「お邪魔するよ!」
「……お邪魔します。」
とある日の昼下がり、そう挨拶して私の家に訪れたのは、ツジとレンちゃんの2人だった。
「ああ、ようこそ、いらっしゃい。」
事前に連絡を貰っていた私とカイちゃんは、部屋で駄弁っていたのを中断して、玄関のある一階へと下りて友人達を出迎えた。
2人とも遠い群馬の地から、カイちゃんに貰った車を運転してここまで来たのだ。
ツジは特に車の運転というのを気に入ったらしく、保全シェルターの周囲に2人で手作りの道路を作ったりして、ドライブを楽しんでいたりする。
本日はそんな2人から『大事な話があるからそっちに行く。』とだけ連絡があったから待ってた訳だが、具体的にどういう話なのかは聞いてないので、ちょっとだけ緊張してたりする。
いつもなら遊びに行くと言うだけなので、このように畏まって大事な話をされるのは実際珍しい事だ。
「ま、取り敢えず上がってよ。
お茶とか出すからさ。」
◆◆
「ふふ、尾藤ちゃんの淹れたお茶はまた格別だねぇ。」
食堂のテーブル席に座りながら、ツジが優雅に褒めてくれた。
「いや、ただのティーパックのやつなんですけど。」
「それでも、美少女の淹れたお茶は無条件で美味しさのランクが上がるものさ。」
「ハハ、ありがと。
でも、恋人の目の前でそんな事言うのはどうかと思うぞ。」
キザっぽく言うツジの隣りで、レンちゃんがジトっと睨んでいる。
つまりはそういう事だ。
「ご、ごめんごめん。レンちゃんが一番の美少女だよ。
さっきのはほら、癖というか、発作みたいなものだよ。」
「……馬鹿。」
「ごめんって〜。」
格好悪く謝罪をするツジ。
話が脱線してきてるので、本題に戻さないとな。
「で、話ってのは何なの?
大事だとか言ってたけど。」
「うむ、その事なんだけどね……」
途端に真面目そうな雰囲気に変わるツジ。
私とカイちゃんも、ついつい身構えてしまう。
「単刀直入に言うとしよう。
〝沖縄〟という場所に行ってみたい!」
「……おき…なわ……?」
何を言い出すかと思ったら、随分と久し振りに聞いた地名だな。
「そう、沖縄。
何年か前に、尾藤ちゃんがポロッと口にしたのを思い出したんだ。
この町とシェルターだけでなく、沖縄という場所も昔、不変にしたと。」
「……あぁ、まあそうだな。
だけどあれは、まだ不変力の扱いに慣れてないペーペーだった頃に、事故で力が暴発しちゃっただけなんだよな。」
沖縄はその被害者である。
流石に離島にまでは影響は及んでないけど、本島はほぼ全域が不変になってしまった筈だ。
で、もう長い事様子を見に行く事なく放ったらかし状態になっている。
無責任に思えるかもしれないけど、どうせ他の人類は遠い過去に滅んでるんだし、咎める者もいないだろう。
「最近、保全シェルターの図書館で、沖縄を題材にした小説を読んでいてね。
宝石のように透き通った海に、雲のように濁り無き白波、多種多様で独自に発達した生態系、珊瑚礁……!
どれも私の興味を恐ろしい程引いてくれるんだ。
一度だけでも、実物を見てみたくてね。」
なんだ、ただの好奇心か。
真剣な雰囲気が一気に弛緩した。
「なるほどなるほど、どうするの白狐ちゃん?
