「よーし、押すぞ?」
「うん!いっちゃって!」
例のスイッチは協議の結果、私が代表として押す事になった。
恐る恐る、緊張で震える手をスイッチに近付ける。
「…本当に押しちゃうぞ?」
「うん、頑張って!」
プルプルと、緊張が高まる。
「本当の本当に押しちゃうぞ!?」
「もういいから一思いに押してくれたまえ!」
皆が痺れを切らしていそうだったので、勇気を振り絞ってスイッチを力いっぱい両手で押し込んだ。
「ん?何も起こらな…」
ピーーーッ!
と、時間差で耳障りな警告音みたいなのが、部屋中に鳴り響いた。
「何だこれ!うるさッ!」
「あッ!カプセルの液体が減ってるぞ!」
レンちゃんが両手で耳を塞ぎながら、カプセルの方に注目している。
つられてそっちを見てみると、彼女の言う通りカプセル内の培養液みたいな液体の水位が、徐々に低くなっているのが確認出来た。
恐らく、カプセル内の底に穴でも開いて、そっから排水されているのだろう。
液体は1分程で全て排水し終わり、それと同時に喧しい警告音もピタリと止んでくれた。
「お、おおぉッ!?」
驚きに身を震わせている私達を他所に、空になった円筒形のカプセルは、前半分がスライドして開き、中で尻餅をついたまま眠っている宝石の女性が露わになった。
「……えっと、こっからどうすればいいの?」
困惑しているのは、当然ながら私だけじゃない。
4人揃って顔を見合わせて、この状況に対してどう対応すればいいのか分からないでいる。
「うむぅ…我々に聞かれてもねぇ…」
「取り敢えず、その人を放置したままにするっていうのは不味いんじゃないかな。」
「確かにそうだけどさ。」
カイちゃんの意見ももっともだ。
この宝石の女性が生きてるのか死んでるのかも分からないけど、生きてた場合は保護しておかなきゃ色々と不味いだろう。
何より、この地下帝国(仮)や不変力、影人間について知る為の重要な鍵になるかもしれない人物なのだ。
死んで貰ってはこっちが困るってもんよ!
「そうだな、お持ち帰りしますか。」
満場一致で、私の家に連れ帰る事にした。
◆◆
体力のあるカイちゃんとレンちゃんが交互におんぶして、宝石の女性を私の家まで連れて来た。
まだまだ起きる気配が見受けられないので、昔、私のお母さんが使っていた部屋のベッドに寝かせておいた。
「なかなか起きそうにないし、今日はこれで解散しとこうか?」
「まあ、そうだね。」
ツジが賛同し、レンちゃんも首肯する。
「白狐ちゃん、本当にこの人の様子を見るの、任せちゃって大丈夫?
アタシの家でも良いんだよ?」
カイちゃんが気を遣って言ってくれるけど、私はそれを断った。
「いいんだよカイちゃん。
なんかコイツは、私が面倒見なきゃいけない気がするしさ。」
そう言って、宝石の女性に布団を掛けた、その時だった。
「………ッ!」
「うをォッ!?」
突然その女性が目を覚まして、ガバッと勢い良く起き上がったのだ。
私は思わず、腰を抜かして尻餅をついた。
「なッ!」
「お、起きちゃった!?」
皆が驚き警戒している中、宝石の女性は寝惚けているかのように細めた瞳で私達を見回す。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓?」
「ううッ!?」
その口から放たれたのは、言語というより音だった。
それも、とびきり不快な甲高い怪音。
思わず耳を塞ぎ、本能的に拒絶してしまうような音だった。
「…な、なんて声なんだ。」
私達の様子を見て、宝石の女性は少し動揺しているようだった。
そして口を少しモゴモゴさせた後、再び口を開く。
私達は一斉に身構えた。
「……う、えっと、失礼しました。
貴女方の言語に合わせて喋るのを、忘れてしまいました。
なにぶん、この肉体に戻ったのも随分と久し振りなもので。」
「…あ……え…?」
「し、喋ったァァァァ!?」
私の絶叫が、家中に響き渡った。
「あの、まずはあの場所から解放して頂いたお礼をしないといけませんね。
どうも、ありがとうございました。」
「あ、いえ、どうもご丁寧に。」
取り敢えず客間に移動した私達。
並んでソファに座っている私達に対して、長テーブルを挟んで宝石の女性が向かいに座っている。
宝石の女性は随分と礼儀正しい人物で、今もお礼を言いながら深々とお辞儀をしている。
凄い綺麗で謙虚な人だし、今のところ悪い異星人とかには見えないんだよな。
というかそもそも、そういうの抜きにしても私は不思議と、この人に対して微塵も警戒心を抱いていない。
他の3人は大なり小なり警戒しているようにも見えるけど、私だけはどうにもそういう気持ちになれない。
普段ならそんな事無いはずなのに、どうしてなんだろうな。
「うーん、貴女に聞きたい事は山のようにあるんだけどねぇ。
なにぶん、起きたばかりだろうし、最低限の簡単な質問だけでもさせて貰って構わないかな?」
ツジが、カウンセラーみたいに優しい口調で聞く。
「ええ、構いません。」
「と、その前に我々の自己紹介が先だね。
私の名前は京ば…」
「京終辻音さん、でしょう?
