「尾藤さん、おはようッ!」
山岸に告白された翌日、教室に入るなり馴れ馴れしく山岸に元気よく挨拶された。
「…あ、うん、おはようございます。」
他のクラスメイトからの、妙な視線を感じる。
なんであの山岸さんが尾藤なんかに挨拶してんだ、的な感じの懐疑的な視線だ。
それが嫌で、私は消え入りそうな小さな声で挨拶し返した後、そそくさと自分の席へと向かった。
良かった、空気を読んでるのか知らないけど、ついて来たりはしなかった。
クラスで目立つなんてのは、私みたいな人種には命取りに他ならない。
そして放課後。
結局、今日は山岸からは何のコンタクトも無かった。
なのに、私の足は自然と、あの体育館裏まで来ていた。
いや何故だ!
気付いたらここに来てしまっていた!
昨日に引き続き、今日の授業中も休み時間中もホームルーム中も、ずっとずーっと山岸事件の事で頭がいっぱいだった。
一刻も早くこの悪夢を払拭しなければならないのに、クラスでの立場上、こっちから山岸に話し掛けるのは難易度がベリーハード中のベリーハードだ。
アイツの周りには常に人がいるから、その結界を破ることがまず、人見知りな私には無理ゲー過ぎる。
「クソクソクソぉ…、一体どうすればいいんだコンチクショー!」
「あ、尾藤さん!やっぱりいたんだ!」
「あひェッ!?」
体育館の壁にアホみたいに唸っていたら、背後から忌まわしい声が聞こえてきてビビる!
反射的に振り向いたら、声の主は案の定、山岸海良その人だ。
「あ、あああ、あ、あの、聞いてましたの?」
キョドり過ぎて、お嬢様もどきみたいな喋り方になっちまった!
「うん、ごめんね。尾藤さんが可愛すぎてつい。」
「はいぃ?」
何だそれ、お世辞か?
お前みたいなキラキラモテカワ女子にそんな事言われても、嫌味にしか聞こえないっつーの!
……まあ、ちょっとは嬉しいけどさ。
「それで、尾藤さん。ここに来たって事は例の件、ちゃんと返事を貰えるって事だよね!?」
「あッ!あぅ……それは…」
うっわ、なんか期待に満ちた眼差しが、ビームみたいに私の心臓を抉ってくる…!
コイツ、自分が人気者だからって、相手が告白を断るなんて有り得ないとか、思い上がってるんじゃないのか?
こうなったら、その鼻っ柱をへし折ってくれる!
私のお断りスキルでなッ!
「あの…その…、えっと、その事、なんで、しゅが…」
吃り過ぎた上に噛んでもうた。
しまった、私のお断りスキルは底辺オブ底辺で、ファミレスで店員さんが注文と全く違う料理を持って来ても、何も言えないレベルでした。
「うんうん。」
「うぅぅ…、その、凄く、嬉しくて。だけど、えっとぉ…」
「う、嬉しかったのッ!?じゃあ、OKなんだね!」
「ええェェ!?いや、だから…!」
マズい、都合の良い方向に解釈しやがった!
「やったぁ!今日が人生最高の日だよぉ!」
「…あの、ちょっと…!」
「それじゃあ、晴れて恋人同士になった訳だし、早速この後デートにでも行こっか。
ショッピング行く?それとも…」
「人の話聞けやこのアンポンタンッ!」
「おぶッ!?」
私の秘奥義、カタストロフィ平手打ちが、山岸の頬にクリーンヒットしてしまった。
しまった、これは対弟用にとっておいた、私の秘密の必殺技だったのに!
やらかしてしまってから、後悔の大波が私の心に押し寄せる。
どうしてだ、普段の私はこんなに暴力的じゃないし、実際他人に暴力を振るったのなんて、昨日に引き続き山岸が初めてだ。
なのにどうしてだろう、山岸にだけはどうも、その辺のリミッターが緩くなってしまっているみたいだ。
コイツの顔を見てるとこう、何というか、ウズウズしてくるんだよな…。
必殺の威力でビンタされた山岸は尻餅を突いてしまい、私に見下される形になる。
ええい、こうなったら行けるとこまで行ってしまえ!
