今、私は目の前の男性2人組に、チョンマゲを結っている怪しい女子小学生とでも思われているのだろう。
全く、怪しいのはそっちだと言うのに。
「び、白狐ちゃん、チョンマゲ可愛いよ。」
「……アリガトウ。」
うっさいわお馬鹿!もっとマシな言い訳無かったのか!
…いや、何も言えなかった私に、文句言う資格なんて無いな。
「でも、そこまで立派なチョンマゲなら、ちょっと見てみたいよな。」
「うん、確かに。気になる気になる。」
いや、そんなとこに興味持たないでくれ。
「…だ、ダメぇ!!女の子のチョンマゲはね、本当に大事な人にしか見せちゃいけないのッ!」
うっわ、またヘタクソな嘘が始まったよ。
何なんだその変な誤解を招きそうな苦しい言い訳は。
「…あ、そうなのか。ごめん。」
いやだから、信じるなよ!いや、信じてくれた方が都合が良いんだけども!
なんなんだコイツらは!疑う事を知らない、純粋無垢な大人なのか!?
「おやおや、何をしているのです、貴方達?」
「あっ、教祖様!」
…教祖様?
そう呼ばれて、いつの間にか私達の背後に立っていたのは、奇妙奇天烈な格好をした謎の人物だった。
声からして恐らく女性なんだろうけど、その出立ちは異質。
水色のローブのような衣服を見に纏い、何より目立つのはその頭部。
他の教団の人の服にプリントされている魚のイラストをそのまま象ったような、巨大なイワシ(?)の被り物を被っているのだ。
「ん?その人達は………ッ!?」
教祖様は、私とカイちゃんの姿を確認した瞬間、喉に何か詰まったみたいなリアクションを取った……ような気がする。
顔が隠れてるから、なんとも言えんけど。
何だ、私達の事を知ってるのか?
って、私はともかくカイちゃんは有名人だから、別に知ってても不思議でもないか。
「教祖様、彼女達は我らアンチョビ教団の尊き使命に共感の意を示して、ジャイアント(略)コオロギの捕獲に協力してくれている、心清き善良な少女達です。」
えぇ〜、なんか色々と脚色入ってないですかぁ?
完全にお金目的だから、どっちかと言うと薄汚い少女なんですけど。
うん、自分で言ってて悲しくなってきた。
「…そ、そうなのですか。ご協力感謝致します。
それで、何か進捗はありましたか?」
「いえ、申し訳ないのですが、それがまだ何も。
せいぜい、今時の若い女の子の間で、チョンマゲファッションが流行してるって事くらいしか…。」
「??チョンマゲ?」
おいおいィィ!何故その事を報告する!?
ほら、疑問に思った教祖様が私の頭に注目しちゃったじゃねーか!
「えっと、その頭は?」
「…その、最新のチョンマゲです。」
「……ふ〜ん?」
ヤバい、明らかに怪しまれてる。
流石にさっきの教団員ほど、チョロくはないって事か。
つーか、滅茶苦茶訝しげな表情をしたまま、至近距離で睨むようにチョンマゲ部分を見られてるんですけど。
いやだから、顔隠れてるから表情分からんけども!
多分そんな顔してるんだろうなーってのが、嫌でも伝わってくるわ。
なんて事を考えていたら、突然…!
「破ッ!」
「んおッ!?」
教祖様が、掛け声と共に私のフードを引っ掴み、思いっきり捲り上げた!
「これは…ッ!」
「あちゃ〜。」
やられた。
いともあっさり、バレてしまった。
私の頭上で堂々と鎮座しているジャイアント(略)コオロギが、怪しい教祖様と真っ向から向かい合ってしまったのだ。
「そんな!チョンマゲじゃなかったのか!?」
まんまと騙されていた男性信徒が驚いている。
「フフフ、そんなあまりにも時代錯誤なファッション、現代の若者がしている訳ないでしょう。」
全てを見透かしているかのような落ち着いた口調で、信徒を諭すように教祖様は言う。
まあ、そりゃそうだよね。
あの信徒達が特別なだけで、普通はあんな嘘に騙されないわな。
「…まあ、どうして嘘を吐いていたのか疑問ですが、この際不問と致しましょう。
そのジャイアント(略)コオロギさえお渡しして頂ければ、ね。」
「……くッ。」
成る程、目的の物さえ手に入れば、細かい瑣事はどうでもいいって事か。
こうなったら、いっそ逃げるしか…ッ!
