「フッフッフッフ。」
カイちゃんの生放送の件から既に2年の月日が経過して、時の人となっていたカイちゃんの仕事量も落ち着き、元よりも若干忙しい程度の日常になってきた今日この頃。
私、尾藤白狐は、ゲーム以外の新たな趣味をとうとう見つけてしまった。
「フッフッフ、今日はカイちゃんが帰って来るまでに、コイツを仕上げてしまうか。」
きっと喜ぶぞぉ、と想像を膨らませながら、私は調理器具と食材を準備する。
そう、私が見つけた趣味というのは、料理である!
初めは学生の頃に、カイちゃんの誕生日に作ったカレー。
そしてその翌年にネットを見て作った中華料理。
ぶっちゃけ、プロの人から見たらだいぶお粗末な出来だったかもしれないけど、カイちゃん自体は非常に喜んで食べてくれた。
普段ゲームばっかりやってる私が、何かを作ったというのが初めてだし、それによって他の誰かが喜んでくれたというのが、私のモチベーションをぶち上げてしまったのだ。
それからというもの、私は週に一度くらいのペースで手料理を作るようになった。
その度にカイちゃんがオーバーリアクションで大喜びしてくれるので、私も気分が良くなり、料理を作るペースも週に一度から二度、三度と、段々と増えていった。
2年経った現在では、ほぼ毎日カイちゃんの為に料理を作っている。
「フッフフ、今日のメニューは海の幸たっぷりオリジナルシーフードカレーだ!
白身魚や海老をたっぷり入れるぞッ!」
今日のカイちゃんは、今度出演する番組の大阪へのロケ帰りでクタクタの筈だ。
そんなカイちゃんの疲れを、大いなる海の力、つまりはシーフードカレーで吹っ飛ばしてやろう!
「よーしよし、絶対に喜ぶぞぉ!」
ニヤニヤと一人で笑っている私は、傍目から見たら変質者にしか見えないだろう。
勿論、ここは自宅なのでご安心ください。
◆◆
「ただいま白狐ちゃん!っと、こいつぁカレーの香りッ!?」
帰って来るなり、玄関まで漂う芳ばしいカレースパイスの香りが、カイちゃんの鼻腔を刺激していた。
そのまま慌てて靴を脱いで、キッチンへと駆けてくる。
「おかえりカイちゃん。帰宅早々元気が良いねぇ、腕白少女め。」
「だって、白狐ちゃんの手料理だよ!?急がない理由が無いよ!」
「毎日食べてるじゃん。」
「それでももっと食べたい!白狐ちゃんの料理なら、1日1000食は食べたいッ!」
「無茶言うな、破産するわ!」
「そんな〜、アタシ結構稼いでるよ?」
「だとしても限度があるだろ、限度が。」
カイちゃんのジョークに付き合いつつ、ちょうど出来上がったシーフードカレーをお皿に盛り付けてテーブルに並べる。
「おおー!美味しそー!」
「うん、我ながらなかなかの出来栄え。」
私の料理の腕前自体も、この2年間に渡る独学のお陰か、それなりに上達した。
今回のシーフードカレーも、初めて作ったカレーと比べたら明らかに別物のレベル。
「それじゃ、いただきまーす!」
「ん、いただきます。」
カイちゃんが瞳を輝かせながら、カレーを掬ったスプーンをパクリと一口頬張る。
「んう〜、美味いッ!美味過ぎるッ!
