回想も程々に、現実へと意識を戻したアタシは、磧さん、MCのマーシャルアーツ朝日さんの3人で番組を盛り上げていく。
まだ磧さんが目立った動きを見せる事はなく、序盤のトークコーナーはつつがなく進行していってる。
恐らく彼女が仕掛けてくるとしたら、〝次のコーナー〟の可能性が高い気がする。
だって、次のコーナーは…
「それじゃあ、楽しいトークで場も温まってきた事ですし、お待ちかねのあのコーナー、いっちゃいましょうか!はいドン!」
朝日さんが、スタジオの中央に設置されている、白いチョークで『トーク』とデカデカ書かれた黒板をひっくり返すと、裏面には『タレコミ』と書かれていた。
「えー、初めての方にも分かるように説明しますと、このコーナーでは視聴者さんから投稿された、お二人のオフショットの写真を公開してしまうという、刺激的タレコミコーナーでーす!」
「うわー、きたー。」
「恥ずかしいなぁ、もう!」
タレコミやオフショットと言っても、対象が芸能人とはいえ、一般の人が本人に無断で写真を隠し撮りするのは勿論違法。
だから、この番組で本来公開される写真は、事前に本人に許可を得てから撮影された合法の写真の筈。
でも、今回だけは違う。
磧さんの態度からして、アタシと白狐ちゃんが写った例の写真が公開されるのは明らか。
そこまですれば放送事故になる可能性も高いけど、磧さんは責任を全部番組側に押し付けて、尚且つ(見た目は)小学生の白狐ちゃんと付き合っているアタシを社会的に抹殺するつもりなんだ。
磧環という悪女は今まで、こんな風に手練手管の限りを尽くしてライバルを潰してきたんだ。
敵ながら、その狡猾さは決して油断出来ない。
「それじゃあまずは、磧さんの写真からいってみましょうか!」
「ええぇッ!?いやですよ〜!」
磧さんが、わざとらしく嫌がってみせるけど、本心では真逆なんだろうな。
「いやがっても、スタッフは待ってくれないですからねー!はいドン!」
番組ADさんがキャスター付きのボードを持って来て、朝日さんがそれに貼られたでっかいシールを剥がす。
するとそこには、如何にもオフショットっぽい感じで撮られたであろう、磧さんがどっかの飲食店で巨大餃子を注文して、それをかっ喰らっている写真が姿を現した。
「おお!これはこれは!」
「やだもう恥ずかしい〜!」
磧さんが赤面して、朝日さんや観覧のお客さん達から笑い声が起こる。
「磧さん、一体この写真は!?」
「ん〜、1ヶ月くらい前に、中華料理屋さんで巨大餃子30分以内に食べ切ったら無料大食いチャレンジっていうのがやってたんで、ちょっと参加してみただけです!
まさか撮られてたなんて〜!」
なんて美味しそうな餃子なんだ。
お腹空いてきた。でも我慢しなきゃと、己の食欲と格闘する事、数分。
ついに、アタシの写真が公開される順番になった。
「それでは、続けて山岸さんのお写真、いってみましょうかー!
どんな写真が出てくるのか、楽しみですねー!」
「もう、やめて下さいよぉ。」
テンションの高い朝日さんに合わせて、アタシもそれに合わせたリアクションをする。
横目に、磧さんの口元が緩んでいるのが見えた。
「……。」
「それじゃあ、山岸さんのオフショット、オープン!」
朝日さんは勢い良く、写真を隠すシールを剥がした。
そして出てきた写真は当然、アタシと白狐ちゃんが部屋に入っていくシーン。
一応、一般人の白狐ちゃんの顔には、黒い目線が入っている。
一瞬、スタジオの全員が、どういう事だと戸惑ってた。
「んー、ええっと…、山岸さん?この写真は、一体どういうシチュエーションですか?」
訳が分からないといった様子で、朝日さんがアタシに聞いてくる。
彼が戸惑うのも当然、こんな展開、台本には何も書かれてなかったんだし。
「…こ、この写真に写ってる子って、小学生の女の子じゃないですかぁ?」
いかにも困惑している表情を作っている磧さんが、ポツリとそう言った。
女優なだけに見事な演技力で、何も知らずに驚いている風を装っているけど、事情を知っているアタシから見れば、なんと白々しい事か。
「ほう、小学生の女の子、ですか?
