「ん〜…」
「白狐ちゃん白狐ちゃん。」
「ん〜?」
「…もしかして、あんまり楽しめてない?」
「いや、そんな事ないけど。」
「本当?」
「私が今更、カイちゃんに嘘なんて付かないだろ。」
「まあ、それもそうだね。」
上の台詞からも分かる通り、現在私とカイちゃんは、地元の港で釣りをしている最中だ。
え?分かりにくいって?
まあまあ、その辺は気にしないでおくれ。
あれから無事に引っ越し作業を終えて、私達は東京から地元に戻ってそれぞれの実家に帰った数日後、取り敢えず〝地元に戻ってからまずやりたい事〟を、私の部屋で話し合った。
最初は私の提案したゲーム大会が有力だったけど、その後カイちゃんが提案した釣りに軍配が上がった。
カイちゃんから想像もしてなかった〝釣り〟というワードが出て来た衝撃と、カイちゃんが実は隠れ釣り好きだったというダブルショックがポイント倍点で決め手となったのだ。
なお、それらを判定したのは、私の弟のショウこと尾藤狸貴だ。
ったくアイツめ、カイちゃんが可愛いからって鼻の下伸ばしてやがって。
ま、そんなこんなで私達2人は地元の港で、のんびりとアウトドア用の折り畳み椅子に座りながら、母なる汚い地元の海に釣り糸を垂らしている訳でごぜえます、はい。
「にしても、カイちゃんが釣り好きだなんて全然知らなかったわ。」
「釣り好きって程でもないけどねー。
たまーに嗜む程度だから、アタシなんてまだまだ俄かレベルだよ。」
「それでも、色々知ってたじゃん。
餌と仕掛けの付け方とか、キャスティングの仕方とかさ。
私は釣りなんて、小学校低学年の時にお父さんに連れてって貰って以来だから、全然だもん。」
家のすぐ目の前が海だというのに、意外とやらないものなのだ。
「でも、そう言う白狐ちゃんだって、基本的な知識とか道具の使い方は心得てるよね?」
「そりゃあ、前に釣りのゲームやった事あるからなぁ。
あと、コラアドにもゲーム内のミニゲームで釣りがあるし。」
「あぁ、そう言えばそうだねー。
意外と本格的だったから、アタシもビックリした記憶があるよー。」
「だろだろ?
ちなみに魚の種類も、大体はゲームで学びました。」
「アハハ、白狐ちゃんらしいね。」
こんな感じで、のんびりと会話しながら釣りをしていた。
その時だった!
「お?おおッ!?か、掛かった!?」
私の釣り竿に反応有り!
竿の先端がしなり、私の手にもしっかりとした手応えが伝わってくる。
「白狐ちゃん、まずは落ち着いて。
ウキの沈み具合と感触をしっかり見極めて、完全に針に食い付いたタイミングで竿を引こう。」
「あ、はい。」
カイちゃんに言われた通り、焦らず冷静にベストなタイミングを見計らう。
功を焦らず…
慎重に……
「ここだぁッ!」
確かな食い付き。
それを肌で感じ取った私は、勢い良く竿を引く。
「やった!そのまま一気にいけるよ白狐ちゃん!」
「ふおおおぉぉぉーッ!!」
私がゲーム以外の事でこんなに全力を出すなんて、我ながら珍しい。
うん、今日を記念日にしよう。
「うわっしゃあァァァァッ!!」
およそ見た目小学生の女子が放っているとは思えない、気合いの入りまくった掛け声と共に、私のフィニッシュムーブが炸裂!
海面から大きな水飛沫を上げて、大きな魚が天高く舞い上がったのであった。
◆◆
「ふい〜、大漁大漁!」
私が最初に釣り上げたのは、そこそこ大物のメバルだった。
それを皮切りに連続で魚が掛かり、最終的な釣果としてはメバルがもう1尾釣れて計2尾。
それに加えてハゼが3尾釣れた。
ド初心者にしては、なかなかの釣果なんじゃないかな?
