「…凄いね、これが本物の潜水艦。」
「うん、やっぱ圧倒される。」
かつて幾度にも渡る深海調査を行った潜水調査船、しんかい2000。
その展示スペースにも立ち寄ったのだけれど、その圧倒的な佇まいは、素人である筈のカイちゃんまでゴクリと唾を飲むほどだ。
「なんかこれを見ただけで、少しだけど深海のロマンっていうのが理解出来たかもしれない。」
「そうだろうそうだろう。
でも、こんなに立派な潜水艦を造って、何度も何度も探索しても、人類は未だに海の謎を10%も解明してないらしいからな。」
「ええッ!そうなのッ!?
もう殆ど解き明かしてるものかと…ッ!」
「甘いなカイちゃん。世界最大のマリアナ海溝だって、まだ奥底に到達出来てないから、何があるのか全く分かってないんだ。」
「ほえ〜、凄いね。全然知らなかった…。」
カイちゃん、目を真ん丸にして心底驚いているご様子。
今のカイちゃんならきっと、〝ロマン〟というものを理解している筈だ。
「それだよ、それ!
その、未知や不思議を前にして、胸の内に沸々と湧き上がってくる熱い情動こそが、ロマンなんだよ!」
「…こ、これがロマン。真のロマン…!」
「イエス!ロマン!」
少しの間、ロマンの味を知ったカイちゃんと盛り上がってたけど、不意にカイちゃんが顎に手を当てて、何かを考えだした。
「ほえ?どうしたのカイちゃん?」
「あのさ、白狐ちゃん。
人類が深海の調査に難儀してる理由って、強過ぎる水圧とか、低い温度とかなんだよね?」
「まあ、主にそうだね。それがどうかしたの?」
カイちゃんは、一呼吸置いて。
「それってさ、不変力使えばどうにか出来るんじゃないかな?」
「………え?」
「ほら、不変力でアタシ達に掛かる水圧とか、体感温度とか、その他諸々障害になるものを全部不変にして取り除いちゃえば、アタシ達が生身で深海まで行けるんじゃない?」
「………。」
……そんなん考えた事もなかった。
そうか、確かにどんなに危険な場所でも、不変力さえあれば簡単にクリア出来る。
今の今まで、平和な国日本でぐうたら過ごす事しか考えてこなかったから、そんな発想がついぞ生まれなかった。
今この瞬間ほど、自分の脳みそがちっぽけなものだと思い知った時はないぞ!
「…カイちゃん、お前…!」
「うん?」
「天才過ぎるッ!ナイスだぞナイス!
下手すれば、私達が人類史上初めてマリアナ海溝の最深部、チャレンジャー海淵を制覇した人間になれるかもしれんッ!」
私、興奮を隠しきれず、腰の辺りでガッツポーズ。
「おー!なんだかワクワクしてきたね!」
「まあ、今すぐって訳にはいかないけどな。
不変にしなきゃいけないものを事前に全部把握しておく必要があるし、行きはオモリでも持って潜れば良いけど、帰る時の手段もちゃんと考えておかないといけないな。
下手すれば、海底に沈んだまま地上に戻る手段を失って、海が干からびるか地球が崩壊するまで、ずっと海の底に沈んだままになりかねない。」
「ひええ、それは勘弁。」
「あと、巨大生物に喰われないように対策する必要もあるな。
死にはしないけど、その生き物が吐き出すか絶命して腐敗するまで、ずっと胃袋の中で生活しなきゃならんよ。」
「うわぁ、そんな斬新過ぎる新生活送りたくないよぉ。」
「何が起こるか、全てが未知数の世界だからな。
不変力一つでどうにかなるようなぬるい場所じゃあ、ないと思うよ。」
「うう、やっぱりシビアなんだね。世の中そう甘くはないかぁ。」
「でも、その発想自体はかなり良い線いってると思うよ。
実際、対策さえバッチリ準備出来れば、行けない事はないだろうからさ。」
普通の人類であれば、生身で深海探索なんて、考えすらしないような事だろう。
だけど、私には不変力という無二の超能力がある。
もしかしたら不変力は、こういう人類が本来成し得ない筈の難題を解決する為に、生まれた能力なのではなかろうか。
いや、だとしても荒唐無稽過ぎる能力だし、何故私に与えられたのかも謎だ。
最大の謎、そしてロマンは、不変力そのものなんじゃないのかとも思えてくる。
「ま、もし機会があったら、身近な東京湾にでも潜って練習とかしてみる?」
「うんうん!いいね!楽しみ!」
いやはや、私も楽しみだ。
ダイビング、昔から一度はやってみたいと思っていた。
でも、なんとなく陽キャ寄りスポーツなイメージがあって、なかなか手を出しづらい雰囲気があったのだ。
まさか、こんな形でダイバーデビューするかもしれないとは。
考えるだけで心拍数が上がってきた気がするぞ!
