私は、気が付いたら宇宙にいた。
「ん?この感じ、前にもあったような…?」
ああ、そうだった。
眼下に地球が見えるこの光景、前にも一度経験があるぞ。
この世界はかなりリアルな夢の中の世界。
明晰夢、ってやつだっけ?
何年か前に見た夢の内容に、非常に酷似している。
「…んっと確か、あの時は変な人に会って、色々と話してたような…?」
「変な人とは、随分な言い草だね。
ま、確かにこの姿じゃあ否定は出来ないけどさ。」
うわ、出た。
全身真っ黒でモヤモヤしてる、影人間。
前に会った時と変わらず、姿と声じゃ老若男女が一切判別出来ない不思議で不気味な存在。
そもそもこの人が、人類の範疇に収まっていればの話だけど。
「…あ、ど、どうも。」
「うん、久し振りだね。
とは言っても、まだ6年ほどしか経ってないけど。」
「6年、かぁ…。もうそんなに。」
「いや6年なんて、大した期間じゃないさ。
普通の人間ならともかく、キミならねえ?」
「うん、まあ…。」
相変わらず、奇妙な人物だ。
表情も感情も、何もかもが読めない。
「で、今回は何しに来たの?」
「え?いや、特に用は無いけど。」
「えぇ?」
「…まあ、君が元気にやっているか、少し様子を見に来たってとこかな。
それ以上でも、以下でもないよ。」
「……。」
だったら、とっとと帰って欲しい。
「分かった、帰るよ。」
「うぇッ!?」
心の中、読まれた!?
「元気でやってるみたいで安心したし、これからもそうしてくれると、ワタクシとしても嬉しいよ。
では、また。」
言いたい事だけ言い終わったのか、影人間は霧のように消えてしまった。
「さて…。」
影人間についてこれ以上深く考える事もせず、私は目が覚めるまでの間、宇宙空間をふわふわ漂って遊んでいた。
どうせ、ここは夢の中なのだから。
この空間も、あの影人間も全部、現実とは異なるものでしかない。
私の脳が作り出した虚像に過ぎないのだから、深く考える必要なんてどこにもない。
◆◆
「んぅ…ぐっ…!」
息苦しい。
視界も悪いし、妙な感触もする。
なんだ、何が起きてる?
変な夢から覚めて早々に、変な現実が待ち構えていた。
「え?カイちゃん?」
私はどうやら、カイちゃんに抱きつかれていたようだ。
その所為で、彼女の胸に無理矢理顔を埋めさせられて、危うく窒息しかけていた。
まあ、別に不変力で死にはしないけど、普通に息苦しい。
しばし感触を堪能した後、ベッドからのっそり出ると、全裸のカイちゃんが涎を垂らして気持ちよさそうに熟睡していた。
外からは心地良い鳥の囀りが朝の訪れを知らせていて、実際気持ちいいくらいの晴れ空だった。
……で、なんでこの女は素っ裸で寝てんだ?
私は……下着姿だ。あまり人の事は言えないぜ。
「何これ、俗に言う朝チュンってやつ?」
って事はなんだ、私は知らないうちに、カイちゃんと一線を超えてしまったのか?
うん、こういう時にこそ、冷静に……
あくまでも、冷静に………
「なれる訳ねーだろバカーーッッ!!」
「あえあ゛ッ!?」
有り得ない現実を直視してしまい、思わず力任せにベッドのシーツをカイちゃんごとひっくり返してしまった!
カイちゃんは綺麗に空中トリプルアクセルを決めて、床に顔面から思いっきりダイブした。
「おはよう、カイちゃん。サイッコーの目覚めだなぁ!!」
「…ぅえ?お、おはよう白狐ちゃん?どうしたの、そんな怖い顔して?」
「なあカイちゃん、私は昨夜の事はよく覚えていない。
だけど、お互いのこの格好を見てみれば、何があったのか容易に想像がつくよな?」
「んん?格好って…?」
カイちゃんが、寝惚け眼のまま自分の格好を確認する。
「………白狐ちゃんのエッチぃ。」
「あ゛あ゛?」
「ごめんなさい、冗談です。」
ふざけた事を抜かしやがる女はともかく、なんで私はカイちゃんと一緒に寝てたんだ?
そして、本当に私は一線を超えてしまったのか?
