「ふんふんふふ〜ん♪」
カイちゃんがキッチンで鼻歌混じりに上機嫌で夕食を作っているのを尻目に、私はリビングでソファに寝っ転がりながら、一人ゲームを嗜んでいる。
去年、ジャイアント(略)コオロギの捕獲に成功して、その成果をSNSにアップしたところ、私達の想像を絶するレベルの反響があった。
モデル兼グラビアアイドルの山岸海良が、島の奥地で新種の巨大昆虫を発見したというニュースは一時期テレビでも取り上げられて、カイちゃんは再びお茶の間の人気者として返り咲いたのだ。
それからしばらくの間、カイちゃんの元には〝生き物と触れ合う番組〟や、〝秘境まで赴いて珍しい生き物を探す番組〟など、生き物系の番組への出演が大幅に増えた。
その影響でカイちゃんもだいぶ生き物好きになってきて、虫も殆どの種類を平気で触れるように成長したのだ。
「色んな生き物と触れ合えるのは楽しいけど、大食い番組の出演が減っちゃったのは残念だなー。」
とは、本人の談。
ちなみに、その時のジャイアント(略)コオロギは、ウチで飼育している。
コオロギの寿命は普通、成虫になってからだと1〜2ヶ月程度の筈なのに、コイツは成虫の状態で捕獲してから既に1年経ってるのに、未だにピンピンしている。
改めて、普通のコオロギではない。
しかも知能も非常に高く、しっかりと躾けられた犬のように利口だ。
さてと、色々と考えているうちにカイちゃんの手料理が完成したご様子だ。
美味しそうな匂いがこっちまで届いてくるぞ。
「白狐ちゃーん!晩御飯出来たよー!」
「う〜い、すぐ行くー。」
最近は人気も落ち着いてきたお陰か、今日はカイちゃんの仕事が昼過ぎには終わって帰宅して来たので、カイちゃんが夕飯を作る事になった。
なので、キリの良い所でゲームを終わらせ、食卓につく。
「おおー!凄い!本格的なオムライスじゃん!」
「白狐ちゃんの笑顔を思って、心を込めて作りました。召し上がれ。」
「いっただっきまーす!」
ふっくら美味しそうなオムライスに、ケチャップで『白狐ちゃんLOVE』の文字と、隣に私の似顔絵らしきイラストが器用に描かれていた。
まあ、これに関しては不用意にツッコまずスルーして、早速オムライス本体に食らいつく!
無駄にクオリティの高いケチャップアートは、一瞬にして無慈悲に消滅した。
「うん、美味い!見た目だけじゃなくて、味も絶品だなぁ!流石はカイちゃん!」
「そうかなぁ。これで白狐ちゃんも、アタシをお嫁さんにしてくれるかなぁ?」
「もちろ………いや、それはまだ検討中。」
「うぐぅ……惜しい。」
カイちゃんは時折、どさくさに紛れて求婚してくるので、流されないように気を付けなくてはならない。
うっかり言質を取られると厄介だ。
「それにしても、アタシと白狐ちゃんが恋人(仮)になってから、もう16年も経ったんだねぇ。」
「んー、もうそんなに経ったのか。時の流れ早過ぎない?」
私の両親が以前、大人になったら時間の流れが早く感じるようになるとかなんとか言ってたけど、確かにそうなのかもしれない。
「時の流れは無慈悲だからねぇ。ま、アタシとしては時が経てば経つほど、白狐ちゃんとの約束の日が近づくから、ドキドキワクワクものなんだけどね。」
「約束の日、か。
あと84年も残ってるな。」
「やめて!残ってる日よりも、経過した日で言って!」
なんだ、変なジンクスか?
「ご馳走様!
いやー、マジで美味かったー!」
「ホントー?嬉しいなー!」
「カイちゃんも、料理上手くなる為に頑張ったもんな。」
「白狐ちゃんとの結婚生活を、少しでも充実させる為だからね!」
「ハハ、あと84年頑張らなきゃな。」
「も〜、白狐ちゃんのイジワル〜!」
「カイちゃんの反応がいちいち可愛いから、意地悪もしたくなるってもんだ。」
「えッ!?ウヘヘヘ、白狐ちゃんに可愛いって言われた〜。」
「その笑い方と反応は気持ち悪いな。」
……あれ?
