怖いもの知らずなレンちゃんに続いて、私達も横穴に入って行った。
何でも出て来やがれてやんでぃ精神で意気込んで入ったものの、速攻で行き止まりだった。
「何だよ行き止まりじゃんか!」
「まあ、そういう事もある。」
文句を言う私を宥めるレンちゃん。
「他にも横穴はいくつかあったから、この際片っ端からチャレンジしてみよう。」
「はいはーい!」
カイちゃんは楽しそうだ。
果たして当たりはあるのか、もしかしたら全部行き止まりなんじゃないかという一抹の不安を胸に抱きながら、私は皆について行った。
結果としては、4つ目にチャレンジした横穴で当たりを引くことが出来た。
当たりの横穴内部は結構広く、途中でほぼ90度の箇所もあったが、何とかクライミングして出口へと辿り着いた。
「おおー、これはまた。」
「また……地底湖?」
辿り着いた先は地底湖だった。
「いや、よく見たら最初の地底湖とはサイズ感が違うぞ!」
私の言葉に、他の皆も確かにそうだと相槌を打った。
最初の地底湖は海のように果てしなく広かったけれど、今回の地底湖は違う。
デカい事には違いないけど、ちゃんと果てが見える。
規模で言うと洞爺湖とか、そのくらいかな?
あ、ちなみに洞爺湖へは、遠い昔にカイちゃんと北海道旅行で行って来た。
良い思い出だった。
「確かに尾藤ちゃんの言う通り、だいぶスケールダウンした地底湖みたいだね。
いや、気になるのはサイズより、やっぱり〝アレ〟じゃないかな?」
ツジが、地底湖を指差す。
確かに、この地底湖を見た時からずっと気になっていた。
湖面に浮かぶ、夥しい数の半透明の物体を!
「アレって……まさかクラゲ?」
「似てはいるよね。と言うかほぼ間違いなくクラゲだね。」
サッカーボールくらいのサイズの丸くて薄紫色のクラゲらしき生物が、大量にプカプカ浮かんでいる。
その数はまさに、地底湖の半分以上を埋め尽くすほどだ。
「これはまた凄い大量発生っぷりだね、白狐ちゃん。」
「ああ、なんか日本でも昔、似たような事が何度かあったような。」
「あったねー、懐かしい。
よくニュースになるやつ!」
「しかもよく見たら、水面に浮いてるだけじゃなくて、水中にも尋常じゃない数がいるな。
多分コイツらが異常繁殖してる所為だと思うけど、他の生物の気配が皆無だぞ。」
このクラゲ(仮)どもは、間違いなくこのエリアの地底湖の支配者だ。
数の暴力とは恐ろしいものよ。
「しっかしコイツら、何がどうなってこんなに増えて………ん?」
視界の端にいたクラゲ(仮)が突然、餅みたいにミョーンと伸びる。
そのままプチンと千切れたかと思うと、1匹だった筈のクラゲ(仮)が2匹になった。
「まさかコイツら、現在進行形で分裂してやがる。」
「アハハハ!おもしろーい!」
カイちゃんだけが何故か笑っている。
「成る程、どういったメカニズムか知りませんが、この異常な分裂のスピードが現状こうなった理由ですね。」
リグリーの分析は正しいのだろう。
事実、ちょっと見渡しただけでもクラゲ(仮)どもがそこら中でポコポコ分裂しているのが分かる。
なんつー生命の神秘だ。
でも、そうだとするとひとつ、疑問が湧いてくる。
「あのさ、こんだけ分裂が早いんだったら、もうとっくの昔にこの地底湖がぎゅうぎゅう詰めになってるんじゃないの?」
クラゲ(仮)の数は確かに異常に多いけれど、地底湖を完全に埋め尽くすレベルではない。
そこがどうにも腑に落ちなかった。
「……確かに、それもそうですね。
だとすると、この地底湖にはクラゲ(仮)の繁殖を抑制する、何か要因がある筈ですね。」
調子に乗っているクラゲ(仮)を止めている何か。
それの正体については、すぐに知ることになる。
「ん?……あ、あそこッ!」
珍しく狼狽しているレンちゃんが何かに気付いた様子で、地底湖の一画を指差している。
そちらを見てみると、確かにおかしな現象が起こっていた。
湖面を漂っていた数匹のクラゲ(仮)が、まとめて何かに引き摺られるように水中へと消えて行ったのだ。
「な、何だあれッ!?」
どう見ても、クラゲ(仮)が自らの意思で潜ったようには見えない。
とすれば、恐らくこの地底湖の中に、クラゲ(仮)以外の何者かがいることになる。
「クラゲ(仮)が消える瞬間、一瞬だけど触手みたいなのが見えた。
きっと、水中にいる何かが、触手で絡め取って引き摺り込んでるんだと思う。」
流石はレンちゃんの動体視力だ。
ただ、この地底湖は最初の地底湖よりも水質が濁っていて、水底まで視認する事は出来ない。
触手という相手方の武器は分かったものの、本体の正体は依然不明瞭なままだ。
「さて、どうしようか。」
「不用意に潜るのは危険過ぎるよね。」
いくら戦闘能力人類超えのカイちゃんでも、水中に潜む正体不明の敵に突っ込ませるのは危ない。
そもそも、私の彼女にそんなヤバい事させたくないし。
ここは一旦退いて、自宅に戻ってから改めて作戦会議でもするべきか?
