「……………。」
言葉を失うとは、まさにこの事か。
ツジとレンちゃんの隠れ家、エレベーターの行き着く先。
扉が開いた後、眼前に広がる光景に、私とカイちゃんは心底驚き、口をポカンと開けて阿呆みたいに立ち竦んでいた。
「どうだい、驚いたろう?」
「……………うん。」
辛うじて絞り出した平仮名2文字の返事。
私達の目に映るその光景は、見渡す限り一面の本、本、本ッ!
ここは本の海かと見まごうばかりの、数え切れない量の本棚が、円筒状の超巨大空間に立ち並んでいる。
私達がいるのは円筒の最底辺で、頭上を見上げるも天井が見えないほどに深い。あまりに深過ぎる。
側面にはスロープ状のエスカレーター付き通路が螺旋階段のように連なっていて、遥か上へ上へと繋がっている。
その螺旋階段の道中にも無数の本棚が並んでいて、更にそこから別の通路にも枝分かれしている。
多分だけど、昔理科の授業で習った植物の根っこみたいな構造になってるんじゃないかな。
ほら、主根と側根ってやつ。
「…ここは、一体?」
「〝国際文化保全シェルター〟と、かつては呼ばれていたらしい。
今ではただの私とレンちゃんの家だがね。」
「国際文化保全シェルター?」
私は頭に疑問符を浮かべ、何か知ってるかもしれないと思いカイちゃんの顔を見る。
けど、カイちゃんも初耳なのか、私同様戸惑っているみたいだ。
「そうだね、要するに馬鹿デカい図書館だと思ってくれれば良い。
かつての人類が有事の際に、書籍という名の知識と娯楽の塊を未来に残す為、このシェルターを作ったのだよ。」
なるほど、確かに本を未来に残すのは重要な事だと思う。
にしても、この量は尋常ではない。
一体いつ頃から、どれ程の範囲で蔵書されているというのか。
「フフ、気になってそうだから一応教えておくと、ここに蔵書してある本は、約2000年以上昔の西暦1900年代から、文明が崩壊するまでの3700年代頃までに、この日本国で出版された全ての書籍が蔵書されている。
他にも、歴史的価値のある古文書や、ある程度有名な海外の書籍も数多く置いてあるよ。」
「マジかぁ……凄いな、まさに宝物庫だ。」
「宝物庫か、良い例えだね。
しかし、私とレンちゃんにとってここは、それ以上の意味を持つ特別な場所なんだ。」
「…確かに、とても大切な場所。」
「我々はここでまず文字を学び、言葉を覚え、過去の歴史を知った。
ここにある無数の本達は、どれも非常に魅力的で、私達を書痴にするには充分だった。」
そうか、ツジの個性的な喋り方とか、知性的な性格ってのは、この場所で育ったからこそ形成されたものなのか。
だとしたら、レンちゃんは随分と………何というか、野生的に育ったんだなぁ。
「…今、失礼な事考えてたろ?」
レンちゃんをチラ見したら、私の思考を読まれていた。
なんて野生的な鋭さなんだ!
「い、いやいや!そんな訳ないでしょ!」
「尾藤ちゃん、これも一応言っておくけど、レンちゃんはこう見えて私と同じくらい本好きだし、かなり賢いんだよ。」
「うそッ!?」
「2人とも失礼!」
レンちゃんが拗ねてしまったので、私とツジは揃って謝った。
◆◆
私達は、ツジとレンちゃんに案内されて秘密の図書館を見て回った。
とは言っても、あまりにも広過ぎて全体の10分の1も見れてないけど。
「そもそもの話なんだけどさ、どうして2人はこのシェルターに入れるの?」
図書館内、休憩所の椅子に座りながらカイちゃんが聞いた。
その質問は、私も地味に気になっていた事だ。
洞窟に隠された入り口を開ける際、何か色々と認証をして入っていた。
何故、この2人は普通に入る事が出来るのか。
「あぁ、その質問はもっともだね。
答えについては、私の家系について語る必要がある。」
「家系?」
なんでだ?
