ジャイアントジャンボクソデカビッグオオコオロギ。
私の家で飼われている、突然変異種の馬鹿デカいコオロギだ。
本日の朝食である人参をまるまる一本手渡すと、ひょいと器用に前脚で取りバリバリ食べる。
実に大人しくてお利口さんなペットだ。
たまに賢過ぎて、中に小さな人間が入って操縦でもしてるんじゃないかと思う時もある。
この間も、私が食べたポテトチップの袋をゲームに夢中になって捨てるのを後回しにしていたら、気を利かせてゴミ箱に捨ててくれてた。
昔、普通のコオロギに餌を与えて芸を仕込ませるのに成功したとかそんな話を聞いた事があるけど、コイツはそんなの比じゃないくらいに頭が良い。
有象無象のコオロギ達とは別次元の賢さだ。
「ま、細かい事は気にしないでいっか。
天気も良いし、散歩にでも行くか?」
私の言葉に反応して、ジャイアント(略)コオロギは頭を縦に振る。
人語を大体は理解する事は出来るっぽいけど、流石に喋るのは無理だ。
ってか、喋ったらいくら私でもドン引きするわ!
でも、すぐに慣れそうな気もする。
「それじゃ、そろそろカイちゃんがウチ来る時間だから、タイミング良く合流出来そうだな。」
「白狐ちゃーん!おっはよー!」
私の言ったそばから、タイミングの良い女がやって来た。
出迎えてやる為に、ジャイアント(略)コオロギを連れて玄関へと向かった。
◆◆
ジャイアント(略)コオロギは、ストレス解消の為に時折外に出て散歩に連れて行っている。
多分、犬用のリードをコオロギに付けて町中を散歩してる人間なんて、人類の歴史上私が最初で最後になる事だろう。
なんてどうでも良い事を考えながら、近所の散歩コースをカイちゃんと横並びに歩いて行く。
「いやー、今日は良い天気だねー。」
太陽の光を全身に浴びながら、身体を伸ばすカイちゃんがそう言う。
「同感。インドアな私ですら、つい外に出たくなる陽気だよ。」
そう、私達の町はただ町が不変になっているだけでなく、天気すらも不変になっている。
正しくは、私がこの町を不変にした年の1年間の天気を延々と繰り返しているのだ。
だから、例えば町の外が異常気象で一年中酷暑になっても、この町は普通に四季が巡るし、去年の同じ日と必ず同じ天気になる。
極端な話、太陽が無くなっても陽光が差すし、月が無くなっても月明かりが夜を照らす。
……多分、そうなる筈。
「まあ、空を見上げたらちょっと気分は変わってきちゃうけどね。」
「だな。」
そう、見上げた空は生憎の雨模様。
なのに、町には気持ちの良い陽光が降り注いでいる。
つまり、本来の天気はザアザアと雨が降っているのにも関わらず、この町は不変力によってその影響を受けないので、無理矢理天気が良くなっているのだ。
雨が降っているのに雨粒一つ落ちてこない、不自然極まる天気が、この町の常識の一つだ。
もうとっくに慣れた常識でもある。
「ねえねえ白狐ちゃん。」
「んー?」
「たまにはさ、お散歩コース変えてみない?」
「あぁ、別に良いけど、どこ行くの?」
「うーんと、あっちの小学校の方とか。」
「カイちゃんが小学校行きたがるとか、なんか犯罪臭が凄いな。」
「偏見だよそれはッ!
