「ここから先は、教祖様とその側近の方々以外、基本的には立ち入り禁止のエリアです。
私なんかじゃこうしてお呼ばれでもしない限り入れない場所なので、久々です。緊張します。」
明らかにガチガチに緊張している鹿原さんが、私達にそう言った。
水槽トンネルを歩いていった先の扉の前に今、私達は立っている。
見るからに頑丈そうな鋼鉄製の扉には、『許可なき者の立ち入りを禁じる』とだけ表記されたプレートが貼り付けられていて、その下には呼び出しのチャイムみたいな装置が取り付けられている。
「それでは、開けますね。」
取っ手もドアノブも無い扉をどうやって開けるのかと思ってたら、鹿原さんが謎の装置に手を翳した。
すると、ピッという小さな電子音がして、スーッと静かに扉が横にスライドして開いた。
あの装置はきっと、扉を開ける為に指紋か静脈をチェックするものだったのだろう。
「ささ、どうぞ。」
「お邪魔しまーす。」
扉の向こう、踏み入った先は、またもや通路だった。
ただ、直前までの水中トンネルではなく、今度は高級ホテルみたいなレッドカーペットが敷かれた、クラシックながらも豪奢で立派な廊下だ。
ツジとレンちゃんの住む保全シェルターの居住エリアに似てるな。
「あ、ここからは土足厳禁なので、ここで靴を脱いでスリッパに履き替えて下さい。」
「あぁ、はいはい。」
言われた通り靴を脱いで、すぐそばの靴箱に収められているスリッパを履いた。
デフォルメされた魚の柄で、ちょっと可愛かった。
◆◆
廊下はやたら長かった。
他にもチラホラ部屋はあったけど、何の部屋なのか全く分からん。
ていうか、こんなに長かったら教祖も移動が大変だろ。
とかぼやいたりせずに、淡々と歩いていく。
ほら私、ど偉い神様ですから。
「着きました、こちらです。」
教祖の部屋は、扉も特別製だった。
まるでファンタジー世界の国王様の謁見の間の入り口みたいだ。
いや、分かりにくい例えかもしれないけど、とにかく色んな装飾がゴテゴテしてて、あまりの現実感の無さに見てて眩暈がしてくる。
私やカイちゃんの家も結構大きいけど、ここまで凝った……というより悪趣味な扉は見た事ない。
そんな派手派手な扉の傍にちょこんと、ごく普通のインターホンが設置されていた。
絵力がアンバランスだな。
鹿原さんは相変わらず緊張した面持ちで、インターホンのボタンを押す。
ピンポーンと、私の家のと似た音のチャイムが鳴った。
違和感が凄いな。
『はい?』
インターホンの向こうから、声が聞こえる。
高い声で、恐らく女性だろうか。
まあ、アンチョビ教団の教祖は軒並み女性だった筈だから、多分そうだろう。
「鹿原です。例の白狐ちゃん大明神様と、付き人の方をお連れしました。」
『…分かりました、ご苦労様です。
今、扉のロックを解除しますね。』
今度はさっきの扉とは違って重々しい音と共にゆっくりと扉が開く。
こういう演出なのだろうか。
部屋の中は、案の定豪華な造りだった。
でも、どことなく違和感を感じる。
豪華と言えば豪華なんだけど、どこか物寂しい気もする。
無駄な物が殆ど存在せず、不自然なまでに部屋の所々に空白がある。
まるで、元々色んな物が置いてあったのに、つい最近になって要らない物を片っ端から処分したばかりのようだ。
で、そんな事より肝心の教祖様はというと…
「ようこそおいで下さいました、白狐ちゃん大明神様。
わたくし、アンチョビ教団121代目教祖を務めております、四万十川ドロテーアと申します。」
部屋の奥に、大窓を背にした立派な執務机が設置してあった。
その執務机から、女の子の生首が生えている。
いや、流石にぱっと見一瞬だけ生首に見えただけで、実際には女の子の背が低い所為で、大人用の執務机に首から下が隠れてしまっているだけなんだが。
びっくりした。
ドロテーアちゃんは幼さを隠す事なく、トコトコ歩きながらこちらへやって来た。
「教祖様、随分とお若いんですね。」
見た目だけだと、私と同じくらいか、もっと若く見える。
こんな年端もいかない幼女が教祖を務めているなんて、一体どういう事情があっての事なのか。
「エヘヘ、若いのはお互い様じゃないですか。
まあでも、そう疑問に思うのも無理はないですね。
わたくしも、逆の立場でしたら同じ事を思うでしょうし。」
見た目は幼いけど、精神年齢は高そうな子だ。
若干幼い感じはするけども、かなり落ち着いた物腰と大人びた喋り方で、私なんかよりも立派な人間に見えてしまう。
まさか、この子も不変力の使い手だとか言わないよな?
