うーん、気合いは入れた。
エリザベちゃんを助けに行くぞって、気合いは入れたんだ。
「……。」
入れたけども、怖いものは怖い。
これはもうどうしようもないんだ。
現在、地下スラム8番街入ってすぐ。
目的地である11番街には地上から直で行けないらしく、この8番街から9、10、11と経由していかなければならないそうだ。めっちゃ面倒臭い。
いや、そんな移動の面倒臭さよりも遥かに厄介なのが、ここ地下スラムの住人達の視線だ。
老若男女が皆一様にボロ切れのような衣服を着ていて、私達の事を物珍しそうに観察している。
正直言って怖い。
こういう社会の裏側みたいな場所に足を踏み入れたのなんて初めてだし、周囲の人々の値踏みでもしているかのような視線の所為で、死ぬほど居心地が悪い。
私達とは距離を取ってフェルナンドさん達もついて来てるけど、怖いものは怖いのだ。
「白狐ちゃん、大丈夫だよ。
周りの人達とは目を合わせないで、話し掛けられても無視。
フェルナンドさんから聞いて道順は分かってるから、淡々と進んでいけば平気だから。」
私の隣りで、カイちゃんが囁くようにそう言った。
「…そ、そうだな。
今はエリザベちゃんを救出する事だけを考えればいいんだ、うん!」
「よし、その意気だよ。」
カイちゃんに励まされて、私も勇気が出る。
勇気が出たところで、改めて周囲の景色を眺めてみる。
この地下鉄が走っていたであろう線路が通っているトンネルのど真ん中には、両脇にここの住民の住居と思われるテントが無数に乱立し、謎の看板、謎の装飾、謎のオブジェクト、壁にペンキで大きく書かれている〝8〟の字、こっちを虚ろな目で見つめている住民達。
今が緊急事態じゃなければ、ここの人達がどういう暮らしをしているのか少し気になってたかもしれない。
なんか、ドキュメンタリーな画が撮れそうだ。
もしくは、犯罪的なのとか。
偏見的に聞こえるかもしれないけど、実際にここ来てみ。
その辺に落ちてる空っぽの注射器とか、空薬莢とか、壁に空いてる弾痕とか見てみ?
価値観変わるレベルの恐怖だから。
その辺のテントの中から時折聞こえる謎の呻き声が唯一のBGMだから。
不変力という強みがあるからこそ、何とか正気を保ててます。
「ほら、地図によるとここを進んですぐに9番街だね。
その更に先のエリアが10番街、その更に更に奥が11番街だよ。」
「くっそー、無駄に遠いなぁ。」
そんな遠い場所からはるばるエリザベちゃんを誘拐しに来たのか。
きっと、豪華客船の乗客を最初から狙っていたのかもしれない。
みんな、お金をたんまり持ってる金持ちが多いからな。
あと、スマホを使ってると強奪される恐れがあるらしいから、紙に書き起こした地図を使用してる。怖い。
◆◆
「…ふぅ…ようやく着いたな11番街。」
問題の11番街にやっとこさ辿り着いた。
そこはとても静かな場所で、人の姿は見る限り確認出来ない。
ただ、その辺のテントの中から無数の視線は感じる。
今までも異様な場所だったけど、このエリアは特にヤバみを感じる。
「長居は良くなさそうだな、さっさとエリザベちゃんを探そう。」
「うん!」
「とは言っても、これ以上は手掛かりが無いよなぁ。」
私達が握っている情報は、11番街に連れて行かれたという情報だけだ。
具体的に11番街のどこにいるのかはまだ分からない。
「なんだアンタら、人でも探してんのか?」
「うわッ!?」
突然背後から声を掛けられて、私とカイちゃんはビックリした。
振り返ると、そこにいたのは1人の小柄な年老いた男性。
見た感じ80代くらいだろうか、禿頭で顔はシワだらけだ。
どうしよう、無視するべきか?
