温泉は、最高だ。
今日は特に一日中歩き回り、様々な事をして、修学旅行初日の疲れがじわりじわりと蓄積されていたので、それを一気に蒸散してくれる天然温泉は、まさに至福のひと時。
湯船に肩まで浸かり、心身共に癒やそうではないか!
…うん、そうなる筈だったんだけどなぁ。
「…ハァ…ハァ…」
「おい。」
「…ハァ…ハァ…」
「お〜い!」
「ウフフフフ、ハァ…ハァ…白狐ちゃん、可愛いよォ…!肩甲骨、天使の羽根が、フヒヒヒ、ハァ…ハァ…!」
「落ち着けこのロリコンお化け!」
「わぷッ!?」
予想通り、危険なロリコンの視線を満遍なく浴びせてくるカイちゃんの顔面に、両手いっぱいに掬ったお湯をぶっ掛ける。
「白狐ちゃんのエキスが染み込んだお湯がアタシの顔面にッ!?」
「全然自重できてねーじゃねーかッ!」
この子はいつになったら自制というスキルを取得してくれるのだろうか。
まだまだレベル上げが必要なのか?
そもそも、どうすればコイツのレベルは上がるんだ!?誰か教えて!
「ご、ごめんなさい。でも、白狐ちゃんがあまりにも天使過ぎて!
まだ抱き付いてないだけ褒めて!」
「褒めるかアホぉッ!」
「だって!少し前のアタシなら、間違いなくこの時点で白狐ちゃんをギュウッて抱き締めて、心ゆくまでナデナデチュッチュイヤンバカンしてたもん!
それを我慢出来たのは、成長の証って事だよ!」
なんか逆に、偉そうな態度でそう言い切られてしまった。
でもまあ、カイちゃんの言う事も、もしかしたら一理あるのかもしれない。うん、多分。
この子はこの子なりに、少しずつ成長しているのだろう。
あと、少し前までのカイちゃんと一緒にお風呂入らなくて、本当に良かったとしみじみ思う。
「うん、まあ、分かった。カイちゃんの成長は認めよう。
カイちゃんの自制心は、確かにこの一年間で少しは成長している。
だから、その舐め回すようなネットリとした視線をぶつけ続けるのを、いい加減やめなさい。」
「あッ、これは無意識にこうなっちゃうの。」
「ったく、真性の変態め。お前がオッサンだったら、とっくの昔にお縄だぞ。」
「女子に生まれて良かったー!」
「私の精神的負担を考えろやッ!」
いつものお返しとばかりに、カイちゃんの胸のダブル肉まんに、後頭部からダイブしてやった。
「あー、柔らかぁ、ホンット気持ちいいわこれ。」
「白狐ちゃん、赤ちゃんみたい。」
「この心地良さが味わえるなら、赤ちゃんでもいいや、私。」
「かーわーいーいー!」
結果として、この時間にお風呂に入ったのは正解だったと言わざるを得ない。
早い時間に入っていたらきっと、多くの人でごった返していて、こんなにもまったりとした入浴なんて出来なかっただろう。
いや、目の前のウルトラロリコンの所為で、完全なるまったりとは言い難いか。
「ま、こういうのも悪くはない、か。」
「だよねー。」
「このアブノーマル性癖女が、もうちょいマトモだったら最高だったんだけどなぁ。」
「それはもう、白狐ちゃんが可愛過ぎるから無理だよぉ。」
「はいはい。」
もう少し、カイちゃんの胸を枕代わりにしながら、この名湯を堪能するとしよう。
それにしてもこの枕、私の頭にピッタリな最高品質のフィット感だな、こりゃ。
あまりにも気持ち良過ぎて、更衣室の扉の隙間からこちらを見つめる謎の視線に、私達が気付く事は無かった。
◆◆
「カイちゃん、私トイレ行ってから部屋戻るから、先に行ってていいよ。」
短めのお風呂から上がり、着替えも済んで、部屋へと戻る途中。
まだ消灯までの時間も少し残ってるので、尿意を催した私はトイレに寄る事にした。
「え〜?アタシはじゃあ、白狐ちゃんの個室の前で待ってるよ。」
「キモいからとっとと部屋に行け!」
「あふんッ!」
懲りない変態を蹴っ飛ばし、私はトイレに向かった。
◆◆
「ふぅ…」
トイレも済まして、洗面台で手を洗っているその時だった。
「お疲れ様。大浴場では随分とお楽しみだったみたいね。」
「ッッ!?」
私が入っていたのとは別の個室から、明らかに私に向けているであろう女性の声が聞こえた。
なんだ、どういう事だ!?お風呂での出来事を見てる人がいたのか?