「……おや?」
「ん?」
「そのジャイアント(略)コオロギ、随分と貴女に懐いているようですね?」
「うん、まあ、何故か。」
「……そうですね。でしたらその子は、貴女の好きなようにして下さい。」
「へ?」
どういう事だ?
ついさっきまで欲しがってた癖に、急に用が無くなったみたいだ。
「どうして急に興味を無くしたのか、気になっておいでですね?」
「そりゃそうだよ。」
「別に我々は、ジャイアント(略)コオロギをペットにしたり、研究解剖や食用にしたい訳ではありません。
ただ、実在するのかどうかを知りたかっただけなのです。」
「…意味が分からない。」
「分からなくて結構。たとえ説明したとしても、到底理解など出来ないでしょうから。」
「ふ〜ん。」
まあ、そんなん興味無いから別にいいけど。
どうせ、荒唐無稽でこの人達にしか理解出来ないんだろうし。
あとなんかやられっぱなしで腹立つから、一つ仕返ししてやろう。
「あっ!あそこの木の上に、ジャイアントジャンボクソデカビッグオオナメクジがッ!」
「何ですってッ!?」
アンチョビ教団御一同(同時に騙されたカイちゃんも含め)が、私の突発的な嘘にまんまと引っ掛かり、私が指差した樹上に注目する。
その隙を突いて、教祖様のイワシの被り物をガシッと掴んで、思い切り脱がしてやった。
「あぁッ!?」
突然の私の反撃に、油断していた教祖様は反射的に腕で顔を隠している。
「なッ、何をするのですかッ!」
「いやなんか、そっちが主導権握ってて気に入らなかったから……って、えぇッ!?」
腕を下ろし、露わになった教祖様の顔を見て、私とカイちゃんは驚愕した。
「……か、磧 環ッ!?」
教祖様の正体は、今から10年ほど前にカイちゃんに嫌がらせをしていた女優、磧環その人だった。
まさかの顔見知り!
彼女は私達に悪事を暴かれ、警察沙汰になって芸能界から姿を消して以降、完全に音沙汰無かった。
というか、私達も正直忘れかけていた。
「な、なんでお前がこんな所に!」
「…それはこっちの台詞ですよ。
まさか貴女達が、賞金に釣られてのこのことやって来るなんて、想定外でしたからね。
こんな偶然……いや、これもまた、アンチョビ神様の導きし運命なのですね。」
うーん、芸能界を追い出されて、ヤケになった挙句に変な宗教でも始めたって事か?
「まあでも、そんなに警戒しないで下さい。
別に私は今はもう、貴女方を恨んでなどいませんから。
むしろ、貴女方に破滅させられたお陰で、結果として素晴らしきアンチョビ神様に出会えたのですから、感謝しているくらいです。」
そう語る教祖様改め磧の表情は、実に恍惚そうな笑みを浮かべていた。
こいつ、ガチだなぁ。
これ以上関わりたくないし、早く帰る事にしよう。
「んじゃ、私達はもう帰るから。カイちゃん、行こ。」
「…う、うん。」
「フフフ、道中気を付けて下さいね。」
「……。」
カイちゃんが不敵に笑う磧を一瞥してから、私達はその場からさっさと退散した。
「これから、長い付き合いになりそうですね。」
去り際に磧が言い残した不穏な言葉の意味を知るのは、まだまだ未来の話だった。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの苦手な魚は?
「ゴンズイかなー。小さい頃に刺されちゃって。」
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