「お、コイツ新種の昆虫じゃない?」
「本当だ、見た事無いね。」
私の手のひらの上には、握り拳くらいのサイズのデカいカメムシみたいな昆虫が、ジッと大人しそうに乗っている。
体の色は虹のような極彩色で、非常に目立つ。
一体どういう暮らしをしている昆虫なのだろうか、知的好奇心が刺激される。
このように、手付かずのジャングルの中はちょっと歩いただけですぐに新種の生き物が見つかる。
まさに発見とスリルの宝庫で、いくら来ても飽きる事はない。
「でも、今回は昆虫採集が目的じゃないからな。
残念だけど、縁があったらまた会おう。」
そう言って、近くに木の幹に謎の昆虫を逃がしてあげた。
「おっと、その木の幹に今度は謎のキノコが。」
巨木の幹から、まるで魔女の帽子みたいに唾の広い傘を持つ、緑色のケミカルカラーなキノコが生えていた。
「そのキノコも初めて見るねー。
一応採集しておくね。」
食糧の確保は目的の一つなので、食べれそうな物は取り敢えず拾っていくスタイルだ。
後でまとめて毒味をしてみて、大丈夫そうなのから調理していく予定である。
「見るからに毒々しいキノコだけどな。」
「いやいや、そういうやつこそ、実は美味しかったりするんだよ白狐ちゃん。」
「だといいねぇ。」
そう返して、私は蛍光色のキノコを木の幹からもぎ取り、ポイッと肩掛けの頭陀袋に入れていく。
キノコの他にも、食材になりそうな物はどんどん入れていくつもりだ。
マニュアルも何もないこの時代じゃ、どんな物が最高の食材に化けるか分からないからな。
◆◆
「おっと、そろそろ着くんじゃないか。」
「うん、確かこの辺だったよね。」
「ほらほら、看板が見えてきた。」
私の指差す先には、道路脇に立てられた木製の看板がある。
例の目的地の場所を分かりやすくする為に設置した簡易的な物だけど、ちゃんと不変力の影響を与えているので綺麗なままだ。
看板に書かれた右側への矢印マークが、はっきりと確認出来る。
というか、周りがずっと同じ景色だから、これがないと絶対迷う。
「こっから道路を外れて、ジャングルの中を進んでいけば良いんだったな。」
「そうだけど、白狐ちゃん、くれぐれも油断しないでね。
集落の近くとはいえ、この辺りには危険な生き物や植物も生息してるだろうから。」
「アッハッハッハ、へーきへーき。
私らにかかればそんなの……いてッ!?」
ドンッ!と、後ろを向いて歩いていたら、何かにぶつかった。
「白狐ちゃん、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫。少し尻餅付いただけだから。
にしても、木にぶつかった……のか?」
私の目の前には、飽きるほど見てきた巨木が聳え立っている。
よそ見歩きをしてぶつかったのは、間違いなくこの巨木だろう。
だけど、何だろう。
硬質な筈の木の幹にぶつかった割には、感触が妙に柔らかかったような、弾力があったような、モフッとしてたような、違和感めいたものを感じる。
気になったので、触ってみた。
「何だこれ、木の幹じゃない……まさか、毛が生えてる!?」
「ッ!!白狐ちゃん危ないッ!」
カイちゃんが咄嗟に、私のパーカーのフードを引っ張った。
「ぐえッ!?」
フードが引っ張られた所為で首が絞められ、一瞬死んだかと思った。
「ゲホッ、うえェェェ!
