翻訳アプリに関する秘話はともかく、ジャイアント(略)コオロギに促されるまま、アプリを起動してみる。
「んーと、ここをこうして、これを押せば翻訳モードになるのか。」
スマホの画面にデカデカと表示されている〝翻訳〟のボタンを押してみる。
すると、またジャイアント(略)コオロギに足を小突かれた。
見てみると何かを伝えたそうにキチキチ言っている。
何だ?これを訳せばいいのか?
「よしよし、はい!」
スマホをジャイアント(略)コオロギの額に近付けて、謎のセンサーをオンにする。
するとすぐに、画面に翻訳された言葉が表示される。
[この蜘蛛、元の住処、人間に追われた。
だから、ここまで、逃げて来た。]
文章が若干カタコトで機械的な感じだけど、そういう仕様なのだろう。
「いやそれより、人間に住処を追われたって……穏やかな話じゃないな。」
「うん、可哀想だね。」
「って事は、外の世界の人間に脅かされたって事だよな。」
その事に関しても驚きだ。
もしかしたらこの近辺に、人が住んでいる可能性が浮上したのだ。
外の世界の人間なんて未だにツジとレンちゃんしか会った事ないから、少しは興味が出てきたぞ。
「そうだね、会いに行ってみるのも悪くないかも。」
「…本来、こういう縄張り争い的なのは、私達が干渉すべきじゃない問題だ。
でも、新たな人類と出会う可能性があるのと、私達に実害が及んでるとあっちゃあ、黙って見てる訳にもいかないわな。」
このデッカい蜘蛛も困ってるみたいだし、何より私達の暮らしの安寧の為にも、ひと肌脱いでやるとしますか。
◆◆
という訳で、カイちゃんの運転するスーパーキャンピングカーに乗り込み、私達の町を取り囲む汚染地帯のど真ん中までやってきた。
元々は普通の町だったのか、建物の残骸がそこら中に散乱している。
うん、ここらで正しい筈。
お連れのジャイアント(略)コオロギが大蜘蛛に聞いたら、ここら辺だって言ってたらしいし。
しかしまさか、汚染地帯にまで来る羽目になるとは思ってもみなかった。
不変力の影響で汚染物質は私達に害を与えないけど、匂いは普通に感じる。
めっちゃ臭い。
「でもこの悪臭、間違いないな。
あの大蜘蛛と同じ臭いだ。」
つまりは、公園で見つけたあの黒い液体や、倉庫の中のネバネバなんかも、この汚染地帯由来の物質なのだろう。
だとしたら、後で念の為にも綺麗にしとかないとだな。
「でも、汚染地帯があの子の住処だと、ちょっと矛盾する点があるよね?」
「矛盾?どこが?」
カイちゃんは顎に指を当て、考えながら言う。
「だって、あの蜘蛛さんの住処を荒らしたのは、人間だって言ってたよね?
そうなると、人間がこの汚染地帯のど真ん中まで来てるって事になるよ!
明らかに変だよね?」
カイちゃんの意見を聞いて、私も納得する。
「成る程、確かに言われてみればそうだな。
こんなの、普通の人間が耐えられるような代物じゃないしな。」
実際に普通の人間が汚染地帯に立ち入ったらどうなるのか?