存じています。」
不意打ち気味にツジの名前を言い当てられ、私達は揃って動揺する。
「……何故、私の名前を?」
「上木戸蓮香さんに、山岸海良さん。」
「うッ!?」
「えッ!?」
今度はレンちゃんにカイちゃんの本名を言い当てる。
「こうしてお会いするのは初めてですね。
皆さんの事は、そちらの白狐さんから何度もお聞きしています。」
全員の視線が、一斉に私に集中した。
「はあッ!?ちょ、私ぃ!?」
「白狐ちゃん、この人と知り合いなの?」
「いやいやいや、んな訳ないじゃん!」
必死になって否定する私に向かって、宝石の女性は柔和な笑みをこちらに向けている。
「いえ、白狐さん。
貴女はワタクシの事を、よく知っている筈です。」
「……え?」
宝石の女性と眼が合う。
その瞬間、脳裏にとあるビジョンが過ぎり、私は全てを理解した。
「まさかお前、あの影人間か?」
「ええ、そうです。
ワタクシの肉体を見つけて下さり、本当に感謝しています。」
ずっと喉につかえていた小骨が、ようやく取れたかのようなスッとした気分だった。
「いやーいやいや、私の夢に出て来たあの影人間?」
「はい、あの影人間です。」
「いやいやいやいや!全然別人じゃん!
見た目も喋り方も全然違うじゃんッ!」
「ああ、あの姿は便宜上必要だっただけの、仮の姿です。
喋り方は……そうですね、何と言えばいいのやら…」
宝石の女性は、少し口籠もりながら…
「あの影人間の姿になると、多少人格が捻じ曲げられてしまうのです。」
「じ、人格が?」
「あれはまだ、試作品でしたから。」
「うん?よく意味が分からないんだけど。」
あの影人間は一体何だったのか。
話を聞けば聞くほど、訳が分からなくなってくる。
「あれは……そうですね。
貴女方で言うところの、宇宙服みたいなものでしょうか。」
「宇宙服?」
私の頭の中に、大量のカプセルに入った影人間の群れが浮かんだ。
あれはまさか……
「皆さんはもう、あの施設で大量の影人間を見たでしょう?
あれは全て、開発途中の影人間です。
時間が足りなくて、まともに稼働出来たのはワタクシが使っていた1体のみでしたが。」
稼働と言ってもあくまでも試作品で、不具合も多かったと。
そう付け加えていた。
「成る程、じゃあさっき言ってた人格が変わるってのも、不具合の一種なのか?」
「ええ、そうです。」
どうりで影人間の時とキャラが違う訳だ。
詳しくは分からんけど、そういうもんらしい。
「ところで、貴女の名前って聞いてないよね?」
カイちゃんが宝石の女性に聞いた。
そう言えばそうだったな。
聞きたいことが多過ぎて、質問が渋滞を起こしていた。
「名前、ですか。
えっと、そうですね……。
地球人っぽい発音で名乗るのでしたら、リグリーという名になりますね。」
何十億年も前からの付き合いがある影人間。
その名前がようやく判明した瞬間だった。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きなお酒は?
「いや、私はお酒飲めないって。
ちょびっと飲んだだけでへべれけになって、意識朦朧になっちゃうからな。」
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