「…ハァ…ハァ…、こ、こっちだ!」
山本プロデューサーの先導の元、私はカイちゃんのいるスタジオに向けて全力疾走していた。
不変力のある私は問題無いけど、生身の山本さんはエレベーターを出てからずっとフルスロットルなので、かなり息切れしている。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、心配しないで。ちょっとばかり、日頃の運動不足が祟ってキッツいだけだから。」
「そうですか…。」
もし、不変力が無かったらと考えると、ゾッとする。
きっと、体力皆無な私は山本さん以上に動けなかっただろう。
「…つ、着いた!」
私達がスタジオに辿り着くと、今まさに撮影の真っ只中だった。
磧の写真が既に公開され、カイちゃんの写真がたった今公開された瞬間!
ギリギリのタイミングだった。
「あれ、山本さん!?途中で居なくなっちゃったから、ビックリしましたよ!」
「どこで油売ってたんですか?」
山本さんは何も言わずに現場を立ち去ったみたいで、駆け寄って来た他のスタッフ達から小声で心配されていた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと、我慢出来ないレベルの腹痛に襲われて、トイレに。」
「そうなんですか?変な物でも食べたんじゃないですか?」
「うん、そうかもね。気を付けるよ。」
山本さんがスタッフ達の視線を集めている最中、私は誰にも気付かれないように、コソコソと身を潜めながらカイちゃん達のいるセットへと向かう。
大丈夫、こっちのルートは人がいないから安全だと、山本さんに事前に聞いてある。
「こ、ここ恋人、ですか?え、いや、ちょ、小学生、うんんッ!?」
セットの方から、困惑している男性の声が聞こえてくる。
あれは確か、お笑い芸人のマーシャル諸島……だっけ?
いや、マーシャルアーツ朝日だ!深夜のバラエティとかでたまに見る。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
早く、自分の顔を隠す〝あれ〟を着けないと!
「…えっとぉ、小学生の女の子と山岸さんが付き合ってるって事でしょう?
それって、色々とマズイんじゃ…」
「五月蝿い黙れッ!」
憎っくき女の失礼な物言いに、思わず飛び出して一喝してしまった。
いや、別にそれはいいんだ。それまでは想定内の流れだから。
だから、こっからはノリで行くしかない。
行くとこまで、行くしかないんだッ!
「カイちゃん、お待たせ。」
「白狐ちゃんッ!」
カイちゃんが、私を見て満面の笑みを浮かべる。
当然、スタジオ中の誰もが、突然の闖入者である私に注目する。
いつもの私なら、ここで臆して尻尾を巻いて逃げ出していたかもしれない。
でも、今日の私は一味違うぞ!
何故なら…
「な、なんだあの狐人間はッ!?」
「狐…?あれ、猫じゃないの?」
「おいおい本番中だよ、勘弁してよ。
なんで子供が入って来てんの?」
そう、今の私は、正体を隠す為に変装しているのだ!
白い狐のお面を被り、白い狐の尻尾を付けている、お狐様。
まあ、本当ならお面だけで充分なんだけど、カイちゃんがどうしてもと頼み込んできたので、仕方なく不必要な尻尾も付け足された。
この変装には二つの意味があり、まず生放送に乱入するにあたって、私の顔バレを防ぐ意味。
もう一つの意味は、顔さえ隠せばどんなに注目を浴びても、私が恥ずかしくなくなるからだ!
だというのに、あの女は…!
「……。」
私は、ツカツカとカイちゃんに向かって歩いていく。
「来てくれたんだね、びゃっ…」
「お馬鹿ッ!名前を言うな!」
「あひんッ!」
全国生放送で、カイちゃんの頭を引っ叩いてしまった。
まあ、仕方のないことだ。
このままお馬鹿なカイちゃんに、私の本名を垂れ流させる訳にはいかないからな。
「えー、私の名前は『白銀のお狐様』である!