いや、お風呂場には私とカイちゃんの他に人はいなかった筈!
「ああ、驚かないで。ただ、ほんの少し貴女達をストーキングしてただけだから。」
「いや驚くからッ!」
しまった、ついツッコんでしまった!
…ん?ちょっと待て。
この人の声、どこかで聞き覚えがあるぞ。
「まさかッ!」
声がする個室の鍵は空いている。
私は、恐る恐るその扉を開いた。
「…やっぱり、野茂咲さんッ!」
「アハハ、やっぱバレた〜?」
便座の上に、野茂咲さんが座っていた。
一瞬トイレの最中かと思って焦ったけど、別にそうじゃなかった。ただ座ってるだけだった。
「…な、なんでこんな所に?ていうか見てたの?」
「うん。」
「どこから?」
「えっと、尾藤さんが山岸さんと大浴場で合流して、そのままお風呂に入って、出て、このトイレに来るまで。」
「一部始終まるまる全部じゃねーかッ!」
ぬああァァァッ!?
クッソォ!カイちゃんにツッコむ時の感じでツッコんでしまったァァァ!!
いや、今はそれどころじゃない。
私達の事を見られてたって事は、私とカイちゃんの関係が野茂咲さんにバレてるって事だ!これ重要!
「2人ともすっごく楽しそうだったし、仲良さそうだったよねー。
親戚同士って言ってたけど、はたから見ると恋人同士みたいだったよ。」
「なッ!?何を言ってんのですか!?」
いやいやいやいや、なんでそんな誤解をされるのかまるっきり意味が分からん!
確かに、他に人がいない時間帯にこっそり2人で入ったり、カイちゃんが熱烈なボディタッチをしてきたり、そんなカイちゃんに対して「困った子だけど可愛いやつめ」的な空気感は出してたかもしれないけど、恋人だなんて誤解される程の行動は一切してない筈だぞ!
…うん、してないよね?
してないだろォ!
「うーん、でも私としては、もうちょい2人で密になって、ネットリねっちゃりベタベタ絡み合った、濃厚なプレイを見たかったんだよねぇ。」
「いや、本当に何言ってんの?」
一人で恍惚の表情を浮かべながら、自分の体を抱き締めている野茂咲さんが何を言っているのか、まるで理解出来ない。
なんなんだ?この人の目的は一体なんなんだ?
どうして、私とカイちゃんの事をストーキングしていたんだ?
「ど、どうして私達の事を?」
「あぁ、それは単に、私が尾藤さん達の事を見てたかったからだよ。それだけ。」
「ほえ?」
「尾藤さんは気付いてなかったかもしれないけど、2人の関係についてはもう結構前から察してたからね。
だから、もっと濃密な関係になっていく過程を、こっそり陰から見守っていたかったの。」
「は?はあああァァァァ!?」
もう駄目だ。
私の人生は終わった。
私の夢見ていた、穏やかで誰にも絡まれる事の無い学校生活に終止符が打たれた。
嗚呼、折角良い流れに乗っていたのに。
カイちゃんのお陰で、修学旅行も悪くないと思えてきたのに。
結局、こういう挙げ句になってしまうのか。
「…野茂咲さんは、何が目当てなの?
まさか、この話をネタに脅す気じゃ…?」
「ええッ!?そんな事しないよ!
さっきも言ったけど、私は2人を見てるだけで満足だから!」
えぇ?
「こっそり見続けるのも限界があるから、こうして本人に許可を貰えば堂々と観察出来ると思ったんだけど、良いかな?
良いよね、減るもんじゃないし。
他のみんなには内緒にしておくから、これからも2人のイチャイチャラブラブゆ〜りゆり関係を私に見せて欲しいな〜。」
「な、何それ?
私とカイちゃんは別に、そんな関係じゃ…」
「いやいや、どっからどう見てもラブラブじゃん!
それじゃ、今後ともよろしくねー。」
…行ってしまった。
何だったんだ、一体。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きな動物は?
「爬虫類とか好きかなー。特に蛇とか好きだねぇ。」
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