何なんだこれは美味過ぎるぅぅぅッ!!うまうまー!」
「出たオーバーリアクション。」
「全然オーバーじゃないよ!これでも抑えてる方だよ!」
「フフ、そっかそっか。」
カイちゃんの笑顔を見てると、つい私の顔の筋肉も緩んでしまう。
やっぱり、この子の笑顔が一番のモチベーションになるなぁ。
「おぉ、海老がプリップリ!うまうま♪」
「ちなみにカイちゃん、私この後ゲームやるんだけど、一緒にやる?」
「もっちろん!やるやるー!」
カイちゃんが私からのゲームの誘いを断った事も、今まで一度もない。
本当にこの子の世界は、私を中心に回っているみたいだ。
◆◆
「お?新藤君からメッセージだ、珍しい。」
カイちゃんと部屋でゲームしてたら、学生時代の旧友である新藤君から、私のスマホにメッセージが届いてきた。
「あ、アタシの方にも来たよ。
どうやら業界大手のゲーム会社に就職が決まったみたいだね。凄い!」
「ってか、この会社ってトラエスじゃんッ!マジかッ!」
「えっと、トラエスって確か、この無礼ステーションとかを作ってる会社だよね?」
「そうだよ!すっご!まさか知り合いに、トラエスの社員が誕生してしまうなんて…!」
大手ゲーム会社、トライアングルエスニック。通称トラエス。
今まさにプレイしている次世代ゲーム機、無礼ステーション(ブレステ)シリーズを始めとした、様々な名作ゲームを世に送り出し、世界的にも沢山のファンが存在する超有名なゲーム会社だ。
まさか、新藤君がトラエスに内定が決まるとは。
ゲーム会社志望とは聞いていたけど、相当努力したんだと思う。
「それに比べて私は、親友に養われる無職ヒモ生活か。
フッフッフ、ハーッハッハッハッハァ!あれ?涙が出てきた。」
「大丈夫白狐ちゃん!?劣等感に苛まれないで!」
「うあー!ダメ人間である事こそが、私のアイデンティティなんだー!
私は間違ってない!間違ってないんだー!」
「白狐ちゃん一旦落ち着いて!
人それぞれ生き方は違うんだから、白狐ちゃんはそのままでいいんだよ!」
頭を抱えてゴロゴロ床を転がる私を、カイちゃんが苦笑いしながら宥めてくる。
「あ、そういえば野茂咲さんも、警視庁の採用試験に受かって、警察学校も卒業して、今は立派にお巡りさんやってるらしいよ。」
「ぐふっ!?傷口に塩を塗るなぁ!」
ダメ人間にとって一番毒なのは、同級生が社会に出て活躍している話を聞く事だ。
普段見て見ぬ振りをしていた現実を無理矢理直視させられて、周りの人達から石を投げられてるような気持ちになってしまう。
くそっ、私を惨めにするな!
私は意地でも働かないぞ!意地でもなッ!
◆◆
数日後、ある夏の日の昼下がり。
「うひぃ〜、最高だじぇ〜。」
私は、途轍もなくだらしない声をあげながら、途轍もなくだらしない格好で、途轍もなくだらしない一日を過ごしていた。
具体的には、冷房をガンガン効かせた自室で、パンツ一丁でかき氷を食べながら、寝そべってゲームをしている。
いやまあ、いつもの事か。
「あ゛〜、クソ暑い夏に冷房効かせた部屋でゲームすんの最高〜!」
別に暑さなんて不変力でどうにでも出来るのだけど、敢えてそうせずに涼しさを堪能している。
ちなみに今日は平日で、カイちゃんは今仕事中だ。
「よしよし、今日はこのゲームをあそこまで進めて……ん?」
ふと、部屋の隅に飾ってあった一枚の写真が目に付いた。
私とカイちゃん、そして野茂咲さんと新藤君の4人で、修学旅行の時に沖縄の水族館で撮った記念写真だ。
「…あ、あぁ…!」
カイちゃんは今、ラジオ番組の収録を頑張っているのだろうか。
野茂咲さんは新米警官として、汗水垂らしているのだろうか。
新藤君は、己が情熱をゲーム制作に注いでいるのだろうか。
そんな皆に比べて、私は何なんだ!
カイちゃんの稼いできたお金で惰眠を貪り、こうして平日の昼間からパンツ一丁でゲーム三昧とは。
『尾藤さん、そんなんで良いの?山岸さんにおんぶに抱っこで。』と、野茂咲さん。
『こんなダメ人間と友人だったなんて、僕の人生の汚点だよ。』と、新藤君。
何故か、二人の幻が部屋の中に幻出していた。
ま、私のただの妄想だけど。
「くっそー!やめろやめろやめろォォォォッ!!
私は誰がなんと言おうとも、無職を貫き通すぞォォォォォ!!」
私のしょうもない決意が部屋の中で轟き、隣の部屋の人から五月蝿いから静かにしろと苦情を入れられて、ひたすら謝った。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きなラーメンは?
「アタシはあっさり塩ラーメンかなー。」
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