「カイちゃ〜ん!カイちゃん起きろー!」
朝早い時間、私は隣で眠っているカイちゃんの体を揺さぶる。
ダブルサイズのベッドに女二人、カイちゃんはパジャマ姿だけど、私はパンツ一丁。
一見事案にも見えるけど、私達にとってはこれが日常で普通の光景だ。
あくまでも関係上は友達同士なので、別にカイちゃんが手を出してきたりとかそういう事はない。
…今のところはな。
「おい起きろ!今日は朝から仕事だろー!早くしないとヤバい事になるぞ!
私は仕事した事ないからいまいち分からないけど、芸能人の遅刻は命取りなんだろー!?」
私は、殆ど暴力に近いレベルでカイちゃんを揺さぶりまくる。
そこでようやく、寝坊女がゆっくり目を開いた。
「…あぁ、白狐ちゃんおはよう。今日も可愛いねぇ。ムニャムニャ。」
漫画みたいにムニャムニャ言いながら、二度寝しようとしたカイちゃんの腹部に、ジャンピングニードロップを決めた。
弟直伝の必殺技だ!
「うごふぅッ!?」
「目、覚めた?」
「…おっふ…はい、はい!覚めました。お陰でバッチリ覚めました。…うぷ、気持ち悪気持ち良い…!」
小柄で体重の軽いひ弱な私でも、Gを上乗せした渾身のニードロップは、流石のカイちゃんにも大ダメージを与えられたようだ。
よし、こんな私でも少しはいけるな!
「ほら、不変力があるんだから、すぐに痛みは引くだろ。
それより、早く準備しないとマジで遅刻するぞ!」
「んえ?………あッ!ヤッバッ!」
枕元の目覚まし時計を確認したカイちゃんが、悲鳴に近い叫び声を上げる。
焦ったカイちゃんは派手にベッドから転がり落ちるも、意に介さずに大慌てで支度を始めた。
「白狐ちゃんおはよう!それとごめんねー!」
「はいはい、まあ朝食くらいは準備しといてやるか。」
カイちゃんがドタバタと洗面所に飛び込んでいくのを眺めつつ、私はキッチンで朝食を用意する。
とは言っても、調理経験なんてカイちゃんの誕生日にカレー作ったぐらいしかない私が作れる料理なんてたかが知れているので、唯一得意とするおにぎりを作ろう。
私が作るおにぎりは、形が良いと巷でも評判なのだよ。
高校卒業後、約束通り東京で二人暮らしを始めた私達は、都内で家賃も手頃な、1LDKのアパートに住む事になった。
清潔感もあって、セキュリティもしっかりしている上、駅やスーパーなんかも近い良物件だ。
こんなにも住みやすくて低家賃な完璧物件が見つかるなんて、都会も捨てたもんじゃないなと思う。
「ふんふんふ〜ん♪」
鼻歌交じりに白米を捏ねて、はい出来上がり!
綺麗な三角形の、尾藤白狐特製おにぎりの完成だ!
要は、普通の塩おにぎりなんだけどね。
「ほぎゃあああ!!早く!早くしないと〜!」
洗面所から騒々しく出て来たカイちゃんだけど、テーブルの上に乗った私の手作りおにぎりを見た瞬間…
「あ〜、白狐ちゃんのおにぎりだ〜!嬉しいな〜!」
急いでいた事を一瞬で忘却し、ウヘヘヘとキモい笑顔になって涎を垂らしていた。
「悦に浸ってないで、とっとと食べちゃいな。」
「うん、エヘヘ。白狐ちゃんのおにぎり美味しいなぁ。」
ニコニコと笑顔でおにぎりを頬張るカイちゃん。
こうして普通に笑顔でいれば、この子も可愛いもんだよ。
「デュフフフ、白狐ちゃんの手垢がべったり付いてて、最高の味付けになってるねぇ。
おにぎりの形も、白狐ちゃんの履いてるパンツをイメージした見事な三角で、感動すら覚えるよ!」
前言撤回。
「お下劣な食レポすんなお馬鹿!いいから早く食えって言ってんだろ!」
「は、はいー!」
私に頭を引っ叩かれ、ようやく急いで食事を進めるカイちゃん。
高校を卒業して社会人になったというのに、本当に変わんないやつだなこの子は。
ま、それを言ったら私もそうか。
ちなみに不変力の影響を受けているカイちゃんは、朝食を食べなくても問題なく動ける筈なんだけど、彼女曰く「白狐ちゃんの作ったおにぎり食べると、いつもの百倍頑張れる!」との事なので、時折こうやって仕事前におにぎりを作っているのだ。