ともかく、私達も簡単に自己紹介を済ます。
「そうですか、貴女が白狐ちゃん大明神様……もとい、尾藤白狐さんですね。」
「あー、大明神何たらは長くて言いにくいから、普通に名前だけで呼んでくれて良いよ。」
「わかりました。
流石はアンチョビ教団の現人神様、心が広いお方なのですね。」
そう言いながら、純粋無垢な笑顔をこちらに向けてくる。
こんな純真な子を騙している自分に、罪悪感を抱かずにはいられない。
「お二人のお話はかねがね、そちらの鹿原さんから伺っております。
何でも、汚染地帯の影響を無効化してしまう神の祝福をお持ちだとか。」
「まあ…そうだね。」
「更に、銃で撃たれてもノーダメージで、平然としておられたとか!」
「まあ…それくらいは余裕だよね。」
瞳を輝かせながら聞いてくるドロテーアちゃん。
それに対して私は、ボロが出ないよう注意しながら答えていく。
「素晴らしい!それでこそ我らがアンチョビ教団の万能の神です!
さあ、今日は遠路はるばる来て下さった事ですし、お疲れでしょう。
お部屋を用意させて貰ったので、良かったら休んでいって下さい。」
「うん、それならお言葉に甘えようかな。」
移動と検査がずっと続いた所為で、精神的にヘトヘトだ。
ちょうど良いタイミングの申し出に、私もカイちゃんも快諾したのであった。
◆◆
客室として充てがわれたのは、教祖の部屋に来るまでに通った高級ホテルみたいな廊下の一室だった。
部屋の中も勿論高級ホテル並みで、私達をもてなそうという気持ちが如実に伝わってくる。
「めっちゃデカくてイカつい建物なのに、中にこんなロイヤルな部屋があるなんて驚きだ。」
「昔、豪華客船に乗って世界一周旅行したの思い出すねー。」
私とカイちゃんは、フカフカのベッドに横たわりながら談笑している。
「あぁ、懐かしいな。
カイちゃんが旅先で悪い連中を無双してたのも、今となっちゃ良い思い出だよ。」
「アハハ、出来ればもっと楽しい思い出を思い出して欲しかったなー。」
なんて他愛無い話を続けていたら、不意に部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「うん?誰だろ?」
「アタシが見てくるよー。」
カイちゃんが入り口まで行き、ドアの小さな覗き窓から来客をチェックする。
「あれ?誰もいない?」
「そんな馬鹿な。」
「でも、誰も見えないよ。」
怪訝そうなカイちゃん。
何か危険がある可能性を予感したのか、警戒しながら慎重にドアを開ける。
「…あ、すみません。
お休みのところ、急にお邪魔してしまって。」
カイちゃんは警戒を解いた。
ドアの向こうにいたのは、教祖のドロテーアちゃんだった。
申し訳無さそうにちょこんと立っているさまは、まるで小動物のようだ。
彼女が小柄だったから、覗き窓から見えなかっただけなのだろう。
「え、どうしたの?
わざわざ君が直接来るなんて。」
カイちゃんが聞く。
確かに、何の連絡も無しに、しかも護衛の1人も付けずに、まるでお忍びのように教祖様が単独で私達の部屋に来るなんて、明らかに不自然な話だ。
「突然申し訳ありません。
実は今回、お二人に折り入って相談したい事があって訪れました。」
かなり真剣な表情のドロテーアちゃんを前に、私とカイちゃんは息を呑むのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんがカッコいいと思ってる二字熟語は?
「『満腹』!良いでしょ!」
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