な、何すんだよッ!」
「ごめん!けど、早く逃げよう!」
「は?」
カイちゃんがどうしてこんなに動揺してるのか理解出来なかったけど、もう一度木を見てみたらその理由が分かった。
木と私との間の空間に、何かがいる。
目を凝らしてよく見てみると、それは大柄な動物だった。
木の幹と全く同じ模様の体毛を持った獰猛そうな巨熊が、血走った瞳で私の事を見下していたのだ。
「う、うわァァァァッ!?」
私とカイちゃんは、同時に駆け出す。
熊の方も、獲物を逃すまいと追いかけてくる。
「クソッ!擬態してやがったのか!」
「白狐ちゃん!全速力で集落まで走るよ!」
「言われなくてもそうするわー!」
新種の擬態熊に追われながら、私達は目的地に向けて一目散に駆けていくのであった。
◆◆
「白狐ちゃん、あとちょっとだよ!」
「クッソぉ!諦めの悪いクマ公だなぁ!」
凶暴な熊のしつこ過ぎる追跡劇に辟易しながらも、何とか目的地のすぐ近くまで来れた。
すると、熊にも異変が起こる。
「よしよし、やっぱあのおっかない熊でも、流石にこれ以上は踏み込めないか。」
私達の目的地を恐れているのか、擬態熊は私達を追うのを諦めて、グオオ!と人間で言う悪態らしきものをつきながら、ジャングルの奥へと去って行った。
いやー、不変力があるとはいえ怖かったぞ。
「ふぅ、あんな熊がいるなんてビックリだったね。
昆虫とかなら分かるけど、まさか熊が木に擬態してるなんて、予想外だよ。」
「人類のいないこの時代じゃあ、私達の常識なんて通用しないってこったな。
ほら、トラブルはあったけど無事、目的地には着けたぞ。」
「やったね!」
目的地……ジャングルの奥地に突如出現するその場所は、途轍もなく広大な集落だった。
人間基準で考えると規模的には集落というより一つの町と言っても過言ではないけれど、〝彼ら〟にとっては集落のレベルなのだ。
その根拠として、草木を利用して作られた個性的な外見の彼らの家屋は、どれも巨人が住んでるのかと言いたくなるほどデカい。
中には高層ビル並みに背の高いものも存在する。
「うはー、いつ見ても壮観だねー。」
「ハハ、そうだなっちゅうばァッ!?」
突然、私の顔面がヌメヌメした何かに撫で回された。
柔らかいその物体はとても弾力があり、私の顔を丁寧に撫で回しながらヌメヌメの粘液塗れにするのであった。
「白狐ちゃんのヌメヌメ、なんかエロい!」
「うっさい馬鹿!
ったく、ここの〝挨拶〟はやっぱ慣れないなぁもう。」
ヌメヌメ状態にウンザリしつつも、私は顔を上向ける。
その目線の先にいたのは、旧時代では有り得ない生物だった。
私達の何倍もある背丈……目測で恐らく10メートル近くはある体躯。
白い軟体ボディに、地を這う複数本の触手。
私達の目の前で佇むそいつは、超巨大なイカだった。
人類が滅亡してからしばらく経ったある時代、海から巨大なイカが陸に上がって来た。
彼らは大王イカが進化を遂げた新種の生物らしく、人間に匹敵する高度な知能を有し、新たな生息地を求めて地上に適応した生物になったらしい。
何故、生息圏として慣れ親しんだ海を捨て、陸地を選んだのかはよく分からないけど、圧倒的な体躯、頑強さ、知能を駆使して、あっという間に領域を拡大していったのであった。
当初は私もカイちゃんも驚きを隠せなかったが、彼らは非常に温厚な性格で、特に同じ知的生命体である私達には毎度手厚い歓迎をしてくれる。
さっきのように触手からヌメヌメを分泌して相手の顔に塗りたくるのは、彼らにとっての友好の意を示す挨拶だという。
無臭で揮発性が高くすぐに消えてしまうけど、あのヌメヌメの感触は未だに慣れない。
拒絶するのも悪いので、まあ一種の社交辞令として我慢するしかないわな。
彼らとは言葉こそ通じないものの、ボディランゲージなどのコミュニケーションを通して意思疎通をし、そこそこ仲良くやれている。
私はからっきしだが、カイちゃんは彼らの扱う言語を勉強中で、まだ全然カタコトだけど少しずつ喋れるようになっているらしい。
流石はカイちゃんだ。
「ー〜ーーーー。」
出迎えてくれたイカ人(私達はそう呼んでいる)が、何か喋っている。
電子音声みたいな不可思議な声だけど、カイちゃんは集中して聞き取っている。
「……えっと、歓迎するからゆっくりして行けって。」
「そっか、じゃあお言葉に甘えますかな。」
という訳で、私達は巨大イカ達の集落にお邪魔するのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな想像上の生物は?
「クラーケンかな!大きくて食べ応えがありそう!」
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