「んッ!むぐッ!ご、ごちそうさまー!美味しかったー!からの行って来まーす!」
おにぎりを無理矢理口の中に詰め込んで、カイちゃんは玄関から飛び出して行ってしまった。
「さて、静かになったし、私は一人でゲームでもしますか。」
大きく伸びをして、私はパンイチのままリビングのソファに座り込む。
カイちゃんのお仕事が順調なお陰で、今のところ生活には全く不自由していない。
今私が座ってるふっかふかのソファも、目の前の70インチの5K大画面液晶テレビも、寝室にあるダブルサイズのベッドも、全部カイちゃんが稼いだ潤沢なお金で購入した物だ。
もうカイちゃんには、足を向けて寝れないなぁ。
いつも同じベッドで寝てるけど。
ちなみにあのダブルサイズベッドは、私の知らない間にカイちゃんが買ってきたものだ。
私は最初は抗議したものの、「一緒に寝てくれたら70インチの5K大画面液晶テレビ買うから、それでゲームしてていいよ。」と言われてしまったので、従わざるを得なかった。
あれはもう、どうしようもなかった。大画面テレビには勝てん。
「うひー、最高!これが天国ってやつかー!」
今、外は夏真っ盛りの猛暑日。
そんな中私は、平日の朝っぱらからクーラー全開のリビングで、キンキンに冷えた麦茶を飲みながらゴロゴロとだらけつつゲームに興じている。
ビバ!ヒモ生活!
誰に何と言われようと、一生懸命働いてる人からボロクソ言われようとも、これが私の生き方なのだよ!
「よーし、今日は昨日買ったあのゲームのストーリーを進めるとしますか!」
◆◆
「ただいまー!」
夕方の5時頃になって、カイちゃんが家に帰って来た。
「おかえりー!」
「白狐ちゃーん!今日も頑張って早く仕事終わらせて、白狐ちゃんと遊ぶ時間を増やしたよー!」
「よし、それなら今日は、晩御飯食べた後にとっておきのパーティゲームでもやって盛り上がるか!」
「イエーイ!」
カイちゃん、とっても嬉しそうだ。
この子は本当、私が絡めばなんでも喜びそうだな。
◆◆
「ふあ〜あ、カイちゃんおやすみ〜。」
「うん、おやすみ白狐ちゃん。」
寝室の電気を豆電球にして、就寝の体勢に入る。
カイちゃんとの二人暮らしを始めてもう数ヶ月。
ようやく、二人で同じベッドに寝るのにも慣れてきた頃だ。
まあ、私としては不本意なんだが。
「カイちゃんは、明日仕事無いんだよな?」
「そうだよ〜。折角のオフだし、どっかデートにでも行こっか?」
「お、いいね!ま、私達は友達だから、正確にはデートじゃなくて普通に遊びに行くんだがな。」
「もう、そこはノリ良くデートでもいいじゃない。」
「フッ、カイちゃんが私とデートなんて、まだ96年早いわ。」
「うーん、まだまだ先は長いねぇ。」
カイちゃんはちょっと残念そうな声色でそう言いながら、もぞもぞと私の方に近づいてくる。
「ん?カイちゃん?」
次の瞬間、いきなりカイちゃんに抱きつかれた。
「えッ!?ちょッ!」
「…お願い、白狐ちゃん。今夜だけ、こうしててもいいかな?」
そう呟くカイちゃんの声が、いつもより少しだけ不安そうな感じがした。
「……まあ、今夜だけなら、いいよ。特別サービスだから。」
「エヘヘ、ありがとう。白狐ちゃんは優しいねぇ。」
「まあね。」
この雰囲気の時のカイちゃんは、仕事で嫌な事があった時と相場が決まっている。
そういう時は、野暮な質問はせずに空気を読んで、カイちゃんの甘えを受け入れてやるのが正解なのだ。
それにしても、メンタル鋼なカイちゃんが傷付くなんて、よっぽどの事があったのかもしれない。
私はこの時、一抹の不安を覚えていた。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの苦手なお菓子は?
「アタシは特に無いねぇ。お菓子なら何でも好きだよー!」
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