試した訳ではないけれど、その辺に正体不明の骨がゴロゴロ転がっているのを見るに、ロクな事にはならないだろう。
「そもそもな話、あの蜘蛛さんも汚染地帯で暮らしてるんだよね?」
「当然そうだな。
きっと、この環境に適応するように進化したか、突然変異した特別な個体なのかもしれない。
ここなら天敵もほぼいないし、何食ってるのか分かんないけど、食べ物も独占出来るしな。」
「そっか……もしかしたら、他の生き物に殆ど会ったことがないから、私達にあんなに怯えてたのかもしれないね。」
「うむ、確かにそうかもな。」
しばらく周囲を彷徨いていると、一緒について来ていたジャイアント(略)コオロギが何かを察知したのか、崩れ落ちた巨大なビルの残骸へと向かって行った。
「お、何か気付いたみたいだぞ。」
「行ってみよう!」
ピョンピョン飛び跳ねながらビルの廃墟へ向かうコオロギを小走りで追い掛ける。
一見すると中に入る手立ては無さそうだけど、流石は優秀なジャイアント(略)コオロギちゃんだ。
すぐさまビル内部に侵入出来る穴を、裏側に回って発見してきた。
崩壊の影響でビルの壁面に空いた穴っぽいけど、結構大きいので私達が纏めて入れる。
ここが大蜘蛛の住処だとすると、アイツもここから出入りしてたのかもな。
「しっかし、中はちょっと薄暗いな。
日の光が無きゃ真っ暗だぞ。」
中に足を踏み入れるも、足場も視界もとことん悪い。
外観からして覚悟はしていたけど、こいつは想像以上に酷い。
まるでゲームのダンジョンみたいだ。
どっかに隠し通路とか、妙な仕掛けでもあるんじゃなかろうか。
「待って、白狐ちゃん。」
カイちゃんがいきなり私の前に手を出して、前に進むのを制止してきた。
「どうしたの?」
「あれ見て。」
小声でそう言いながら、崩れかけた通路の先を指差すカイちゃん。
その奥には、微かに明かりのようなものが見える。
「何だあれ、奇跡的に電気が生きてるのか?
それともまさか…!」
「誰か人がいて、明かりを点けてるのかも…」
「うわーマジか…」
行くと決めた時には新たな人類に会える可能性にドキドキしてたけど、いざ実際に遭遇するとなると、なんか嫌な緊張に心を揺さぶられる。
急に前に進みたくなくなってきた。
「カイちゃん、危険な香りがしてきたし、ここは一旦退いて後日にでも…」
「問題の先延ばしは駄目だよ、白狐ちゃん。
折角ここまで来たんだから、ちゃんと解決していかないと。」
「うう…今日のカイちゃん厳しい。」
まあ、こんな辺境くんだりまで再び出向くのも面倒だしな。
仕方ない、行くとしますか。
「大丈夫、何かあったらアタシが守るから。」
「…確かに、それなら安心か。」
無敵戦艦のカイちゃんが味方なら、まあ大丈夫かな。
明かりの方向を目指して、私とカイちゃんとジャイアント(略)コオロギは進む。
明かりまでの道のりも誰かが既に通ったような痕跡があり、人がいるという可能性がぐっと高まった。
「ストップ。」
「あ、はい。」
そろりそろり慎重に進んでいたら、また先頭のカイちゃんに止められた。
真剣な表情と声だったので、私も茶化したりせずに素直に従う。
従わざるを得ない。
「あそこ、人がいるよ。」
「おお…遂にか。
ってか、何だあの格好?」
瓦礫の影に隠れる私達の視線の先には、例の明かり……いや、光を放つ照明器具の元、何かを探しているかのようにキョロキョロしながら、周囲を彷徨いている2人の人物を発見した。
何故こんな場所にいるのか、どこからやって来た連中なのか……気になる事はいっぱいあるけど、まず目を引くのは2人組の服装だ。
真っ白なダボダボの、よく分かんない装備品をジャラジャラ付けた服に、完全に顔を隠したフルフェイスのヘルメット。
この妙ちきりんな格好の所為で、2人の年齢も性別も全く判断が付かない。
「あの格好、まるで宇宙服だね。
向こうは気付いてないみたいだから注意してね、白狐ちゃん。」
「うん、分かってる。
お、なんか喋ってるみたいだぞ。」
2人組が立ち止まって会話し始めたので、耳をそば立てて盗み聞いてみる。
「クソ、なかなか見つからないな。」
「本当、手間かけさせてくれるわね。」
「もうあのデカ蜘蛛に逃げられて1週間以上経つし、ここに戻って来る事はないんじゃないか?」
「そうかもね。
でも万が一って事もあるから、私達はこっちの捜索を担当する事になったんじゃない。
教祖様のご指示なんだから、間違いは無い筈よ。」
「そうだな、その通りだ。」
それから、2人組は奥へと進んで行った。
今の会話だけでも、結構な情報量がある。
私は一旦、情報を整理する為に思考を巡らせてみた。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きな肉料理は?
「牛丼……は前にも言ったから、ビフテキだな!ビフテキ!」
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