「白狐ちゃん、本当にいいのッ!?」
カイちゃんからの上京の申し出を了承したものの、当のカイちゃんは私が即答した事に対して驚いているようだ。
「だからそう言ってるでしょ。
私はこれからカイちゃんに養って貰う立場なんだから、多少は言う事聞かなきゃだし。」
そして、カイちゃんに向き直り、その鼻先を人差し指で押しながら悪戯っぽく言う。
「それに、カイちゃんと一緒なら、どこでだって退屈しなさそうだしね。」
私の言葉にときめいたのか、カイちゃんは何とも言えない感じで嬉しそうにしている。
フッフッフ、私の魅力に脳殺されたようだな。
「うん、ありがとう。アタシも白狐ちゃんと一緒なら、どこへだって行けるよ。」
「そうだろうそうだろう。」
なんだか良い気分だ。満足満足。
◆◆
「ん?そういやもうすぐカイちゃんの誕生日じゃん。」
とある日、テレビ画面の隅に表示された日付を見て、思い出した。
今日は休日だけど、カイちゃんは一日中モデルのお仕事が入っているので、私は1人自室でゲーム三昧だ。
カイちゃんの誕生日を知ったのはほんの数ヶ月前。
折角だから、なんかプレゼントしてやるかと思い立ったのは、至って自然な事だ。
「よし、この私が直々に、サプライズをしてやるとしよう!」
プレイ中のゲームをセーブ中断して、財布を手に立ち上げる。
服を着て、外へ買い物に行く支度を始める。
「フッフッフッフ、楽しみにしてろよカイちゃん!
この私の驚くべきサプライズ力によって、お前の魂を昇天させてくれるわ!」
自分一人しかいない部屋の中に、私の決意の声が響き渡った。
◆◆
決意は、充分だった。
…そう、決意だけは。
「ううぅ〜。」
唸る。
近所のデャスコ内の通路脇の木製ベンチに座りながら、一人唸る。
一体、何を買えばいいんだ?
何をプレゼントすれば、カイちゃんに喜んで貰えるんだ?
なけなしのお小遣いが入った財布をポケットに詰め、一人悩む事、既に1時間以上経過。
友人へのサプライズプレゼントなんて生まれて初めてのイベントだからか、いざ何をチョイスするかとなると、どうにも決めかねてしまい、ぐだぐだと迷宮入りしてしまう。
「カイちゃんの好きな物、カイちゃんの好きな物、好きそうな物…」
そうブツブツと呟きながら、私は記憶を掘り起こす。
なにか、カイちゃんの好きそうな物を思い出せれば良いんだけど。
『うまうま♪』
「ハッ!?」
突如として、思考の海の中に記憶の断片が現れた。
これは、去年の沖縄への修学旅行で、カイちゃんがサーターアンダギーをバカ食いしていた時の記憶に相違ない!
『うまうま♪』
『うまうま♪』
『うまう〜ま♪』
その後も、カイちゃんの大食いの記憶が次々と飛び出してくる。
そうだ、カイちゃんといえば食欲!
不変力によってその怪物性が露わになった、あの無限の食欲だ!
「よし、そうと決まればメシだメシ!」
それも、ただのメシではないぞ!
この私が初めて作る、史上最高の手料理だッ!