「お爺さん、アタシ達日本から観光で来た者なんですけど、友人がこの11番街に誘拐されて探しているんです。
すみませんけど、この子って見てませんか?」
カイちゃんが躊躇無くお爺さんに歩み寄り、スマホの画面に映し出されたエリザベちゃんのホログラム写真を見せた。
コイツ、さっき私に話し掛けられても無視しろって言ったばかりなのに、迷う事なく話し掛けたな。
スマホも出してるし。
まあそれはいいとして、エリザベちゃんの写真をまじまじと眺めたお爺さんは、少しの間腕を組んで沈思黙考した後、突然「あっ!」と目を見開いた。
「何か心当たりあるんですか!?」
「…あぁ、そうだな。そう言えばついさっき、そんな感じの女の子を見たなぁ。
ここの住民じゃまず有り得ない、綺麗な服を着た育ちの良さそうな子を。」
お爺さんは含み笑いをしながらそう言った。
……なんで笑ってるんだ?
「その子はどこに行ったんですか!?
誰と一緒にいたんですか!?」
「まあ、ちょいと落ち着きなお嬢ちゃん。
こっから先の情報は課金制だ。タダで手に入る情報なんてここにゃねえよ。」
うぐッ、そういう事か。さっき笑ってたのは金になると思ったからか。足元見やがって。
「じゃあこれで。」
これまた躊躇無く、カイちゃんが財布からお札を幾らか手渡した。
おいくら万円渡したのかはよく見えなかったけど、お金を受け取ったお爺さんの目が今にも飛び出しそうなくらい驚いてたから、まあお察しだ。
「ほっほー!お嬢様方、こりゃあ失礼しました。
どうぞ案内させてくだせぇ。アハハハハ。」
お爺さんの態度が急変した。
ペコペコと手揉みをしながら猫背になるという、昔の漫画でしか見た事ないような媚び媚びスタイルだ。
「この写真のお嬢ちゃん、連れてかれたのは十中八九、ここの元駅長室でさあ。」
「元駅長室?」
「ええ、ええ。そこはここを仕切るギャング集団の拠点でして、お嬢ちゃんを攫っていたのはその構成員でした。
そっち方面に連れてくのをこの目で見たんですから、間違いない筈!」
「なるほど、それはかなり有力な情報だな。」
「お爺さん、もっと他に情報は?
その駅長室に入れる裏道とか!」
カイちゃんが質問するも、お爺さんが再び腕を組む。
「うーむ、無い事は無いと思うのですが……
なにぶん思い出すのも大変でして、何かこう、刺激的な物でも頂ければ脳が活性化して…」
そう言いながら、お爺さんがカイちゃんの財布が入っているバッグにチラッと目配せする。
このクソジジイ…!弱みにつけ込みやがって!
「分かったからはい!これで教えて。」
カイちゃんが更に課金を重ねる。
その光景を見て、カイちゃんがもしソシャゲにハマったらヤバそうだなとも思った。
「へっへっへ、毎度あり。
そうだ、正面から駅長室に行っても見張りがいますからねぇ、こっそり忍び込むにはこれしか無いんですわ。」
お爺さんが指差した先は、壁の上の方にある通気ダクトだった。
おいおい、まさかまたかよ。
「えっと…白狐ちゃん?」
「はいはい、行くよ行きますよ。
私にしか出来ない仕事だしな。」
あの通気ダクト、カイちゃんに肩車して貰えばギリギリ届きそうな高さだ。
それにこのダクトもカイちゃんは通れなさそうな狭さだし、どう足掻いても私が行く事になる。
「フッ、通気ダクトの達人と呼ばれた私の実力を見るがいい。」
「何その達人…」
達人云々は置いといて、カイちゃんに手伝って貰ってまずは通気ダクトに潜入成功!
後はここから少し真っ直ぐ進めば、元駅長室まですぐらしい。
そっからの行動は、私が実は簡単な作戦を練っておいた。
まあ簡単とは言っても、実にシンプル且つ安全で確実な方法だ。
「カイちゃん、そっちは任せたぞ。」
「オッケー!任された!」
通気ダクトの入り口から顔を出して、カイちゃんの笑顔を確認。
それから私は、元駅長室目指して通気ダクトを進んで行った。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな服装は?
「アタシが一目見て、オシャレって感じたものかなー。」
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