「あー、またここか。なんか久しぶりだな。」
何年振りだろうか。
私はまた、夢の中で宇宙めいた空間に漂っていた。
この夢は毎回現実のように意識がはっきりしていて、目が覚めた後も内容をちゃんと覚えていて気持ちが悪い。
さて、この夢を見たという事は、間もなく〝あの人〟が出現する筈だ。
「やあ、期待通り出現したよ。」
「心を読むのやめて。」
やっぱり出て来た、影人間。
前身真っ黒で老若男女の判別がつかない不気味な見た目である反面、その性格は意外と普通にフランクな感じだったりする。
なんで私の夢の中に出て来るのか、何故不変力の事を知っているのか、分かんない事だらけだけど。
まあきっと、私の夢に出て来るだけのただの幻だろう。
「ところで早速だけど、君には最近悩み事があるね?」
「はい?いきなり何よ?特に無いけど。」
いきなり悩み事と言われても、本当に思い当たる節が無い。
カイちゃんとも相変わらず仲良くやってるし、周囲でトラブルが発生している訳でもない。
至って平和な日常だ。
「うーん、そうだなぁ。じゃあ言い方を変えようか。
君は今、なかなか解決出来ない一つの問題に直面しているね?」
「いや、もっと具体的に言ってよ。そうすれば分かるかもしれないし。」
「ああ、ごめんごめん。ついつい遠回しな言い方になっちゃって。
日本語っていうのは難しいね。」
「…そうだね。」
「で、ワタクシが言いたいのは、君が不変力を使って地元を不変にしようとしてるんじゃないかって話。」
「……ああ、あれね。」
あれはもう20年以上前、まだ高校生だった時にカイちゃんが提案してきたやつだ。
地元の町を不変にして、永遠に2人でそこを拠点にして過ごそうと言ってきたやつ。
「一応、私もどうにかしようと頑張ってはいるんだけど、どうにも沖縄の時みたいにはいかないんだよ。」
一つの町という広範囲の土地を丸ごと不変にするには、普通のやり方じゃ無理らしい。
何かコツを掴めばいけそうな気がするんだけど、どうにも上手くいってないのが現状だ。
「やっぱり難航しているみたいだね。
まあ、不変力を手にしてまだ20年ぽっちじゃあ、完全に使いこなせないのも無理はないよ。」
「へぇ、そういうもんなの?案外複雑なんだな。」
「パソコンとかを使うにも、ちょっとした書類を作ったりネットを利用するだけならともかく、本格的に使うには専門的な知識や技術、応用力が求められるだろう?
それと同じようなものだよ。」
「ふーん、なんでそんなに詳しいの?」
「そこは気にしなくていいよ。」
「いや、重要な所っぽくない?」
「……。」
何となく教えてくれなさそうな雰囲気なので、まあいいかと諦めて話を切り替える事にしよう。
「そっか、それならせめて、町を不変にする方法くらい教えてよ。
意味も無く私の夢に出て来た訳じゃないでしょ?詳しいんだったら教えて。」
「ふむ、思ってたよりグイグイ来るね。
まあいいや、それ位なら教えてあげてもいいかな。」
「やった!」
という訳で、謎の影人間に教えて貰った。
「ふむふむ、広範囲の土地を不変にするには、地図や俯瞰図なんかで大まかにその土地のイメージを頭に浮かべて、不変になるよう強く念じる、と…。
意外と単純そう。」
「うん、その方法が一番楽だからね。」
うーん、この空間は私の夢の中で、目の前の影人間も私の記憶情報に基づいて作られた存在なのに、なんで私の知らない筈の知識を知っているんだ?
まあ、考えても仕方ないし、今は不変力の情報を得る事に注力しよう。
「でもそうすると、なんで沖縄の時は不変力が暴発しちゃったんだ?
