結婚式やろうよ宣言の日から、数日が経った。
その日の前日、カイちゃんから準備が完了したとの連絡が入った。
つまり今日が、結婚式当日という訳だ!
私のソワソワ度が一層強まってきた。
〝ソワソワ〟という単語が、私の周りで可視化されてそうな程のソワソワ具合だ。
まだ朝起きたばっかりだってのに、こんなんで身が保つのか?
「あーもう、早く迎えに来てくれよ〜。」
朝になったらカイちゃんが迎えに来ると言われたので、自宅の玄関近くのリビングでソファに座りながら待っている。
服装はいつも通りで大丈夫らしいので、いつも外出する時に着ているラフな格好だ。
さっきからソワソワを少しでも落ち着ける為に、黒糖味の飴ちゃんを舐めまくっている。
落ち着け。
落ち着いてくれ私の心!
ピンポーン。
と、チャイムが鳴った。
「来たかッ!?」
立ち上がり、まずは深呼吸。
何とか平常心を取り戻して、玄関に向かう。
「……か、カイちゃん?」
恐る恐る扉を開けると、私の家の庭園に、信じられないものが置いてあった。
「………は?」
今まで見た事ないサイズの巨大なカボチャが、目の前にある。
いや、よく見たらこのカボチャ、車輪が両側面に付いているし、扉や窓らしきものも付いている。
極め付けは、カボチャを輓いている二頭の白馬。
「……ま、まさか、カボチャの馬車?」
夢現かと思って目を擦ってから再確認したけど、やはり目の前には二頭立てのカボチャの馬車が、私が乗るのを待っているかのように構えている。
私の家の庭園が洋風な造りなのも相まって、まるで御伽噺の世界に迷い込んだかのようだ。
「白狐ちゃん、おはよう!」
馬車の扉が開き、中からカイちゃんが姿を現した。
カイちゃんは手早く馬車の中から筒状に畳まれたレッドカーペットを取り出して、それを私と馬車との間に転がすように敷いたのだ。
随分と手慣れた動き!
まさか、この為だけに練習でもしてたのか!?
「お、おぅ……おはよう。」
怯んでしまい、普通の挨拶しか返せなかった。
いやいや、それで良いんだよ!
私は普通。
普通に振る舞おう。
「ささ、乗って下さいお姫様。」
そう手招きするカイちゃんの服装は、意外にも私と同じで普段着だった。
まあ、カイちゃんの服装は普段着でも充分オシャレなんだけど。
でもカイちゃんの事だから、気合い入れ過ぎて身長の3倍くらいはある宝石ゴテゴテの超ド派手なドレスでも着て来るのかと思ってた。
そんなのが自宅に来たら、流石にドン引きだけどな。
「ハハ…お姫様、ねぇ。」
そんな風に乙女チックな感じで扱われるのも珍しい。
でも、たまにはこうして女の子扱いされるのも嫌いじゃない。
カイちゃんのキザな言動のお陰で、少しはソワソワも治まった気がする。
「ささ、お手をどうぞ。」
カボチャの扉から身を乗り出したカイちゃんが、微笑みながら手を差し伸べてくる。
どうやら、今日はとことん格好を付ける方針のようだ。
「ん、どうも。」
カイちゃんの厚意に応えて、彼女の手を握る。
見た目のインパクト抜群なカボチャの馬車は、内装もしっかりゴージャスだった。
ホント、こんなのどっから調達してきたんだよ!
馬車内は二人乗りで、座る場所はカイちゃんの座っている所と、その横のみ。
つまり、私は必ずカイちゃんの隣に座る事になるのだ。
「どう白狐ちゃん?驚いてくれた?」
「あぁ、まさかこんなシンデレラみたいな……驚きでものも言えないよ。」
「エヘヘ、ほら座って座って。」
「はいはい。」
カイちゃんに促されて、その隣の席に座る。
「それじゃ、式場に向けてレッツゴー!」
途端に、馬車がガタンガタンと動き出した。
「うおッ!勝手に動いた!?」
「安心して。
この馬車の馬は、本物に限りなく似せて作られたロボットだから。」
「マジで!?
