「白狐ちゃん、少し話があるんだ。
大事な話なんだが、私とレンちゃん、そちらは君と海良ちゃんの4人で話し合いたい。
この後、時間取らせて貰っても良いかな?」
「え?良いけど…」
ツジとレンちゃんを自宅に招き、食事会の後、夜も更けてきたので2人を家に泊めた。
というか、2人がしばらくこの町に滞在したいと言ったので、数日間の間ウチに泊める事になった。
そしてその翌日の夜、今度はツジに呼び出された。
「大事な話って、どんな?」
「それは……まあ、後で話す時に言うよ……うん。」
ツジにしては、どうも歯切れが悪い物言いだ。
それだけ、深刻な話題を持ち出そうとしているのだろうか。
「分かった。じゃあ、皆がお風呂入ってからでいい?」
「オーケー!ありがとう。」
◆◆
所変わって、尾藤家大浴場にて。
「って事が、さっきあったんだけど。」
と、私の横で一緒に湯船に浸かっているカイちゃんに、ツジから呼び出しを受けた事を報告した。
ちなみにこの大浴場は我が家自慢の大浴場で、そのロイヤルさは高級ホテルにも匹敵する。
白い大理石の浴槽は広く、10人以上の大人が余裕で入れる程に広い。
古代ギリシャの建築様式を全面的に取り入れていて、細部まで凝った装飾、立派で美しい柱や壁に床、オリュンポス十二神を描いた荘厳な絵画のレプリカ(防水加工)が自慢だ。
この大浴場の造りは完全に私の両親の趣味なんだけど、私も結構気に入ってたりする。
悪くない趣味だと。
あと、大窓からはウチの庭園も見渡せるぞ。
「ツジちゃんからの真面目な話かー。
皆目見当も付かないねー。」
「だよなぁ。急にどうしたんだろ。」
「もしかして、『尾藤ちゃんが好きだ!欲しい!』とか言い出すんじゃッ!?」
「無い無い。」
「いやでも、白狐ちゃんって宇宙一可愛い生き物だし……。」
「じゃあそんな事言ってきたら、ツジと付き合っちゃおうかな。」
「それだけは絶対にダメー!」
カイちゃんに力いっぱい抱き締められた。
その立派な胸と腕に締め上げられて、呼吸困難に陥る。
「……ゃ…やめ……ろぉ……」
「あッ!ごめん!」
「ぶはー!」
すぐに解放はされたものの、不変力が無ければ死んでた。
全く、恐ろしい女だ。私の彼女は。
「ごめんね白狐ちゃん、苦しかった?」
「…ああ、物理的に苦しかったのと同時に、絶対に抗えない格差社会の厳しさを思い知ったよ。」
「?」
「カイちゃんってさ、意外と浮気には厳しいよな。」
「そりゃそうだよ!浮気ダメ絶対!」
「はいはい、私だってそんなん毛頭する気無いよ。冗談だって冗談。」
これは本心からの言葉だ。
私の脳内には、カイちゃん以外の人間に恋愛感情を抱くなんて選択肢は存在しない。
2000年以上付き合ってる彼女だし、今更というのもあるがな。
◆◆
「いやぁ、突然の呼び出しで悪かったね。
3人とも集まってくれて、まずは有り難く思うよ。」
私達は、ツジの頼み通り私の家の応接間に集合した。
テーブルの上には人数分のティーカップが置かれていて、その中にはツジが淹れた彼女オリジナルの紅茶が揺らめいている。
ちょっとしたお茶会みたいだ。
ツジ曰く、例の図書館シェルター内に多くの植物の種子を保存しているスペースがあるらしく、この紅茶はそこに保存されていた高級茶葉の種子を、ツジが自身のプチ菜園で栽培して作った物だそうだ。
あんまり詳しくない私でも、何となくその高級感は感じられた。多分。
「凄く良い紅茶だね。美味しい。」
用意された紅茶を一口啜り、正直な感想を漏らす。
程良い酸味が喉に心地良い、至高の逸品だ。
「だろう?我が菜園自慢のローズヒップティーさ。
お代わりが欲しければ、遠慮無く申し付けてくれたまえ。」
テーブルを挟んで反対側に座るツジは、自分の紅茶を褒められて機嫌が良さそうだ。
彼女の隣には、レンちゃんが真顔で着席している。
「あぁ、うん。
それで、今回呼び出した本題は?」
「うむ、そうだね。
今回は折り入って2人に……特に尾藤ちゃんにお願いがあるんだ。」
「え?私に?」
「そうとも、君にしか頼めない。」
そう断言するツジの表情は、至って真剣なものだ。
レンちゃんは何も知らないのか、頭の上に疑問符を浮かべているようにも見える。
私にしか頼めない事、か……
ん?まさか……!
