信仰というものは、時として毒にも薬にもなる。
人々の心の支えになるのが信仰というものの本来の在り方だと私は思うけど、方向性を間違えればアンチョビ教団のように、世界をも滅ぼす最凶の凶器にもなり得るのだ。
そして今回、私達はその信仰心を思いっきり利用させて貰う事になる。
「海底2000マイルの神様……いえ、白狐ちゃん大明神様!
このような奇跡を起こせる貴女様は、我々がずっと探し求めていた神様に違いありません!」
「確かに。先程までのご無礼、どうかお許し頂きたい!」
「はっはっは、気にすることはない。
白狐ちゃん大明神様は大海原の如く寛大なハートの持ち主。
その程度の無礼なんて、じゃんじゃん許してしんぜよう。」
なんか勝手な事言っちゃってるなコイツ。
まあ許すけどさ。
「取り敢えずまずは、君達アンチョビ教団の本部に案内してくれないかな。
ここから近いのかな?」
「あ、いえ、本部は元・東京跡地にありますので、そこそこ距離があります。
ここから少し歩いた所に汚染地帯移動用の車両が置いてありますので、そちらにお乗り下さい!」
まるで先輩ヤンキーのお世話をする後輩ヤンキーの如く、2人組の教徒は私達を車へと案内してくれた。
私達が乗って来たスーパーキャンピングカー置きっ放しだけど、多分大丈夫だろう。
◆◆
汚染地帯移動用車両というのは、なかなかにイカつい見た目だった。
一戸建ての民家くらいの大きさがあって、まるで戦車のような分厚い装甲、周囲360度をいつでも攻撃出来るような武装で身を包んでいる。
タイヤも戦車みたいに巨大なキャタピラで動いている。
厳重にロックされた扉を開けて貰うと、今度は狭い通路で徹底的な洗浄作業が待っていた。
服を脱いだ後、薬剤入りのシャワーで何度も体を流し、専用のモップみたいな物が自動で私達の体を洗っていく。
まさか、全裸でこんな洗車みたいな事をされる日が来るとは思ってもみなかった。
2人組は防護服があるから、だいぶ早く終わるらしいけど、私達は生身なので倍くらい時間が掛かった。
元々防護服有りきで活動するのが当たり前だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけども!
そりゃ生身で汚染地帯に入って平気な人類なんて、想定してる方がおかしいもんな。
ようやく洗浄が終わったかと思ったら、今度は徹底的な検査。
汚染物質が残ってないかとか、健康状態に異常は無いかとか、実に様々な面でチェックされた。
故に、ちゃんと腰を落ち着けるまでに1時間近く掛かった。
気持ちは分かるけど、実に面倒臭い。
しかも、本部に着いてからも更に入念な検査があるというからしんどいもんだ。
こちとら神だぞ!神!
◆◆
本部があるという東京に着いた。
久々にやって来た東京の街は、今やかつての活気は無いに等しい。
殆どの場所が瓦礫に塗れて廃墟と化していたけれど、このアンチョビ教団本部の周辺だけは例外だった。
ちゃんとに汚染物質の除去がなされていて、割と人の姿も多い。
建物はボロっちい掘立て小屋みたいなのが多いけど、充分に人が住めるようになっているようだ。
「どの人も妙に笑顔だな。」
私とカイちゃんは窓から外の様子を眺めつつ、ヒソヒソ声で会話している。
「まあ、ここも宗教の街になっちゃったから、そういう特色が出てるのかもね。
貧しくても、アンチョビ教団の教えがここの人達の生きる糧になってるんだと思う。」
「うーん、そこは宗教の良い所なのかもしれないけど、何しろアンチョビ教団だからなぁ。」
「悪い部分が多過ぎるから、不安に思えるよね。」
「アンチョビ教団に対する不信感は、きっと永遠に払拭出来ないな。」
「うん。だからこそアタシ達がどうにかしなきゃ。」
「?」
このいつになく真面目な顔、カイちゃんは何か企んでいるようだ。
まあ、わざわざ彼らの神を騙ってまでここまで来た訳だから、タダじゃ帰らないんだろうけど。
一体何をしようとしているのか、楽しみにさせて貰うとしよう。
◆◆
「本部すげー。」
「そうだねー、予想以上。」
