豪華客船の朝が来た。
船は既に中国を後にしていて、今は海の上。
部屋の窓から外の景色を見てみても、今のところ陸地ひとつ見えやしない。
平常通りパンツ一丁で寝ていた私は、寝起きから1分後の私。
つまり、まだまだ寝ぼけているので、それを覚ます為に体を思い切り伸ばす。
同じベッドで寝ているカイちゃんはというと、未だに気持ち良さそうにグースカ寝息をたてている。
はだけたパジャマ姿で。
……エロいな。
「ふぅ……水飲も。」
私は冷蔵庫を開けて、海外メーカーのミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、半分くらい一気飲みする。
これで少しは目が覚めた。
ちなみに冷蔵庫の中身は、ちゃんと昨日飲んだ分が補充されていた。
一体どういう仕組みなんだ?
「水も美味いな。」
美味しい水の感想を呟きつつ、時計をチェックする。
もうあと10分くらいしたら、レストランエリアのお店が一斉に開店する時間帯だ。
気持ち良さそうに寝ているカイちゃんを無理に起こすのも悪いし、たまには私一人で行くか。
カイちゃんのスマホに、先に朝食に行ってるとの旨をメッセージで残しておいて、私は着替えてレストランエリアへと向かう事にした。
◆◆
「あー、昨日の大食いの子!
隣りの部屋だったの!?」
「ぅえッ!?」
部屋を出るなり、いきなり見知らぬ少女に声を掛けられた。
髪は金髪のウェーブがかかったロングヘア。
くりっとした瞳は赤く、背丈からして中学生くらいだろうか。
見た目からして明らかに西洋人だけど、日本語がかなり流暢だ。
それにお召し物も、いつもと同じパーカーを着てるラフな格好の私とは対照的に、ゴスロリっぽい高そうな薄緑色のワンピースを着ていて、いかにも可憐なお嬢様感を醸し出している。
まあ、世界一周のクルーズ旅行なんて本来は金の掛かるものだし、お金持ちがいても別に不思議ではないけど。
「えッ!?……な、何?」
相手が子供とはいえ、カイちゃんのいない孤立無縁な私は、ただのコミュ障陰キャになってしまう。
めっちゃ元気でニッコニコ笑顔な、無邪気そうなこの子を前にしたら、特に。
「昨日の夜、お寿司屋さんでたっくさんお寿司食べてたでしょ!?
あれ凄かったー!何かのパフォーマンスかしら?」
「いえ、ただの行き過ぎた食欲です。」
「そっかー、フードファイターなんて初めて見たから、ビックリしたわ!
テレビとかネットの動画とかでなら、よく見てるけどね。」
なんか、勝手にフードファイターって事にされてるんですけど。
「えっと、君は隣りの部屋のお客さん?」
一応聞いてみる。
「あっ、ごめんなさい、名乗るのを忘れてたわね。
私の名前は宝宮 エリザベスっていうの。」
うお!名前からしてお嬢様っぽい!
「パパがアメリカ人でママが日本人のハーフだけど、私は日本生まれの日本育ちだから、こう見えて日本語はペラペラなの。
ニックネームはエリザベって呼んでね!」
「エリーじゃないのッ!?」
歯切れの悪い珍しいニックネームに、思わず突っ込んでしまった。
「フフ、昔は普通にエリーだったけど、クラスの友達のえりなちゃんって子がエリーってアダ名だったから、差別化と個性を出す為にエリザベにしたの。
最初は言いにくかったけど、今じゃもう慣れたものよ。」
「……へぇ……あ、私は尾藤白狐。
私もハーフ。日本とロシアの。」
「あぁ!やっぱり!
こんなに綺麗で素敵なプラチナブロンドの髪、なかなかお目に掛かれないもの!」
数少ない私の自慢を褒められて、ちょっと嬉しくなる。
それにしても、元気でよく喋る子だ。
少しだけ、学生の頃の野茂咲さんと雰囲気が似てる気がする。
「ねぇねぇ、こんな風に隣りの部屋になったのも何かの縁だし、尾藤ちゃんさえ良かったらお友達にならない?」
おおう、グイグイくる子だな。
コミュ力の塊みたいで、私とは正反対な陽キャの卵。
なんか、こういう所はカイちゃんみたいだ。
「……まあ、別にいいけど。」
「やった!それじゃ早速、一緒にご飯食べに行かない?」
「うん、いいよ。」
私の腕を引っ張って、無邪気にはしゃいでいる。
もしかして、私に妹がいたらこんな感じだったのかな?と思ったりもして、少しだけホッコリとした。
いや、ちょっと待て。
これって客観的に見たら私の方が僅かに背が低い訳だし、むしろ私の方が妹みたいに見られないか?
