「沖縄、着いたねぇ。」
「うん、いい天気。」
空港から外に出て、カイちゃんが開口一番そう言ったので、私も適当に返しておいた。
事前に天気予報を確認したところ、運良く修学旅行の期間中は、沖縄県全域は好天に恵まれているとの予報が出ていた。
にしても、逆に天気が良過ぎて暑過ぎる。
早速南国の洗礼を受けていると言ったところか。
私みたいなガチインドア派には、この暑さはちと堪える。
「え〜と、まずはこっから国際通り近くのホテルに寄って、荷物整理や先生の挨拶。
それから2クラスごとにバスに乗って琉球村だね。」
野茂咲さんが、旅のしおりを読みながらそう言った。
彼女は班の中で一番しっかりした人なので、すっかりリーダー的存在だ。
私から見ても適任だと思う。
新藤君はというと、普段と変わらない体温低そうなポーカーフェイスなので、いまいち感情を読み取りにくい。
というかそもそも、女子3人のグループに1人だけ男子が投入させられて、今更だけど彼は居心地悪いんじゃなかろうか。
班のメンバー決めの抽選会は、なるべく男女比が2:2になるようにされていたんだけど、必ずしもクラスの男女の人数差が同じではない為、こういった班が出てくるものなのだ。
彼にとってこの修学旅行が黒歴史とならないよう、経験者である私が出来るだけフォローしてあげよう!
なんてカッコつけてるけど、私なんかが力になれる訳ないよねー、ハハ。
◆◆
ホテルでの予定を済ましてから、バスに揺られてしばらく、沖縄の伝統文化や芸能などに触れ合えるテーマパーク、琉球村へ到着。
ここでの主な目的は、サーターアンダギー作りの体験学習だ。
班ごとに分かれて、それぞれスタッフの人に調理手順を教わりながら、せっせと作っていく。
「美味しそう…」
生地を油で揚げていたら、隣に立って見ていたカイちゃんが小さな声で呟いた。
その声色に、奇妙な感覚を覚える。
カイちゃんの目の色がいつもと違って、美味しそうに揚げられているサーターアンダギーを、酩酊しているような瞳で凝視しているのだ。
ちょっ、怖いんだけどこの人。
一抹の不安を覚えながらも、やがてサーターアンダギーは出来上がる。
さて、早速実食の時間といこうじゃないか。
「お、美味い。」
「おいしー、けどサーターアンダギーって、カロリー高くて太っちゃうなぁ。」
先に食べた新藤君と野茂咲さんが、それぞれ感想を口にする。
確かに野茂咲さんの言う通り、サーターアンダギーは砂糖を油で揚げた、美味しいけれどカロリーの塊みたいな食べ物だ。糖質もヤバい。
だけど、私はそんな事気にする必要がない。
不変の力さえあれば、カロリーも健康も一切気にせず、好きなものを好きなだけ食べる事が出来るのだよ。ハッハッハ。
ただ、あんまり食べ過ぎるとまた悪目立ちしてしまうから、程々にしないといけない。
今日は朝っぱらから酷い目立ち方をしてしまったので、これ以上事態を悪化させないように細心の注意を払わなければ!
…そう考えてたらまた緊張してきて、何だか尿意を催してきた。
「…ちょっとお手洗いに行ってきます。」
「はいどうぞ〜。」
野茂咲さんに見送られ、しばしの間おトイレにGO!
◆◆
「ふぃ〜。」
トイレで用事を済ませてからサーターアンダギー作りの場所まで戻ると、異変が起こっていた。
「?」
なんだか、ザワザワしてて人だかりが出来ている。
しかも、ウチの班の所じゃないか。嫌な予感がするんだけど。
「すげーな山岸さん。一体どんだけ食うんだ?」
「いくら美味しいとはいえ、サーターアンダギーをこんなに…!」
「口の中パッサパサだろ。」
うわー、もう嫌な予感ゲージがMAXを振り切りました。
「うまうま♪」
人だかりの中心では、カイちゃんが幸せそうな笑顔でサーターアンダギーを頬張っている。
口の中に入れてる分プラス、両手にもそれぞれ一個ずつ。
「もうこれで30個目突破するぞ!」
30ッ!?