「……えっと、ここはひとつ、ワタクシに任せて貰っても良いですか?」
困り果てた私達の希望になるべく挙手したのは、我らが科学番長リグリーだった!
「り、リグリー?何か策があるのか?」
「まあ、そうですね。
クラゲ(仮)を襲っている謎生物の正体を探るくらいは、可能だと思います。」
「おお!素晴らしい!」
私達の期待の眼差しを一身に受けながら、リグリーは例の計測器を取り出した。
またコイツか。
めっちゃ活躍してくれるな!
「んー、計測器か。
確かに万能で正体を判別するのなら訳ないかもしれないけど、大丈夫なのか?
ほら、獲物と間違えられて触手で襲われたりしちゃうんじゃない?」
計測器は小型とはいえ、こんなにものんびりと漂っているクラゲ(仮)達の中でちょこまかと動き回ってたら、流石に目立つと思う。
不変力で壊れはしないけれど、一度相手に捕まってしまったら奪還するのは困難になってくるだろう。
「その点については、心配ご無用です。
この子にはなんと、こういう機能も搭載されているのです。」
自慢げにそう言うリグリーが、計測器に取り付けられたスイッチを押す。
「ん?おおッ!?」
なんとなんと、驚くべきことに、計測器が徐々に透明になっていくではありませんか!
「これぞ、相手の視覚から完全に認知されなくなる特殊機能、リグリーステルスです!」
「……あぁ、はい。」
折角のハイテクノロジーなのに、独特なネーミングセンスの所為で色々台無しだ。
まさか自分の名前を付けるとは、なかなかの猛者だ。
「すごーい!リグリーステルスすごーい!」
カイちゃんはベタ褒めだ。
「フフフ、そうです凄いんです。
この機能を付けるのに、どれだけ苦労したことか。」
「でも、相手が視覚以外の感覚で獲物を探していたら、どうするんだい?」
ツジの何気ないその一言に、私達の空気は一瞬で凍りついた。
「えーっと、余計な事を口にしてしまったかな?」
「……視覚…以外?」
「あぁ、うん。」
「その時はッ!」
「えッ!?」
「その時ですッ!」
「えぇ〜?」
その時はその時!
そうキッパリと言い切るリグリーの瞳には、僅かな迷いの色すら見えなかった。
ここまで断言できるとは、逆にカッコいいじゃないか。
「まあ、何にしてもこの地底湖、よく観察したら結構面白い場所だね。」
ツジが、引き摺り込まれるクラゲ(仮)を見ながらそう言った。
「面白い?」
「ああ、このクラゲ(仮)が増えるスピードと引き摺り込まれるスピードは、実は絶妙なバランスで拮抗しているようだ。
どちらかが傾いてしまえば、クラゲ(仮)が全滅するか増え過ぎて溢れるかのルートに突入してしまうからね。」
言われてみれば、そうかもしれない。
何とも奇妙極まれりな光景だけど、これも生命の神秘ってやつなのかな?
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの最近の悩みは?
「白狐ちゃんの可愛いが過ぎる…」
あ、そういうの無しで。
「じゃあ、特に無いね。」
………。
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