だとするとこの子は、山岸さんの親戚の子かなにか…」
「いえ、アタシの恋人ですッ!」
「え゛ッ!?」
アタシが躊躇いなく言い放ったその一言に、スタジオの全員が驚きに目を見開いた。
完全に不意を突いたアタシの突然の断言に、あの磧さんでさえ口を開いて呆気に取られてる。
「こ、ここ恋人、ですか?え、いや、ちょ、小学生、うんんッ!?」
連続して訪れる想定外な展開に、ベテランである朝日さんでも処理しきれずにいた。
場内がざわつき、下手すれば放送事故にもなりかねないけど、あとアタシに出来るのは、白狐ちゃんの事を信じるのみ。
白狐ちゃん、お願い…ッ!
「…えっとぉ、小学生の女の子と山岸さんが付き合ってるって事でしょう?
それって、色々とマズイんじゃ…」
「五月蝿い黙れッ!」
アタシを陥れようとする磧さんの言葉を遮るように、アタシの大好きな人の声がスタジオに響いた。
その場の誰もが、声の聞こえたスタジオの袖へと注目する。
「カイちゃん、お待たせ。」
「白狐ちゃんッ!」
そこには、走って来て息を切らした様子の番組プロデューサーと、その横に凛と立つ白狐ちゃんの姿があった。
◆◆
生放送開始の少し前。
私、尾藤白狐は、急いでカイちゃんのいるテレビ局へと向かっていた。
電車を乗り継ぎ、テレビ局の最寄り駅から全力ダッシュで駆け抜ける。
こういう時こそ不変力の出番で、いくら走っても疲れないよう疲労度を不変にしてあるので、常に全力ダッシュが出来る。
とは言っても、疲れなくなるだけで身体能力が上がる訳じゃないので、そこまで速くはないんだけど。
周囲の人や障害物を避けなくちゃいけないし。
それでもなんとか、テレビ局には辿り着けた。
もう生放送は始まっている。急がなくては!
しかし、テレビ局の中に入ったはいいものの、ロビーに肝心の〝あの人〟がいない。
「クッソ、一体どこに…ッ!」
「もしもし?君、ママかパパとはぐれちゃったのかな?どこから来たの?」
「…あ!?え、えっと…?」
私がロビーで頭をキョロキョロとしたり、ウロウロと挙動不審な動きをしていたら、受付のお姉さんに声を掛けられてしまった。
お姉さんはしゃがんで私と目線を合わせてくれて、とても親身になって私を迷子と勘違いしている。
でも当然、知らない人に声を掛けられた私は、頭の中が真っ白になってしまう。
「あー、ちょい待って。その子は俺の知り合いだよ。任せてくれない?」
「え、山本さん?」
どこからともなく現れた清潔感のある爽やかな中年男性は、私が探していた人物、『真夜中の全開バラエティ』のプロデューサー、山本プロデューサーだ。
「話は山岸ちゃんから聞いてるよ。君が、尾藤ちゃんだね?」
「あ、はい。」
「じゃあ急いで来てくれ、もう放送が始まってる。」
「…はい!」
「俺も、磧のお嬢様には好き放題やられてるからな。
弱みを握られて、番組を半ば私物化されて、今回だってウチは深夜番組なのに、こうやって無理矢理昼間に生放送させられてる。
これだけでも、俺がどんだけ無茶したか…!」
「は、はぁ…」
山本さんに案内されている最中、彼から散々磧環に対する愚痴を聞かされた。
相当溜まっていたのか、やたらと歯軋りしている。
「でも、君らが今日で全部解決してくれるんだろう?
期待してるよ、君達にはね!」
「どうも…」
利害が一致したとはいえ、どこの馬の骨とも知れない私みたいな人間を頼らざるを得ないほど、この人は藁にもすがる気持ちだったのだろうか。
そう考えると、ちょこっと不憫に思えてくる。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが今行きたい都道府県は?
「…沖縄、かな?なんだかんだ、修学旅行すっごい楽しかったし。」
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