アンチョビ教団本部は、まるで巨大な要塞だった。
今乗っている汚染地帯移動用車両に更に武装をゴチャゴチャ足して、何百倍にも拡大したかのような……東京ドーム何個分の大きさなんだろうか。考えるのも億劫だ。
非常に無骨でイカつい本部の正面入り口をスルーして、少し外れた場所にある別の入り口から入る。
「あれ、正面から入らないの?」
「ああ、それはですね、汚染地帯から帰還した車両専用の入り口があるからですよ。
この車両に搭載された自動洗浄機能によって、車両に付着した汚染物質はほぼ100%除去されるのですが、僅かに残っている可能性もある為、こちらの入り口で徹底洗浄する決まりになっているんです。」
くつろぐ私達のそばで控えている女性信者が、カイちゃんの疑問に答える。
彼女はもう既に防護服を脱いでいて、白いローブに身を包んでいる。
長い黒髪でなかなかの美人さんだ。
年齢的には、二十代前半くらいだろうか。
「へぇ、そうなんだ。」
「ほら、もう始まったみたいです。」
トンネルみたいな入り口に入るなり、四方八方から車両目掛けて洗浄液のシャワーが噴射された。
自動で動くモップで万遍なく綺麗にされて、ガソリンスタンドの洗車を大幅にパワーアップさせたみたいだ。
元々自動洗浄されていた為か、今回はそんなに長くはなかった。
けど、車から降りてからがまた大変だった。
事前に言われていたから覚悟はしていたけど、私達の衣服と身体の洗浄と検査がとにかく長く、時間が掛かった。
不変力のお陰で汚れてないから時間の無駄だっていうのに。
◆◆
「それではここからは私、鹿原が正式に案内させて頂きますね。」
汚染地帯で出会ってからずっと一緒にいる女性信者の人が改めて名乗り、私達の案内役となった。
私達が洗浄と検査を受けている最中、先に済ませた彼女が本部の入り口でお偉いさんに報告した後、私達を案内しなさいと指示されたらしい。
大役なのか、緊張しているようだ。
いや、この人が緊張してるのはずっとか。
「どうも、よろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ!
とは言っても、案内する教祖様のお部屋までそこのエレベーターに乗って、降りてから真っ直ぐ進むだけですから、ほんのちょっとの付き合いですけど。」
遂にアンチョビ教団の今代の教祖様とご対面か。
まだ顔も名前も教えられていないから、不安でいっぱいだ。
この教団には、良いイメージは全然無いからな。
過激で危険思想の持ち主なのが容易に想像出来てしまう。
まあ、こっちにはカイちゃんと不変力っていう二大切り札がある訳だし、いざとなったらそれらを駆使して逃げれば良いのだ。
◆◆
やたら長いエレベーターに乗って最上階まで辿り着いた。
エレベーターから降りると長い廊下が続き、まるで水族館の水中トンネルのように蒲鉾状のガラス張りトンネルが続き、周囲は巨大な水槽となっていて、数多くの魚や水棲生物が自由気ままに泳ぎ、暮らしている。
これだけ見たら見事な物だと感服すべきなんだろうけど、外の景色を見てしまった以上、もう少し下々の人々の暮らしを良くする為にも、こんなん作るよりもすべき事があるんじゃないかと思ってしまう。
邪推する訳じゃないけど、こんな風に豪勢な場所に住んでる権力者は、ロクでも無い奴らばかりだ。
ゲームの悪役も、大体そういうのが定石だし。
「す、凄い立派な場所だなぁ。」
でも、本音を押し殺して一応褒めておく。
「でしょう?この通路は、月に数回は一般開放されているんです。
その時には、沢山の人で溢れかえるんですよ。」
自慢げに語る鹿原さん。
まあ、少しでも人々の気晴らしになってるんなら、有りなのかな?
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんがカッコいいと思う二字熟語は?
「うーんと、『割賦』かな。意味はともかく、字面と響きがカッコよくない?」
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