◆◆
「ムム…、ちょい買い過ぎたか?」
カイちゃんの誕生日当日の昼過ぎ、私は先日デャスコで買って来た食材を前に、自宅キッチンで立ち尽くしていた。
今日は家族が出払っていて、私一人での挑戦になる。
人生初の料理を一人でこなさなきゃならないのはメッチャ不安だけど、まあ、スマホで調べながら手順通りに作れば問題ないだろう。
問題は、買った食材の量だ。
買い物の日に、親に「カイちゃんの誕生日にカレー作るから、デャスコに買い出し行ってくる。」と言ったところ、何故か感動して泣き出した両親から沢山のお小遣いを貰った為、ついつい食材を買い過ぎてしまったのだ。
いくらカイちゃんが大食いとはいえ、20人分の食材は明らかに調子乗ってたわ。
「でも、やるしかないかぁ。」
幸い、ウチには20人分作れそうな大鍋が都合良くあったので、それを倉庫から引っ張り出して来た。
「よっしゃ、作るぞ!覚悟しとけカイちゃんの胃袋!」
今日の夕方に、カイちゃんがウチに遊びに来る予定だ。
勿論カレーの事については何も言ってないので、カイちゃんは普段通りの筈。
ムフフのフ、奴が驚いて腰を抜かす様が、容易に想像出来るわ。
それにしても、自分でも驚くほどの行動力だ。
カイちゃんともそれなりに長い付き合いだし、少なからず影響されてるのかもな。
「まずは玉ねぎを微塵切りに!って指切ったぁ!」
ほんの一切り目なのに、速攻で指を切った。
「いったァァッ!!」
痛烈な痛みを左手の人差し指に感じ、真っ赤な血液が滴るも、それも一瞬の出来事。
不変力によってすぐに傷は塞がり、流れ出た血も跡形も無く消え失せる。
「…ふぅ、フフッ、これくらいは想定内よ。ちょっとびびったけど。
不変力さえあれば、失敗なんていくらでも出来るからな。」
食材を切るなんて、カレー作りの行程の中でも序盤中の序盤!
こんなところで躓いていたら、完成なんて夢のまた夢!
「うおおォォォ!!やったるわああァァァァッッ!!」
叫び声と共に、柄にも合わず気合を注入する!
私の真の力、とくと見るがいいッ!
「ハァ…ハァ…、随分と…ハァ…手こずらせて、くれるじゃないか。」
玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、牛肉、大量の食材を全て切り終えた頃には、既に2時間が経過していた。
予想以上に手こずってしまったけれど、お陰で包丁スキルが結構上がった気がする。
何度怪我したかは分からない。傷口全部塞がっちゃってるし。
でも、後半辺りから怪我する回数は徐々に減って、終盤ではほぼ無傷の状態を維持出来ていた。
切った食材はどれも不恰好なものばかりだけど、腹に入っちゃえば結局は同じだろう。
「さてと、次はこの食材を炒めて、その次は煮込む。
んでもって良い塩梅になったら、ルーを投入、と。」
そこからは、火傷したり熱湯に手を突っ込んでしまったりと危うい場面はあったものの、なんとかこなす事が出来た。
我ながら、料理の才能があるんじゃなかろうか。うん、きっとあるぞ!
初めてでここまで順調に出来るなんて、自分でも驚きだ。
さて、充分に煮込んだところで、ルーを大鍋に沢山投入する。
う〜ん、美味しそうなカレーの濃厚な香りが、キッチン中に漂ってきた。
不変力の影響で空腹にならない体なのに、これは食欲をガッツリと刺激してくる!
「味見味見〜♪」
美味しそうなカレー色に変化した大鍋の中身を、スプーンで掬って一口だけ食べる。
「おお!こいつぁ最高だ!」
美味い!美味いぞこれは!
これならカイちゃんも喜んでくれるだろう!
気付けば、カイちゃんがやって来る時間まであと僅か。
作るのに手こずったけど、結果的には丁度良い時間に出来上がったな!
◆◆
「お邪魔しまーす!白狐ちゃん、遊びに来たよー!」
予定通り、白狐ちゃんがウチの玄関に上がって来た。
リビングの扉の影に隠れていた私が、クラッカーを手に飛び出す。
「へッ?」
パァンと小気味良い炸裂音と共に、クラッカーの中身のテープがカイちゃんの頭に降り掛かる。
「えっ?えぇっ?」
状況が呑み込めていないカイちゃんが、目を白黒させて慌てふためいている。
うんうん、期待通りの良い顔してやがる。
「…えっと、白狐ちゃん?どういう事?」
「カイちゃん、誕生日おめでとう!」
笑顔でそう迎えてやったら、カイちゃんはしばしの間立ち尽くした後、一気に笑顔になった。
「白狐ちゃん、覚えててくれたんだね!ありがとうッ!」
「まあね、色々準備してあるから、楽しんでいくと良い。」
「うんッ!うんッ!」
嬉しそうにしてくれて何より。
さて、後は私からのプレゼントを気に入ってくれるかどうか、だな。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きな天体は?
「クェーサー!あの輝きよ!」
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