いやホントどうやって用意したの!?」
「式場の倉庫に置いてあったから、借りただけだよ。」
「すげーハイテクな式場だな。」
そう言えば遠い昔、超リアルな動物型のロボットが日本で開発されていたような。
もしかしたら、それの仲間なのかもしれない。
結婚式場というものが今まで私とは縁遠いものだと思ってたから、そんな所まで調べたこと無かったな。
「フフ、今日はアタシが白狐ちゃんをエスコートするからね。」
「アハハ、お手柔らかに頼むよ。」
私は自然と、カイちゃんの体に頭を寄せる。
カイちゃんは、私の肩に手を回す。
それだけで心の底から安堵出来る。
うん、厄介なソワソワはもう跡形も無い。
◆◆
式場に着いた。
私達の町の中心地である駅の近くの大通り沿いに、大きく聳え立つ城のような建物。
今まで結婚というものを意識した事が無かった為、この建物は〝目の前を通り過ぎるだけのデカい建物〟程度の認識しかなかった。
しかし、今回はまるで話が違う。
これから私とカイちゃんは、この場所で結婚式を挙げるのだ。
その意味を、式場の目の前に来て改めて実感した。
ヤバい、ソワソワが再発してくるぞ。
「白狐ちゃん、手を。」
「あ、うん。」
差し出されたカイちゃんの手を取り、馬車を降りる。
「白狐ちゃん、緊張してる?」
「え、何で分かるの?」
「だって、手が汗ばんでるし。」
「あぁ…」
言われて、自分の手のひらを確認する。
確かに、汗が滲んでいるのが分かる。
そんな事にも気付けないくらい、緊張していたらしい。
「大丈夫だよ白狐ちゃん。
アタシが一緒だし、来る人もいつもの3人だけだから、緊張する必要は無いんだよ。」
子供をあやすように頭を撫でられて、少しは落ち着く。
うん、ずっと緊張してちゃカッコ悪いしな。
「よっしゃ、お陰で気合い注入されたぞ!
結婚式は気合いだッ!行くぞー!」
「な、なんかワイルドだねー白狐ちゃん。
よく分かんないけど、アタシも気合い入れていくね!」
「押忍!」
結婚式の緊張は気合いで乗り切る!
これなら行ける!行けるぞ!
◆◆
「ハッハッハ、メイクとお召し替えはこの私にお任せあれ!」
まず控え室に案内されたら、何故かツジが先回りして1人で待ち構えていた。
レンちゃんと一緒じゃないツジは、かなりレアだったりする。
「…つ、ツジちゃんがやるの?」
「うん、アタシが頼んでおいたんだー。」
「まあまあ、安心したまえ。
私は元からメイクの腕前には自信があるし、この日の為に保全シェルターの図書館で、結婚式に相応しいメイク術を習得して来たのだよ。」
つまり、本で学んだだけの知識で、実践経験はゼロって事か。
やっぱり不安だな。
ツジがメイク上手ってイメージも無いし、パンダみたいにされたらどうしよう。
「まあ、不安に思う気持ちも分かるよ。
でも、ここはひとつ、私の腕を信じてみてはくれないかい?」
私の心を読み取られてた。
顔にでも出てたのかな?
「ああ、分かったよ。
最高のメイクアップを頼む。」
「よし任された!」
カイちゃんが頼んだくらいだし、信頼してみるとしよう。
そして、1時間後。
「……凄い。」
「そうだね、予想以上。」
結果から言うと、ツジのメイクは完璧だった。
化粧っ気の少ない私が、まるで別人のように変身していた。
優美なウエディングドレスを身に纏い、普段はどう見ても子供な見た目の私が、格段に大人っぽくなっていたのだ。
そして、元から大人っぽいカイちゃんは、そんなツジのメイクで完全体の大人になっていた。
私とはちょっと違うデザインのウエディングドレスを着ている。
「カイちゃん、綺麗過ぎない?」
意識せずとも、そんな一言が口から漏れていた。
「そんなー、白狐ちゃんも可愛いよー!
て言うかキレー!
新たな宇宙が誕生するレベルでキレーッ!」
まあ、喋ったらいつものカイちゃんだわ。
当然な。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな童話は?
「ベタだけど、シンデレラかなぁ。
小さい頃、親によく読み聞かせて貰った思い出がある。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!