のんびり。
そう、のんびりゆったりと、何も考えず、聞こえるのは僅かな波の音と、たまに聞こえるカイちゃん達の話し声。
1人浮き輪に乗って波間に揺蕩う今の私は、今や大自然と一体化しているとも言える。
それだけリラックスし、脳が蕩けたような気分になっているのだ。
「あぁ、いい。こういうの、めっちゃ気持ちいいわぁ。」
全身の筋肉を弛緩させ、自身の全てを沖縄の海の大いなる意思的なものに委ねる。
だからだろうか……
「ギャァァァァッ!!
誰かァァァァ!!」
潮に流されに流され、不変力の範囲外の外海へと流されそうになっている。
境界線の外は、長い年月の経過で環境が変化した影響で、結構な勢いで波が荒れている。
薄らと見える海岸に向けて、私は必死に両手をオール代わりにパチャパチャと海面を漕いでいるも、当然ながら焼石に水な状態。
必死の抵抗も虚しく、私と浮き輪は徐々に外海へと押し出されている!
これはマジでヤバい!
もしこのまま遭難したら、死にはしないけど、どこに流されるか分かったもんじゃない!
この潮の流れって、確か離岸流とかって言うんだっけ?
一度ハマると、どんどん沖へと流されていって、人の力じゃどうにも戻れなくなっちゃうってやつ。
死亡者も多いって、どっかで聞いたことあるぞ!
「くっそー!こんな所で遭難したら、シャレにならないぞ!」
全力で手漕ぎするも、その決死の努力を嘲笑うかのように、大自然が猛威を振るう。
「こ、こうなったら奥の手ェ!」
外海に投げ出される直前、私は不変力を発動する。
〝浮き輪の位置を不変にする〟
そう設定して不変力を使ったところ、ちゃんと浮き輪の位置が固定されて、境界線ギリギリの位置で止める事が出来た。
これなら、これ以上流される事はない。
「けど、戻る事も出来ないってか。」
不変力の、数少ないデメリットだな。
さて、どうしたもんかと浮き輪に乗りながら周囲を見渡す。
内海の綺麗な沖縄の海に対して、不変になっていない外海の荒れ狂う海。
海岸は遥か向こうに微かに見えるだけで、いくら大声を出しても到底届きはしない距離だ。
このままじゃ、立ち往生ならぬ浮き往生だな。
この浮き輪だけが、唯一の命綱になる。
「取り敢えず、救助が来るまで待つとするか。」
浮き輪に乗ってさえいれば、一応は安全な筈だ。
いずれ私がいないのに気付いたカイちゃん達が、ボートでも使って捜索に来てくれるかもしれないと期待しつつ、持久戦覚悟で固定された浮き輪の上で寝転がりつつ、無心になってボーッと青空を見上げていた。
その時だった。
「白狐ちゃぁぁぁぁんッ!!」
「うわッ!?」
海岸の方から、ズババババと水上バイクの如く海面を掻き分け、激し過ぎるクロール泳法でこちらに迫って来るカイちゃんが見えた。
遠目からでも見える彼女の表情と叫び声は鬼気迫るものがあり、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「白狐ちゃん!白狐ちゃんッ!白狐ちゃァァァァん!!」
「いや怖ッ!」
離岸流のパワーをむしろ利用して、人間離れしたスピードで接近してくる。
救助しに来てくれただろうに、つい逃げ出したくなってしまうのは不思議な話だ。
猛スピードの暴走バラクーダめいた気迫のカイちゃんは、あっという間に私の元へと辿り着いた。
「…ゼェ…ハァ……白狐ちゃん…大丈夫?」
「……あ、はい、大丈夫でふ。」
「よ、良かったぁぁぁ!!」
「…あ〜……カイちゃんさん。
助けに来て頂いたのは大変ありがたいのでございますが、こっから一体どうするんスか?」
うん?と海面から出した首を傾げるカイちゃんに対して、私は沖縄の海原を指差す。
視認はしにくいけど、ここからじゃ離岸流でとても戻るのは不可能だ。
ってか、無駄に犠牲者が増えただけじゃないか?
ミイラ取りがミイラになるとはこういう事か。
「このくらいなら平気だよ、白狐ちゃん。
アタシを信じて。」
「は?信じて…って?」
「しっかり掴まっててねー!」
「いや、掴まっててってオイ……ひぃッ!?