「おい、そこの頭緩そうなデクの棒女!」
「は、はひィ!」
「いいか、お前みたいな駄目雌豚にも、一応耳ってモンが付いてんだからよーく聞けよ!」
「き、聞きます聞きましゅうぅ!」
「私はな、お前と付き合う気なんてこれっぽっちも無いからなッ!」
「……え?」
あ、ちょっと言い過ぎたか?
本気でショックを受けてるみたいな顔になってしまった。
「……あ、その、ごめんなさい。言い過ぎました…。」
「…どうして?」
「……私はこれ以上、大事な人を増やしたくないから。」
「それって、どういう意味なの?」
山岸が、心配そうな顔をしながら聞いてくる。
「どうもこうも、言葉通りの意味だよッ………です。
わ、私の事を好きになってくれたのは、し、正直に嬉しいです。
でも、私なんかと一緒にいてもつまらないだろうし、どうか諦めて…下さい。」
歯切れ悪く、目も合わせられずに私はそう告げる。
そのまま立ち去ろうとしたら、ふと、何か温かいものに体を包まれたような感覚を覚えた。
包まれたっていうか、抱きつかれた!?山岸に!
「うぇッ!?」
「…良かったら、話せる範囲でいいから、教えて欲しいな、尾藤さんの事。
アタシだって、初恋なんだもん。簡単には引き下がれないよ。」
ぐぬぅ、なんという強引な女。
しかし何だろう、バブみがあるというか、温かくてあまり悪い気はしない。
…でもこうなったら仕方ない、彼女には完全に私を諦めて貰う為に、あの〝奥の手〟を使うしかない、か。
家族しか知らない、私の〝秘密〟を。
「そこまで言うんだったら、ちょっと待ってて。」
「??」
私は山岸の抱擁を解き、周辺をキョロキョロと見渡す。
あった、草むらの中に手頃な感じのガラス片を発見し、手に取る。
何のガラス片かはよく分からないけど、こういうのって何故かよく落ちてるよね。
「尾藤さん、何してるの?」
「いいから見てて。」
私はガラス片の切れ味鋭そうな先端を下向きにし、唾を一飲み、思い切り自分の左腕へと突き刺した。
「あっ痛ぅ…ッ!」
「尾藤さんッ!?何やってるのッ!」
左腕は鮮血と激痛に染まり、痛いのには慣れている私も思わず顔を顰める。
山岸が血相を変えて近寄るも、すぐにその勢いは失速した。
「…あ、れ……?」
山岸が私の左腕を覗き込んだ頃には、既に真っ赤な血は霧のように霧散して消滅し、深かった傷口も何事も無かったかのように塞がっていた。
私が感じていた激痛も、嘘のように引いている。
「…え?今の何?マジック?」
「そんな特技、私には無いよ。このガラスも勿論本物。
……私さ、死ねないんだよ。」
「……え?」
あぁ、遂に話してしまった。
家族には流石に隠し通せないと思って以前打ち明けたけど、それ以外の人間には初めて話す、私の〝秘密〟。
これさえ話せば、いくら山岸といえど諦めるだろう。
「ほら、漫画とかアニメとかでよくある、不老不死ってやつ。
小5の時にこうなって以来、成長もストップしたし、いくら怪我しても一瞬で治っちゃうんだよね。」
「……不老…不死?」
ほうら、やっぱりショック受けてる。
さっき私に振られた時以上のショックだろ、これは。
山岸、ごめんね。
私みたいな人外よりも、もっとお前にお似合いな相手を探して……
「本当に不老不死なのッ!?」
山岸が急に、顔をゼロ距離に近づけて食い入るように聞いてきた。
「…あ、はい、本当です。」
「本当の本当の本当に本当ッ!?」
「本当の本当の本当に本当、です、はい。」
何だコイツ、まさか私の秘密をネタに揺する気か?
「やあったあああァァァァッッ!!
うおおおォォォォォッッしイイィィッッ!!
最高だァ、今日はやっぱり人生最高の日だッッしゃああアアアァァァァッッ!!
イエスッイエスッイエェェェェェッッス!!」
何度もガッツポーズをしながら、キャラ崩壊も厭わずに奇声を上げて狂喜乱舞している山岸。
えッ?えッ?
何これ、なんか変なスイッチ押しちゃった?私。
怖い怖い怖いってェ…!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの嫌いな食べ物は?
「落花生。小さい頃に食べたら歯が欠けて、それからトラウマになってるんだよ。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!