元気な姉が、人見知りな妹を連れ回してる、的な。
◆◆
エリザベちゃんに連れられて来たのは、レストランエリアにあるハンバーガーショップ、『スパイラルパンズ』!
ここはただのハンバーガーショップではなく、沢山の種類が用意されている具材から自分で好きな物をチョイスして、オリジナルのハンバーガーを作れるというのだ。
そんな事聞いたら、なんかこう……ワクワクしちゃうよな!
あと、一応カイちゃん宛てに『先にハンバーガー食ってる』とのメッセージも送っておいた。
「おお!これは美味そう。」
ハンバーガーを作り終え、私とエリザベちゃんは席に着く。
私が作ったのは、白身魚のフライとハンバーグを一緒に挟み、それにタルタルソースとケチャップをぶっかけて、オマケにスライスチーズとピクルスも挟んだ、私の考えた最強のハンバーガーだ!
対するエリザベちゃんはと言うと、ピリ辛チキンと辛口ソース、そしてスライスチーズを挟んだ、赤色成分多めな辛そうなハンバーガー。
意外と辛いのがお好きなのかな?
「尾藤ちゃんの凄いね!
流石はフードファイター!」
「いや、だからフードファイターじゃないって…」
「いっただきまーす!」
「あっ…」
私の話も聞かずに、早速食べ始めてしまった。
まあ、マイペースな子供らしくて良きかな、とか思いつつ、私も最強ハンバーガーにかぶりつく。
「うぐッ!味の渋滞!」
不味くはないし、むしろ美味しい方ではあるんだけど、いかんせん濃過ぎる味達が喧嘩し合っている。
こいつぁちょっち失敗だったかもしれん。
「も〜、そうやって何でもかんでも挟んじゃうからだよ。
ちゃんとバランスを考えなきゃ。」
「…はい、すみません。」
100歳以上年下の女の子に注意されてしまった。
「私の辛口バーガーはすっごく美味しいよ。
一口あげましょうか?」
「…お願いします。」
エリザベちゃんの施しを受けるかたちで、辛口バーガーを一口頂戴する。
ぬうッ!バランスの良い辛味が具材と見事に絡み合って、実に美味でございます!
「結構なお手前で。」
「でしょう!?」
オリジナルハンバーガーという謳い文句に踊らされて、浮かれて調子に乗った私の完全敗北だ。
「あー!白狐ちゃんッ!」
突然、凄く聞き覚えのある声が私の名前を叫んだ。
他のお客さんの迷惑になるし、私が悪目立ちするからやめて欲しい。
「白狐ちゃん!アタシを部屋に置き去りにするなんて酷いよー!」
「あぁ、あれは放置プレイだから。」
「それならオッケー!」
私の適当な返事に、お店に飛び込んで来たカイちゃんが喜ぶ。
「あー!尾藤ちゃんと一緒にいたフードファイターの人(ガチ)だ!」
当然ながらエリザベちゃんが反応した。
そりゃあ、私よりもカイちゃんの方が食ってたからな。
倍くらい食ってたからな。
「ええッ!?白狐ちゃん、この子誰!?
…まさか、浮気ッ!?」
カイちゃんが愕然として項垂れる。
雰囲気がガチ過ぎて、冗談なのかマジなのか分からんのだけど。
「んな訳ないだろお馬鹿。
さっき知り合った、隣りの部屋の子。」
「宝宮エリザベスと言います。」
エリザベちゃんが丁寧にお辞儀する。
「へぇ〜、お隣さん!
アタシは山岸海良って言うの!よろしくね!」
浮気相手じゃないと知って、カイちゃんもにこやかに挨拶を交わした。
うんうん、折角だし仲良くして欲しいもんだ。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな星座は?
「うーん、オリオン座かな。」
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