さて、カイちゃんはというと…
「………。」
海水しか入っていないバケツを片手に、無言無表情で佇むカイちゃん。
この様子から見て分かるように、カイちゃんの釣果はゼロだった。
経験者なのに、ゼロだった。
「………。」
「…ま、まあまあカイちゃん、こういう事もあるって。
私なんてただのビギナーズラックだから、次回はこうはいかないって。」
「…白狐ちゃんにカッコいいところ見せたかったのに。」
「えぇ…
それなら、私に色々教えてくれたので充分カッコ良かったって。」
カイちゃんは一見無表情に見えるけど、よく見たら歯を食いしばってプルプルと体を震わせながら、涙を堪えてるようにも見える。
そんなにショックだったのか!?
まあ、そりゃカイちゃんはいつも勝負事だと私に勝ちまくってるから、プライド的なのがあっても不思議じゃないけどさ。
そんな調子のカイちゃんを必死にフォローする私も何気に大変だ。
こんなカイちゃん珍しいし、滅多に見れないぞ。
「…白狐ちゃん、ホント?」
涙目で聞いてくるカイちゃん。
「ホントホント!めっちゃカッコ良かったって!憧れる!」
いつもならもうちょい辛辣めに返すところだけど、こんなに弱々しい感じで来られたら、流石に良心の呵責を感じざるを得ない。
なので、今回に限り最大限甘くしてあげた。
「……そっか。
それってつまり、白狐ちゃんがアタシとの秘密のマンツーマン個人レッスンを受けたいって事だよねッ!?
いいよいいよ〜、白狐ちゃんが満足するまでお姉さんが手取り足取りネットリと教えてあげ…」
「元に戻るの早くて大変結構ッ!」
一瞬でいつものモードに戻ったカイちゃんの横っ面に、思いっきり弟直伝必殺エルボーをぶち込んだ。
◆◆
「たっだいまー!」
2人揃って我が尾藤家に帰還した私とカイちゃんは、釣った魚をカイちゃんに調理して貰う為、キッチンへと向かった。
あ、自慢じゃないけど私の家は結構金持ちだから、無駄に家が広かったりする。
「ん?」
途中、食堂に続く扉の向こうから、ワイワイと賑やかな感じの話し声が聞こえた。
話し声は複数人、いずれも厳つそうな成人男性と思われる。
嫌な予感を感じつつも、コッソリと扉を少しだけ開き中の様子を覗き見た。
「うっわ…」
私がゲンナリしてしまうのも無理はないだろう。
だって、折角カイちゃんと一緒に魚食おうと思ってた場所で、筋骨隆々な大男達が先に食事会をしているのだから。
こいつら全員、現役プロレスラーであるウチの弟の後輩レスラー達だ。
どうやら弟をリーダーに据えた飲み&食事グループが形成されているらしく、こうして時々集まってはワイワイやっているらしい。
中堅のお笑い芸人かよ!
しかも、今日という日に限ってわざわざ自宅で開催しやがって!
嫌がらせかこのヤロー!
とっとと偉大なるお姉様にこの場を譲れぃッ!
といった事を、弟単体ならともかく、屈強な男達が蔓延る魔窟で口に出す訳にもいかず、哀しくも泣き寝入りするしかない不幸な私は、すごすごと立ち去ろうとした。
「あれ、あの子ショウさんのお子さんっスか?」
立ち去ろうとしたタイミングで、後輩レスラーの一人に覗き見してたのがバレた。
最悪だ、絡まれてしまう。
しどろもどろしているうちに、後輩レスラー達が扉を開けて、私の姿が露わにされてしまった。
「おー、可愛らしいお嬢さんっスね!
あれ?でもショウさんって独身じゃないっスか?」
「じゃあ、親戚のお子さんとか?」
レスラー達が推理しているのを見兼ねて、弟のショウが口を挟んだ。
「それ、オレの姉貴。」
「姉貴ィっ!?」
レスラー達が一斉に騒ついた。
ま、そりゃそうだ。
40代のオッサンが見た目小学生くらいの幼女を姉貴と呼んだら、誰だって驚く。
「…えっと、それって盃を分かち合った義姉弟的な意味っスよね?」
「いや、血の繋がった実の姉。」
「…ま、マジっスか?」
レスラー達の視線が、一斉に私に注がれる。
穴があったら入らせてくれ、頼む。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな漢字は?
「〝遊〟!一生自由に遊んで暮らしてたいわぁ〜。」
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