「ありがとー!白狐ちゃんが居てくれるから、頑張れてる!」
……あッ!お馬鹿!私の名前を出すな!
「…あぁ、そう言えば、尾藤さんは今何してるの?」
「ぬえ゛?」
「……?鵺?」
新藤君が聞いてきた。
絶望の質問。
ショックのあまり、悲鳴が妖怪の名前みたいになってしまった。
この空気で!
活躍している皆の武勇伝を聞いた後の、この空気でッ!
……………無職のニートで、カイちゃんの脛をかじって養って貰ってますなんて、言える筈ないやろ。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きな妖怪は?
「鵺。」
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