これもう、新婚夫婦っぽくない?
冷静になって客観的に考えてみたら、私とカイちゃんのやり取りって、だいぶバカップルっぽいぞ。
ってか、女同士だから婦婦なのか?分からん。
「それにしても、アタシも白狐ちゃんも、16年経ったのに全然変わんないよね?」
「え、今更?」
「うん、今までそんな気にしてなかったけど、見た目も性格も高校生の時のまんまだよ。」
「んー、見た目は不変力の効果で変わんないとしても、中身はどうなんだろうなー。
でも確かに、精神的な部分もあんま変わってない気がするわ。」
「見た目の成長と中身の成長は比例するって事なのかな。」
「さあ?不変力については未だに分からない事だらけだしなぁ。
カイちゃんのその仮説も、あながちハズレではないのかも。」
カイちゃんは以前から相変わらず、ドMでロリコンでどうしようもない美少女。
私も相変わらず、ゲーム好きで部屋ではパンイチ。
まあ、16年程度じゃそうそう変わるもんでもないか。
「ま、そんな難しい事ばっか考えてないで、ゲームしよゲーム!」
「お、いいねー!それじゃあ食器洗ってきちゃうから、白狐ちゃんは準備して待っててね。」
「押忍ッ!」
◆◆
カイちゃんとの2人ゲーム大会は、大いに盛り上がった。
「うおおおおお!!」
一進一退の攻防が続いていると見せかけて、実際には私の防戦一方。
何度もボコボコにされて、相変わらずゲームが鬼強いカイちゃんに徹底的に分からせられた。
しかし……
「よっしゃ勝ったー!!」
「うぅ、負けちゃった。」
今日は珍しく、勝ち星を上げる事が出来た。
「久々にカイちゃんにゲームで勝った…!」
「って言っても、運要素の大きい双六ゲームだけどね。」
「それを言うな!どんなゲームだろうと、運に左右されようと、勝ちは勝ちだッ!」
ソファの上に立ち上がり、高らかに宣言する私。
そう、勝利の女神は私にこそ微笑むのさ。
「よーし、それじゃあ私が勝った事だし、約束通り大人しく罰ゲームを受けて貰おうか!」
「ひええぇ〜、そんな約束した覚え全く無いし、勝ち数はアタシの方が圧倒的に上だから明らかに理不尽な要求だけど、白狐ちゃんだから全部受け入れられる〜!」
カイちゃんは罰ゲームを受けるというのに、笑顔のままだ。
だがしかし、その程度は想定の範囲内!
これからカイちゃんを、恐怖のどん底に叩き落とす!
「はいこれ。」
「え?わさび?」
「イエス。これ一気飲みな。」
「うわ!シンプルにキツいやつじゃん!」
チューブのわさびを手渡されたカイちゃんは露骨に嫌そうな顔を見せたけど…
「でも、白狐ちゃんからのお仕置きだって考えると、ご褒美だねッ♪」
すぐに笑顔に戻った。
うん、平常運転で何より。
「うんそう、ご褒美だからイッキね。」
「いっきまーす!」
愛というのは、時に恐ろしいものだ。
私は今、その事実を酷く痛感した。
愛は人を盲目にさせ、正常な判断能力を奪い、しばしば取り返しのつかない事態を招く危険性もある。
今、私の目の前で起こっている出来事が、それを如実に表している。
「ゔぉお゛お゛お゛あ゛あぁぁぁぁォォォォッッ!!?」
いくら私への愛が強くとも。
いくら被虐を好むドMでも。
「成る程、体ってのは正直だな。」
そう、心は喜んでいても、体は真っ当な反応を示すものだ。
まあ、あれだよ。
分かりやすく言うと、リビングのソファがカイちゃんの吐瀉物まみれになった。
私とカイちゃんの阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡ったところで、私達のゲーム大会は終了した。
ちょっとの罪悪感と共に、こんな事しなければ良かったと、激しい後悔の念に苛まれるのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きな戦国武将は?
「武田信玄!風林火山!」
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