久々に沖縄の様子、見に行ってみる?」
「うん、そうだな。
行くのは全然構わないけど、交通手段はどうしよっか。
カイちゃん所有のVTOL機にでも乗って、シュバっと行っちゃう?」
カイちゃんの持ってる便利なVTOL機は、勿論今も現役バリバリでございます。
「うーん、それでも悪くはないんだけど、もう少し風情を楽しみたいというか……どうせなら船で行ってみたいね。」
「そっか、確かにそれも一理ある!」
別に急ぐ必要も無いしな。
私らには時間なんて幾らでもあるんだからさ。
さて、沖縄か。
ずっと昔は何度か行ったりしたけど、文明が滅んだ辺りから何故かパッタリと行かなくなったな。
言われればどうなってるのか気になるし、調査しに行ってみるか。
◆◆
取り敢えず、私の部屋で会議する事になった。
「さて、まずは船か。
とは言っても、この辺にあるのは漁船ばっかりだから、それに乗ってく事になりそうだな。」
「漁船、か。4人で荷物載せて乗ったら、いささか窮屈なんじゃない?」
レンちゃんにそう突っ込まれた。
確かに、この町で大型の漁船なんて見た覚えが無いわな。
一般的にイメージする小型漁船で沖縄まで行くんじゃ、レンちゃんの言う通りちょっと窮屈かもしれないな。
「いやいや白狐ちゃん、この町には〝あれ〟があるじゃない。」
「んえ?」
自信有り気なカイちゃんの言葉に、私は疑問符を浮かべる。
「漁船じゃなくて客船!フェリーがあるじゃない!」
◆◆
カイちゃんの意見を受けて、私達は4人揃ってフェリー乗り場へとやって来た。
「そうだったな、すっかり忘れてた。
フェリーがあったな、そう言えば。」
自宅から乗り場まで結構距離があるし、全然乗る機会が無かったから、存在を忘れていた。
そりゃあ、漁船に乗るよりもフェリーの方が何十倍も快適だろうな。
「ただ、ここで一つ問題が発生する。
この中で、船を運転出来る人間はいるのか?」
一瞬、場が静寂に包まれる。
「アタシ出来るよー!」
静寂を切り裂いて挙手したのは、やはりカイちゃんだった。
コイツも大概万能だな。
「カイちゃん、船舶の運転免許とか持ってたっけ?」
「持ってるよ!」
「最後に船を運転したのはいつ?」
「9000万年くらい前かな。」
「…ペーパードライバーどころの話じゃないぞ。」
不安が押し寄せる。
ツジとレンちゃんも同じ気持ちなのか、カイちゃんに対して不安そうな視線を送っている。
「……だ、大丈夫だって!
90万世紀のブランクがあっても、体が覚えてる筈だから!
………多分!」
「いや余計不安になる物言い!」
「90万世紀って、何気にパワーワードだね。」
「そもそもこんな大型客船なんだから、海良が今まで運転してきた船とは全然別物なんじゃないの?」
レンちゃんが冷静にそう言った。
「…確かにその通りだな。」
船の運転について私の知識はほぼゼロだけど、多分そうなんだろう。
フェリーの運転なんて、流石のカイちゃんでも無理があるだろ。
「………少し、練習する時間を下さい。」
カイちゃんが頭を下げて、そう頼んできた。
◆◆
1時間後。
「よし!バッチリだよ白狐ちゃん!」
フェリー乗り場の待合室で待っていた私達の元へ、カイちゃんが走って戻って来た。
フェリーの運転方法を習得する為に、1人で練習して来たのだ。
細かいマニュアルは船内にあったらしい。
「ホントかぁ?
と言いたいところだけど、カイちゃんならマジでこの短時間で運転マスターしちゃいかねないからな。
取り敢えず信じるよ。」
「エヘヘ…まあ、急いで覚えた付け焼き刃の技術と知識だけどね。
それでも、沖縄に行くくらいなら問題無いと思うよ。
そもそも、大部分がAI制御の自動航行だったし。」
「あ、そうなんだ。」
不変力があるから故障する事も無いし、安心しても大丈夫そうだな。
「さて、それじゃ行くとしますか。」
「このイカの塩辛って、すっごく美味いね!」
ツジが、初めて食べるイカの塩辛にハマっていた。
待合室と隣接しているお土産コーナーに置いてあった瓶詰めのイカの塩辛を、割り箸を使って美味しそうに食べている。
この待っていた1時間で、既に5瓶も完食している。
そんなに塩辛食べてたら、流石に飽きそうなものだが。
「ほら、ツジ姉行くよ。」
「は〜い。」
イカの塩辛に未練タラタラなツジを引っ張ってくレンちゃん。
どこか、私とカイちゃんの関係に似てる気がすると思ったりする今日この頃。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな祝日は?
「大晦日かなー!白狐ちゃんとコタツ囲んでゆったり年越すの好きー!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!