「ってか、やけに酒臭いんだけど?」
「ん〜?そうかなぁ?」
怒っている私を前に、よく見ると目が虚ろなカイちゃん。
床にはビールや焼酎の缶がいくつも散乱している。
「最悪だ!最悪の酔っ払いだコイツ!」
「うへえッ!?なんなのいきなりッ!?」
そうだ、徐々に昨夜の記憶が蘇ってきたぞ!
確か昨日は、カイちゃんのドラマ出演が決まって、そのお祝いに2人で自宅宴会をしてたんだ。
私はお酒が苦手だからジュースだったけど、カイちゃんは反対でかなりの呑兵衛。
おまけに酒癖が悪く、酔うたびに何かしら問題を起こすレベルだ。
「あー、くそ!記憶が戻ってきたぞ!
折角の記念だからと、酒を飲ませたのが失敗だった。」
そう、悪酔いしたカイちゃんが私にグイグイ絡んできたんだ。
抵抗しようにも、身体能力はカイちゃんの方が圧倒的に上!
無力な私はカイちゃんにされるがままでベッドに押し倒され、服を全部脱ぎ捨てたカイちゃんに、力ずくでキスされそうになったんだ!
「そうだ、私は必死に抵抗して…!
それで、キスされる寸前にカイちゃんが寝ちゃって…!」
……ん?
キスされる寸前に寝たんなら、一線超えてないんじゃね?
「ああ、そうだ。カイちゃんが寝てから、クタクタになった私も意識が朦朧としてきて…」
そうだ、多分それで私も寝ちゃったんだ。
良かった、私の純潔はまだ奪われてなかったようだ。安心安心。
「良かったー!」
「なんかよく分かんないけど、白狐ちゃんが嬉しそうでアタシも嬉しいよ。」
「うるせー馬鹿ぁ!このクソ酒乱めッ!二度と酒飲むなッ!」
「理不尽ッ!?でもそこが良い!」
二度と酒飲むなは流石に言い過ぎだけど、飲む量だけはちゃんと調整して欲しい。
高校の頃から、飲食に関する部分が色々と緩過ぎるのが、この子の良くない所だ。
まあ、食事に関してはだいぶ自制出来るようになったけど、成人してから酒を飲み始め、今度はそっちの制御が問題視され始めている。
今後大きな問題を起こさせない為にも、どうにかしてやらないといけないな。
◆◆
数日後。
「白狐ちゃん!今日は良い天気だねぇ!」
「………そーだね。」
今宵は、世の新一年生がピカピカになるという、桜舞い散る4月。
フン、最初は皆ピカピカしてても、時と共に輝きはくすんでいくんだよ。
そんな僻みは置いといて、部屋の窓から見ても立派なピンク色の桜が見事に咲き乱れていて、それはもう素晴らしい光景。
だけど、こんなにも春の陽気が溢れる気持ちいい朝だというのに、私の心は一向に晴れない曇り空。
私は元気なカイちゃんに背を向けて、ベッドの中にアルマジロめいてうずくまっていた。
「白狐ちゃん!今日は最高のお花見日和だねぇ!」
「やだー!お花見行きたくないー!死ぬー!」
「……そんなにお花見行くの嫌なの?」
「花見行くくらいなら、ここで舌を噛み切って死ぬ!死んでやるッ!」
「それほどッ!?」
私の決意は固い。花見なんて絶対に行くもんか!
「行きたいなら、カイちゃん一人で行ってきてよ。」
「ええ〜!白狐ちゃんと一緒に行きたいよー。
野茂咲さんと新藤君も来るんだよ?白狐ちゃんも一緒じゃなきゃ。」
「花見じゃなかったら行ってたよ!
いいか、私は花見とバーベキューだけは絶対に行かないって天地神明に誓ってるんだ!
あんなん陽キャの陽キャによる陽キャの為の祭典じゃねーか!陽キャフェスじゃん!
私が行ったら膨大な陽キャオーラに当てられて溶けて死ぬから行かん!
これは正当な自己防衛であるからして、よって私は家で引きこもって終日ゲームしてます!」
「そんな〜。」
うん、これでいい。
いくら旧友達が出席するとはいえ、自分の命を守る方が最優先事項だ。
楽しみにしていたカイちゃんには悪いが、私には自害の趣味なんざ無い。
よーし、今日は進めてたゲームのストーリーも佳境に入ってきたし、一気に進めたるぞー!
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの苦手な飲み物は?
「んー、特に無いかな。食べ物も飲み物も、大好きだよ。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!