「我が京終の一族は、ご先祖様がこのシェルター計画の発案者であり、最高責任者だった。
故に、血を受け継ぎし子孫が代々、この図書館を保守管理する司書の役割を担っているんだ。」
「司書……そっか。」
随分と立派なご先祖様だったんだな。
「先程、私が住んでいた村が滅ぼされたと言っただろう?
その村こそ、このシェルターの秘密を連綿と守護してきた京終一族の村だったのだ。」
「ワタシは、孤児だったのを拾われた身だけどな。」
そうか、だからレンちゃんは苗字が違うのか。
「昔は、他にも集落が幾つかあったんだ。
でも、ことごとく野盗どもに滅ぼされてしまってね。
レンちゃんは、私の村と親交があった村の生き残りでね。
産まれたばかりの赤ん坊だったのを、引き取って育ててたんだ。」
何でもないかのように話しているけど、2人とも相当苦労したんだろうな。
自分達の住んでる場所が滅ぼされるだなんて、今まで考えもしなかった。
そうだよな、今のこの全てが崩壊した時代じゃ、そういう惨劇なんてのは珍しくもないんだろうな。
「今は亡き父母から司書の資格を受け継いだ私は、村が滅ぼされた後、レンちゃんと共にこのシェルターへと駆け込んだ。
数年後、物心つくまで育ったレンちゃんに司書権限で資格を分け与え、今の今まで共同生活を続けてきた、という話さ。」
2人の過去話を聞いて、私は色々考えさせられた。
考えてたら、隣で変な声が聞こえた。
なんか、咽び泣いてるみたいな…
「…うぅ……うっ…2人とも、苦労してきたんだねぇ。
アタシで良ければ力になるから、困った事があったら何でも言ってね。」
カイちゃんが、顔面涙と鼻水だらけになって号泣していた。
静かにしてるなぁと思ってたら、ツジの話に聞き入ってたのか。
「……そっか、ありがと。」
自分達の過去を真剣に聞いてくれて、尚且つ涙を流したカイちゃんに対して、レンちゃんは初めて柔和な顔つきになり、感謝の意を述べた。
レンちゃん、表情が柔らかくなってようやく気付いたけど、この子かなり可愛いなぁ。
体型も私に近いものがあるし、カイちゃんが浮気しないか心配だ。
いや、カイちゃんなら大丈夫だろう、多分。
「フフ、我々の過去に涙を流してくれるだなんて、有り難いものだね。
私からも、礼を言っておくよ。
ただ、なんだかんだで私もレンちゃんも、今の生活を気に入っているんだ。
この群馬大山林には食糧は豊富にあるし、シェルターでは何の不自由も無く生活が送れる。
この時代において、こんな恵まれた環境に身を置けるだなんて、我々は本当に幸運なのだ。
集落での生活も楽しかったが、今ではそれ以上の充足感を感じている。
たった2人しかいないというのに、不思議な話だね。」
言って、ツジはレンちゃんにウィンクをした。
途端に、レンちゃんは頬を紅潮させて顔を逸らす。
うんうん、分かりやすくて微笑ましい光景ですなぁ。
「……充実はしているんだが、時折思う事があるんだ。」
ふと、ツジは物憂げな表情を見せながら続ける。
「本を読むたびに、その舞台となっている世界。
具体的に言えば、かつて栄華を誇っていたであろう、文明社会を保っていた頃のこの世界。
その時の姿を、一度で良いからこの目で実際に見てみたい、とね。」
「……そっか。」
私達も、時々似たような事を思う。
昔は人混みなんて嫌いだったけど、こうも人がいない世界になってしまうと、逆にあの都会の喧騒が恋しくなったりならなかったり。
でもここで、私は一つのアイディアを思い浮かべた。
「じゃあさ、2人に面白い提案があるんだけど?」
「うん?」
私の台詞に、ツジとレンちゃんは不思議そうに聞き返してきた。
「私達の住んでる町に、遊びに来ない?」
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きなハンバーガーは?
「照り焼きバーガーを口の周り汚しながら食うの最高!」
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