「よし、私からも一個あげる!」
「うまうま♪」
サーターアンダギー無限爆食マシーンと化したカイちゃんの目の前に、更に追加でカリッカリに揚げられたサーターアンダギーがずんずん積まれていく。
もう見てるだけで胸焼けしそうな光景だ。
私がトイレに行ってた、たった数分の間でカイちゃんが完全なモンスターと化していた。
「うまうま♪」
いや、うまうま♪じゃねーよ!
駄目だコイツ、完全に理性を失ってやがる。
確か去年、デャスコのフードコートで爆食した時に自重しろって言ったのに、全然反省してないな。
気持ち的には今すぐ思い切り引っ叩いて、足の裏を舐めさせて、きちんと反省するまで徹底的に分からせてやりたいところだけど、人目につきまくるこの場では到底不可能。
だから私は、戻る事にした。
トイレに。
「私は無関係、無関係。」
ほとぼりが冷めるまで自分にそう言い聞かせながら、こっそりトイレに避難しておこう。
◆◆
「あのさぁ…」
「ごごごごごめんなさいィィ!!」
自由時間になったのを見計らって、スマホを使いカイちゃんを人目の付かない場所に呼び出した。
パーク内の隅の方、木陰になっている場所だ。
単独行動について野茂咲さん達には、カイちゃんが適当に誤魔化しといてくれた。
「全く、あんなに私がいる側で目立つなって言ったのに。
いくら言っても分からないお馬鹿な雌犬には、もう体で分からせるしかないよなぁ。」
「うへッ!?ここでご褒美頂けるんですかッ!?」
カイちゃんが、正座をしながら犬みたいにハッハッしている。
フフフ、これだよこれ。やっぱりカイちゃんはこうでなきゃ。
このみっともない女を思う存分蹂躙してやりたいところだけど…。
「お馬鹿ッ!こんな所でやる訳ないだろ!見つかったらどうすんだよ!」
「うぅぅ、お預けプレイってやつですかぁ。これはこれで…。」
私は、カイちゃんから献上された詫びサーターアンダギーをムシャムシャ頬張りながら、アホな犬みたいになってるカイちゃんを見下している。
うまうま♪
「にしても、カイちゃんって昔からあんな大食いキャラだったの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、ね。
ほら、今まで仕事の関係でプロポーション維持する為に、食生活にはかなり気を遣ってたから。
ずっと我慢してた分、その反動ってやつかな。」
「あぁ、そう言えばモデルやってるんだったね。
あったねー、そんな設定。」
「設定じゃないからッ!」
カイちゃんの高校生読者モデルという職業は、私みたいな人種からしたらまるで未知の異世界だ。
だけど、多くの人々に見られる仕事である以上、きっと普通の人の何倍も見た目に気を使うのであろう事は、私でも分かる。
そうじゃなきゃ成り立たない仕事だし、その為にカイちゃんは、私の知らない所で大変な努力と節制をしてきた筈だ。
だから、カイちゃんの爆食癖はぶっちゃけ大目に見てやりたいけれど、私もなかなか素直になれないものだなぁ。
「ま、今日の夕飯はホテルでバイキングらしいから、その時にでも沢山食べなよ。」
「うん、そうだねッ!沖縄のバイキング楽しみー!」
今たらふく食ったばかりなのに、まだまだ食べ足りないご様子だ。
ったく、一体誰がこの子をこんなにしちゃったんだ。って、私か。
「白狐ちゃんは優しいねぇ。」
急に、カイちゃんに頭を撫でられる。
「おい!急に何して…ッ!?」
「ウフフ〜、たまにはいいじゃな〜い。」
あーもう、だからもう少し人目を気にしろよコイツは!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きなテレビ番組は?
「アニメと、動物が出てる番組かな。
あ、動物って言っても可愛いペット系じゃなくて、大自然の中で生きてる系のやつね。」
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