「この際、勿体振らずに単刀直入に言おう。
どうか私を……それとあのシェルターを、君の力で不変にして欲しいんだ!」
…そうか、やっぱりそうきたか。
「ちょっと、ツジ姉ッ!?」
やはりレンちゃんは、ツジの相談内容を知らなかったのか、いきなりの事に動揺している様子だ。
対して、私とカイちゃんは冷静に黙考している。
「大変身勝手な要求だというのは、重々承知している。
こんなに良くして貰った上で、こんなに厚かましいお願いをするんだからね。
でも、君の力を一目見た時から、昔から夢見ていた己の願望に、抑えが利かなくなっているんだ!」
ツジは恥を承知で、頭を下げて懇願している。
不変力の事がバレたら、こういう要求をしてくる人はいるだろうなぁとは前々から予想していたけれど、まさかツジが頼んでくるとは意外だった。
何というか、永遠の命みたいなのには興味無いタイプだと勝手に思ってた。
でも本人は至って真剣だし、まず話を聞いておこう。
「一応聞くけど、願望ってのは?」
「私の望みは2つ、それも些細なものだ。
まず、我々の拠点でもあるあの保全シェルター。
あの場所は人類の至宝であり、後世に残しておくべき存在なんだ。
遠い未来、いつか人類が滅び、無人となった世界にも、人類が生きていた証として、あの施設を残して欲しいんだ。」
その気持ちは大いに理解出来る。
ていうかぶっちゃけ、頼まれなくてもあの場所はいつか不変にしようと思ってた。
人類の叡智の遺産という点でも、単に住居として利用しても、申し分無い最高の場所だし。
「あの施設の造りは強固なもので、本や備品にも全て特殊な保存用の加工がされているお陰で向こう1000年はあの状態を保つ事が出来る。
でも、永遠じゃないんだ。
いつかはあの施設が失われてしまうと思うと、胸が痛いんだ!」
「あーうん、それは全然構わないよ。
あの場所は保存しておくべきだと私も思うし。」
「そうか!ありがとう、感謝する!」
ツジは安堵の表情を浮かべているも、隣のレンちゃんは複雑そうな顔をしている。
「それで、もう一つは?」
「……そっちは非常に俗物的な願望になってしまうのだが、私自身を不変にして欲しいというものだが、理由は単純。
普通の人間である私の寿命じゃ、あのシェルターに保管されている本を全て読み尽くすのは到底不可能なんだ。
だから、それだけの時間が欲しい。それだけなんだ。」
「うーん、言いたい事は分かるんだけど…」
「ならッ!」
「でも、これはかなり重要な問題だよ?
1人で永遠に生きるっていうのが、どういう事を意味してるか分かる?」
私は元々、カイちゃんと出会わなければ1人で永遠に生きていくつもりだった。
ただ、今ではハッキリと分かる。
カイちゃんというパートナーがいなかったら、私はとっくに駄目になっていただろう。
それは、私じゃなくても同じだ。
大抵の人間は、1人で生きていく事は難しい。
生きていけるとしても、永遠にひとりぼっちだと、いつかおかしくなってしまうだろう。
まあ、正確には私とカイちゃんも離れた場所にいるけどさ。
「分かってる、覚悟もある!
全て承知の上で頼んでいる。」
「うーん…」
ツジの覚悟は固いようだ。
これは、ちょっとやそっとじゃ折れなさそうだ。
さて、どうしたものか…
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな四字熟語は?
「一笑千金!白狐ちゃんの笑顔は百億円!」
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