別に地図とか見てなかったし、強く念じてもなかったぞ。
ちょっとだけ無意識に、この時間がずっと続けばいいのに的な事は思ってたかもしれないけど。」
「そうだね……きっと、君の能力の未熟さと、無意識下における願望が表出化して、なんか変な化学反応がケミストリーして、そうなっちゃったんじゃないかな?」
「……分からないからって、適当に言ったろ?」
「ワタクシも、不変力について完璧に把握している訳じゃないからね。
別に専門家じゃないし、そもそもその能力が発現したのが、この宇宙の長い歴史上、君一人だけだからね。誇っていいよ。」
「うわー、そんな軽い感じで言われても実感湧かないから。」
私一人だけなのか。
そりゃあ、こんなトンデモ能力がほいほい存在してたらヤバいわな。
「……で、なんで私一人って断言出来るの?」
「だから、そういうのは気にしなくていいよ。」
「んー、絶妙に気になる。」
「それじゃあ、ワタクシは用事を済ませたし、そろそろ帰ろうかな。
君も、早く現実に戻って、試してみたいだろう?」
「え?…うん、まあ。」
「それじゃ、また。」
簡略化された別れの言葉だけ言い残して、影人間は霧のように姿を消してしまった。
一瞬で姿も気配も跡形も無く消え去り、残ったのは宇宙空間に蔓延する静寂だけ。
なんか一方的に話を打ち切られた感じだけど、まあ気にしないでおくか。
◆◆
「んぅ〜!」
朝。
奇妙な夢から覚めた私は、寝惚け眼で周囲を見渡す。
無駄にデッカいベッド、私の隣でいつも寝ている筈のカイちゃんは、今は居ない。
「んぇ?」
ベッドの横のサイドテーブルの上に置かれた、充電中の私のスマホ。
そのすぐ横に、カイちゃんの残したメモが置かれているのに気付く。
『お仕事行って来ます!朝ご飯は作ってあるから、良かったら食べてね。
by愛する白狐ちゃんの為なら死ねる女』
ああ、そうだった。
今日はカイちゃん、早朝から番組のロケがあるから、早い時間から家を出るって言ってたな。
どうやら、熟睡中だった私を起こさないよう、気を付けてくれてたみたいだ。
この変なハンドルネームめいたものは気にしないでおこう。
「あ〜、朝からカイちゃんがいないのは、なんかしっくりこないな。」
普段、朝起きたらカイちゃんが私を抱き枕にして寝てたりするパターンが殆どだ。
いつも鬱陶しく感じてたけど、いざそれが無いと、どこからともなく寂しさというやつが私の胸にやって来る。
「あーいや、気の所為気の所為!」
ついさっき影人間から教わった。
気にしちゃいけない事は、気にしちゃいけない、と。
カイちゃんは仕事で家に居ない事も多いんだから、我慢しないと。
「んッ!我慢ってのも違うだろ!」
ベッドの上、私は一人で悶絶していた。
なんだこれは!この感覚はッ!
どうも朝からカイちゃんの顔を見ないと落ち着かない私がいる!
「クッソ、私の方がカイちゃんを求めてるっていうのか!?逆ならともかく!」
駄目だ、どうにもムズムズして変な感じだ。
今まで何度か朝からカイちゃんが居ないって事はあったのに、何で今回に限って…。
「ハァ…、もうゲームしよゲーム。飯食ってから気分転換にゲームしよ。」
そうする事にした。
別の事をして気を紛らわせれば、カイちゃんが居ない事なんてすぐ忘れられるだろうと、そう思っていた。
◆◆
「よしッ、そこだ!行け!そのまま倒せッ!」
私は一人、ゲームで盛り上がっていた。
今日は、前から進めてたRPGの強ボスを倒そうと、頑張ってた所だ。
「あッ、あと少し!あと少しで………っあーッ!?負けたァ!?」
あとほんの少しの所で、ギリギリ負けた。
この悔しさ、筆舌に尽くしがたしッ!
「嘘でしょこんな…クッソぉ……!カイちゃん、慰めて……」
部屋を見渡すも、当然カイちゃんの姿は無い。
「…そうだ、カイちゃんは居ないんだった。
なんだよ私、カイちゃんの事大好きかよ…。」
ゲームで負けた悔しさと同等か、それ以上の言葉に出来ない奇妙な感情が、私の心を支配する。
でも、今はまだ、この感情を素直に認める訳にはいかない。
あと75年、約束の100年目がやってくるまでは、この感情を胸の奥に秘めておく事にしよう。
…もう、4分の1が過ぎたのか。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きな果物は?
「苺!定番だけど美味しいよね!」
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