◆◆
「海って、凄いんだねぇ。」
「そう、海は半端じゃないんだよ!地球上でありながら、ある意味異世界でもあるんだよ!」
「異世界、かぁ。確かにあれだけのものを見ちゃったら、そう思えるかも。」
水族館を一通り回り終え、私とカイちゃんは外のベンチに座りながら、江ノ島大橋の向こうに見える江ノ島(島の方)を眺める。
「…あのさ、カイちゃん。」
「ん?もう帰る?」
「いや、逆。まだ時間たっぷりあるし、私がカイちゃんを連れ回してたからさ。
……こっからはカイちゃんの言う、デートってやつに付き合ってあげてもいいよ。」
なんとなく小っ恥ずかしくて、カイちゃんから目を逸らしながらそう言った。
私の視界にカイちゃんは収まってないけど、彼女が凄く喜んでいるのは、発せられるオーラ的な何かで感じ取れた。
いや、オーラって何よ。
「白狐ちゃん、それ本当ッ!?」
「嘘なんて言わないよ。
私のやりたい事はやれて満足したし、後の残った時間はカイちゃんのターンって事で。」
「やったー!こんな事もあろうかと、江ノ島での白狐ちゃんとのデートプランを、来る途中のバスや電車の中で約100通り以上脳内シミュレーションしといたので、その中でも最善のプランを実行させて頂きます!」
「いや、怖いわ。」
なんだコイツ、デートマッスィーンかよ、とか心の中で思いつつも、カイちゃんのデートプランとやらに付き合う事にした。
いや、デートって言っても、別にまだ恋人になった訳じゃないからな。
あくまでも親密な友人として、一緒に買い物や観光を楽しむだけだから!
それを簡単に言い表す単語として、便宜上デートって言葉を用いてるだけなんだからねッ!
◆◆
「江ノ島と言えばッ!」
「やっぱりしらす丼ッ!」
「アンド海鮮料理ッ!」
カイちゃんの江ノ島デートプラン、その1。
まず、その地の名物料理を胃袋に収めるべし!
まあ、食欲に忠実なカイちゃんらしいっちゃあ、らしいわな。
私も江ノ島グルメには興味あったし、正直言って嬉しい。
「釜茹でしらすと生しらすがほっかほかのご飯に絡み、そこから生まれる最上級のハーモニー!
アタシの五臓六腑に今、深々と刻まれました。」
しらす丼を食すカイちゃんが、深い感動を感じながらそう言った。
「何そのコメント。」
「食レポは何度か経験あるからね。」
「でも、そのコメントはなんか微妙。」
「うぅ、精進します。」
「よーし、じゃあ私が手本を見せてやるよ!」
「え、白狐ちゃんが!?」
カイちゃんが不安そうに見てくるけど、構わずに私流の食レポを披露する。
目の前のしらす丼。
ご飯の上に乗っているしらすは半分が白い釜茹でしらす、もう半分は半透明の生しらす。
それらを同時に掻き混ぜて食べる江ノ島名物は、まさに絶品!
「う〜ん、うまうま♪」
「……え?白狐ちゃん、それアタシの持ちネタパクッて……?」
「うん、パクった。」
「そんなに堂々と言われると、逆に何も言えなくなるッ!」
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの苦手な乗り物は?
「車かな。ゲームしてると酔うし。
不変力があれば大丈夫だけど、なんかなぁ。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!