この度は、そこの猫被りの悪女、磧環に罰を与えるべく、馳せ参じた!」
「……えぇ?」
この場の誰もが事態を把握出来ず、目を丸くしている。
そりゃそうだろう。
こんな変質者がいきなり現れて意味不明な事を言えば、誰だってそうなる。
「ちょ、何してんの!カメラ止めて!」
「いや、止めるなッ!」
カメラを止めるよう指示を出そうとした女性ディレクターを、山本プロデューサーが制止する。
この流れもまた、想定通り。
「何言ってるんですか、山本さん!」
「いいからカメラを回し続けろ。ここからが本番なんだよ。」
「…はい?」
怪訝そうな表情のスタッフさん達を宥め、無理にでも生放送を続行させる。
これだ、これでいい。
「何なんですかぁ、この子?
悪いけど、関係者以外は入っちゃいけな…」
「五月蝿い黙れッ!その2ッ!」
「はあ?」
「先に言っておくと私の正体は、そこの写真に写っている、山岸海良が恋人と呼ぶ人物だ。」
その一言に、響めきが起こる。
本当は恋人じゃないけど、便宜上そういう事にしておいた。
カイちゃんめ、勝手な事ばかり言いおって。
「いやいやいや、まさかのご本人様?
こんな段取り聞いてないけど、本当にご本人なのかな?」
マーシャルアーツ朝日さんが前に出て、驚きつつも聞いてくる。
「ええ、本当です。出演許可はプロデューサーさんに頂いたので、何も問題ありません。」
朝日さんが山本プロデューサーの方を振り向くと、山本さんがオーケーサインを出す。
「…そ、そっか。いやぁ、ビックリしたなぁ。
生放送は、こういうサプライズもつきものだからねぇ!」
なんとか調子を取り戻してきた朝日さんが、番組を続行させようとするも、勿論〝あの女〟が黙ってる訳がない。
「あの、困りますよぉ。こんなの台本にも無かったじゃないですかぁ。」
想定外な私の登場で危険を感じたのか、不服そうな表情の磧が番組を中断させようと抵抗してきた。
当たり前ながら、これも想定内の流れ。
「ふ〜ん、嫌なら帰ればいいじゃん。番組の続行はもう決まっちゃったんだし、無理しなくていいよ。
ただ、そうしたらお前の悪事を暴露するに当たって邪魔が居なくなるから、私としては楽になるけどな!」
「なッ!?」
磧が一瞬、凄い形相で私を睨むも…
「…何言ってるんですかぁ、この子。
私の事、変な風に言わないでね。イメージダウンになっちゃうでしょ。」
すぐさま取り繕い、悪戯盛りな子供を諭すような柔らかな口調で、微笑みながらそう言ってきた。
しかし、その口調とは裏腹に、目は笑っていない。無言の圧を感じる。
ピンマイクや他の人の目がある以上、オーラ的なので私を威圧しようというのか。
だが、今更その程度で怯む私ではない。
この戦いには、カイちゃんと私の今後が掛かっているのだ!
「フン、あくまでもシラを切るつもりか。
じゃあ、早速だけどこれ、使っちゃうか。」
「え?」
速攻で勝負を決めるべく、私は自分のスマホを取り出し、とある音声ファイルを再生した。
『アンタ頭は良いみたいだし、今回の番組に私とアンタのゲスト出演が決まった理由、大体察しがついてるんでしょう?』
スマホから聞こえて来たのは、先程カイちゃんの楽屋で繰り広げられた、磧とカイちゃんの会話。
これが流れた瞬間、磧の顔色が一気に青褪めた。
「ちょっ、まさかッ!」
『どういう意味ですか?』
『どういう意味もなにも、分かるでしょ?
今日、アンタ潰すから。』
普段とは別人な、腹黒女の本性が曝け出され、磧は抵抗も忘れ愕然としている。
清純派女優として売り出している彼女にとっては、大き過ぎる痛手だろう。
というか、脅迫しているので普通に犯罪。警察沙汰だ。
「クッソ、録音してやがったのかよッ!」
音声を一通り再生し終わり、もはや本性を隠す気も無くなったのか、醜悪に顔を歪めながらカイちゃんと私を睨み付けてくる。めっちゃ怖い。
カイちゃんに持たせていたのは、去年私の部屋に仕掛けられていた花輪師匠の盗聴器。
それを私のスマホで音声を受け取れるように、弟のショウを東京まで呼びつけて、改良して貰ったのだ。
普通のスマホで録音するよりも遥かに音質が良く、これなら会心の証拠になり得るだろう。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが今行きたい都道府県は?
「今は、香川県で本場の讃岐うどん食べたい気分かなー。」
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