別に変な意味は無いからね!?」
「分かってるって。
そもそもこの町にゃ、私達以外の人間はいないしな。」
焦るカイちゃんを、ヘラヘラ笑いながらからかう。
まあでも、カイちゃんの言うことももっともだ。
いつも同じコースじゃ味気ないから、たまには変えてみるとするか。
◆◆
「小学校着いたけど、どうするの?」
「まずは中に入ろー!」
近所の小学校。
私の通っていた母校でもあるこの学校は、通っていた当時と全く変わらないまま残っている。
カイちゃんとは小中学校は別だったから馴染みは無い筈なのに、何故かOBである私を差し置いて、ルンルン気分で先導している。
まあ、カイちゃんとここに来るのは初めてって訳じゃないんだけどさ。
昇降口で靴を脱いでスリッパを履き、ジャイアント(略)コオロギを連れながら懐かしの廊下を見渡す。
「ここは、1年生のクラスかー。
白狐ちゃんは何組だったの?」
「んっと、1組だったな。」
一学年が3つのクラスに分けられていて、私が所属していた1年1組は昇降口から一番近い教室だ。
中に入ると、やはり殆ど変わっていない。
いや、まだ幼い頃の記憶だから、結構曖昧な部分も多いけれど。
「白狐ちゃんが小学生の時って、どんな子供だったの?」
「え?それ何度も話したじゃん。」
「いいからいいから、折角白狐ちゃんの母校に来たんだし、そういう話も聞きたいもん。」
カイちゃんは、小学生用で明らかにサイズが合ってない木製の椅子に腰掛けて、ワクワクしながら話を聞く体勢に入りやがった。
ジャイアント(略)コオロギもその隣の床にどっしりと構え、聞こうとしている。多分そう。
なんかもう、話さなきゃいけない空気感だ。
いくら知能が高いとはいえ、昆虫に日本語通じるのかよと心の中で文句を垂れつつ、仕方なく話す事にした。
「つっても、別に大した小学生時代じゃないからな。
前にも何度か話したけど、特に大きな事件があった訳でもないし、成績優秀でもスポーツ万能でもない、ただの陰キャだったし。」
大きな事件なんて、学校にこっそり持って来てた携帯ゲーム機が先生にバレて、1週間の間没収されて絶望したくらいか。
「でも、不変力が発現したのも小学生の時でしょ?」
「あぁ、そうだな。それがあったな。
小5の時のそれが、一番大きな出来事だったなぁ。」
あの時は本当にビビったし大変だった。
「その時って、どんな感覚だったの?」
「感覚、かぁ…
うーんそうだな……うろ覚えだけど、当時はあんま悩んでなかった気がする。
不老不死ラッキー、みたいな考え。」
「まあ、まだ子供だもんね。」
「うん、そだな。
しかも、寝て起きたらいきなりそうなってたんだぞ。
で、不変力に関する最低限の知識と使い方も、脳内に直接取り扱い説明書をぶち込まれたみたいに、不思議と理解出来てたんだよね。
ただ、私自身の不老不死は強制で解除不能だけど。」
改めて考えてみると、無茶苦茶な話だよな。
一体何が原因で私なんかがこうなってしまったのか、未だに何も分かっていないのも問題だし。
「でも、なんか理不尽だよね。
不老不死って一般的には、最初は良くても後からどんどんキツくなるってイメージだもん。」
「いや、確かに普通はそうなのかもしれないけど、私の場合は他の物も不変に出来るからな。
地球が無くなった後、何も無い宇宙に一人放り出されるなんて心配も無いし、普通の不老不死より恵まれてるのかもな。」
「…普通の不老不死なんて言葉、初めて聞いたよ。」
ごもっともです。
「それに何より、私にはカイちゃんがいるしな。
カイちゃんがいっつも側にいてくれるから、毎日飽きないよ。」
「白狐ちゃん、ありがたいお言葉ぁ…!」
カイちゃんがダバダバ涙を流しながら感動する。
この子の私に対するオーバーリアクションも、飽きない原因の一つだ。
「まあ、不変力とかいう埒外な能力持っちゃった所為で辛かったり苦労した事も多少はあったけど、それ以上に楽しい事の方が勝ってるかな。
カイちゃんは勿論、ツジちゃんやレンちゃんっていう新しい仲間も加わったし、いつまでも変わらないこの町で延々とダラダラし続けるのも、私にピッタリって感じするし。」
「アタシも、白狐ちゃんとこの町で暮らすの大好きだよー!
これからも末永くよろしくお願いします。」
「はいはい、こちらこそ。
それじゃ、もうちょっと校内見て回って、とっとと散歩の続き行きましょうか。」
「はーい!」
窓から差し込む麗かな陽光に欠伸を噛み殺しつつ、私は席から立ち上がった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きな米料理は?
「アタシはパラッパラのピラフが好きかなー!」
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