うぎゃあぁぁぁぁッッ!!?」
まるで海中に人を引き摺り込む船幽霊を彷彿とさせるように、カイちゃんは私の足首を引っ掴み、海の中へと引き摺り込んだ。
それと同時に私を抱き寄せ、尋常じゃないスピードで泳ぎ出す。
両手は塞がってるから自由に動かせるのはバタ足だけなのに、何という推進力だろうか!
離岸流の逆流なんて何のその、再び人間水上バイクと化したカイちゃんは、私を連れているというハンデなんざお構い無しに突き進んで行った!
私はもう叫ぶ気も起きず、ひたすら成り行きに任せる事にした。
心を無にして、目を瞑る。
やがて……
「……ふぅ……助かった、か。」
そう呟き、砂浜に尻餅をつく。
取り敢えずは助かったみたいでホッとする。
それと同時に、カイちゃんの身体能力の異常さを改めて実感した。
こいつぁ戦慄もんだぁ。
「カイちゃんヤバいな。
まさかあそこまで人間辞めてるとは。
普通、離岸流に逆らって泳ぐなんて並大抵の人類には不可能だぞ。」
「やだなぁ白狐ちゃん。
離岸流は海岸から沖に向かって垂直に流れてるから、逆に海岸と並行な方向に泳げば脱出出来るんだよ。
だからさっきは、そうなるように上手く泳いだんだ。」
「そうだったのか……だとしても凄いパワーだ!」
「それはほら、愛の成せる芸当でありますよー!」
「そうですかい。」
ヘラヘラと笑いながらそう答えるカイちゃん。
「ま、兎に角助けてくれてありがとう。
もう少しで、だだっ広い太平洋に投げ出されるところだったよ。」
「そうなったら、何年掛かってでも見つかるまで探しに行くよ!」
「うん、そう言うと思った。」
何とも頼もしい女だ。
「おーい!2人とも無事かーい?」
カイちゃんと2人で休んでいたら、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ると、心配そうな表情のツジとレンちゃんがこちらに駆け寄って来ていた。
「あーうん、心配掛けちゃってごめん。」
今回は離岸流の事をちゃんと調べずに、不注意で流されてしまった私が悪かったからな。
心配掛けてしまった3人には、きちんと謝っておいた。
◆◆
私の遭難騒ぎが解決してから約1時間後、私達は海岸沿いに屋根だけの簡易的なテントを設営し、その下でかき氷を食べていた。
ブルーハワイ、イチゴ、レモン、メロンなど、数種類のシロップを用意した、この私特製のかき氷だ。
「んー、美味しい!」
「そうだね、海と夏の風物詩として、私も食べるのを楽しみにしていたよ。」
「イチゴシロップ美味いぞ!」
カイちゃん、ツジ、レンちゃんは、揃って絶賛してくれる。
これだけでも、作った甲斐があるな。
「フッフッフ、普通のかき氷屋だと、シロップなんて色を変えてあるだけで中身は全部一緒だけど、私のは違うぞ。
ちゃんと本物の果汁を加えてあるからな。」
「ほえ〜、じゃあブルーハワイは?」
「え!?」
カイちゃんが、サラッと禁断の質問を投げかけてきた。
「ブルーハワイはほら、あれだよ。
ハワイの南国エキスをあーだこーだ抽出して、なんやかんやして作ったんだよ!」
「随分とアバウトだね。」
ツジが眉を顰めながらそう言う。
「要は企業秘密ってやつ!」
「ブルーハワイとは一体……」
ブルーハワイの謎は置いといて、私も席に着いてかき氷を口にする。
うーん、ひんやりしてて美味しい!
この暑い時期には最高だな!
「そう言えば本で得た知識なんだけど、尾藤ちゃん達が産まれた当時の日本では、雲のようにフワッフワのかき氷もあったらしいね。」
ツジが、見果てぬかき氷に想いを馳せるようにそう言った。
「よーし、食べたいなら作ってみせよう!そうしよう!」
「イエーイ!
あと、果汁100%のジュースを凍らせた氷で作ったかき氷も食べたーい!」
「おお!名案!天才!」
カイちゃんとレンちゃんも便乗する。
簡単なようで実は奥深いかき氷道。
ええ、極めて見せましょうその道を!
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな焼き肉の部位は?
「鶏皮かなー。パリッとした食感がクセになるよね!」
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