「カイちゃん、ごめん。」
「へ?どうしたの急に。」
「カイちゃんがドMだからって、ネズミ講にハマってるとか想像しちゃって、ごめん。」
「そんな失礼な想像してたのッ!?
流石に、お金を毟り取られるようなプレイは、アタシには無理だよぉ。」
そうか、それを聞けてひとまず安心した。
もしもその領域に踏み込んでいたら、いよいよ救いようがなくなってくるからな。
「まあ、そんな妄想は置いといて、今日はアタシが企画した、白狐ちゃんカラオケ誕生日パーティを、目一杯楽しんでいってよ!」
「お、おう。」
そう言われても、私はカラオケでの作法なんて何も知らない。
なにせ、まるっきり初めてなのだからな。
「え、えっと、確かあの電話機でフードメニューを注文して、この謎の機械で曲を入れるんだったっけ?」
以前読んだ女子高生の日常系4コマ漫画で仕入れた知識だ。
ギリギリ覚えていて良かった。知識は力なり。
「あ、でも、電話で頼むなんて私みたいなコミュ障には無理だ!詰んだ!」
「大丈夫だよ、白狐ちゃん。最近のはこっちの端末からでも注文出来るから。」
カイちゃんが苦笑いしながら、選曲用の機械端末によく似たものを渡してきた。
確かに画面を見てみると、唐揚げやらポテトやらが映し出されている。
「ちなみにこのお店のスペシャルパーティコースだから、どのメニューも食べ放題だよ!」
「ふおお!凄い!唐揚げとかだけじゃなくて、ラーメンとかもあるのか!」
きっと、この程度で驚いている私は、カイちゃんみたいな陽キャからしたら原始人みたく見えているのだろう。
だけど、それは無理からぬ話なのだ。
突然現代にタイムスリップさせられた北京原人の如く、私にとっては目に映るもの全てが新鮮なのだから。
カラオケボックスなんて、漫画やアニメの中にしか存在しない空間だと思ってたレベルだからな。
「よし!それじゃあフードメニューの注文は私に任せろ!
カイちゃんは、心置きなく歌ってていいから!」
「いやいや、何言ってるの!?白狐ちゃんも歌うんだよ!」
「ええ!そうなのッ!?カラオケって、スクールカースト上位の人間だけが歌う権利を得られて、それ以外の人間はフードメニューの注文と合いの手を入れる義務のみが与えられるんじゃないのッ!?」
「だからそんな封建時代の日本みたいな所じゃないんだって!
身分に関係無く、みんなで歌ってワイワイすればいいんだよ。
そもそも、身分なんてもの自体が存在しないからね!アタシだけ例外で白狐ちゃんの奴隷だけど。」
カイちゃんが、こんな事も知らないのか的な呆れてるような顔で説明してくれた。
そっか、よく考えたらそうだよな。この令和の時代に、誰も身分なんて気にしないよな。
「…ちょっと不安なんだけど、白狐ちゃん、歌は歌った事あるの?」
「なに!?馬鹿にするなよ!歌くらい、時々風呂に入りながら歌ってるわ!」
「あー、そっか。それならこれで、白狐ちゃんがお風呂で歌ってる曲を探して入れてみてよ。」
そう言って、カイちゃんは選曲用の機械端末を手渡してきた。
成る程、コイツの画面をタッチして、曲を検索すればいいのか。
「うーん、ゲームの曲はそこまで多くないんだな。」
「それはまあ、仕方ないね。カラオケの機種にもよるけど。
有名な人が歌ってるやつなら、あるんじゃないかな?」
「お!でも、私が一番好きな曲はあったぞ!」
「え、どれどれ?」
「この、『蒼き地平の果てで』って曲。
私が大好きなRPGの、コーラルアドベンチャーズって神ゲーがあるんだけど、それのエンディング曲。」
「へぇ〜、気になるから歌ってみてよ。」
「うぅ、あんま自信ないけど、いってみるか。」
人前で歌なんて歌った事ないから、当然だけど恥ずかしい。
けど、カイちゃんにここまでお膳立てして貰った手前、断るのも悪い気がする。
とどのつまり、私に歌う以外の選択肢は残されていなかったのだ。
「ぬぐぅ、緊張するなぁ。」
「深呼吸深呼吸!」
カイちゃんに促されて、スーハーと深呼吸を二回。
うん、よく考えたら観客はカイちゃんだけ。
これならいける!と、思考がクリアになるのを感じ、イントロが終わったと思ったら、自然と口が開いていた。
「蒼き地平の果てで〜♪君の視線を感じた〜♪」
「……。」
「いつかまた約束の場所で〜♪君の声を聞けたら〜♪」
「……。」
ゲーム本編のサッドストーリー感を全面的に押し出した、物悲しい雰囲気のバラード曲。
カイちゃんは意外なほど無表情で黙り込んだまま聞いているので、反応が無いのが不安に感じる。
もうちょっとワーキャー言いながらハイテンションになるのかと思ってただけに、これは想定外の事態だ。
まあ、バラード曲でハイテンションになられるのも、困りものだけどさ。
でも、なんとかペースを乱さずに最後まで歌い切る事が出来た。
初めてのカラオケにしては、途中で詰まらなかっただけ上出来なんじゃなかろうか。
「……ふぅ、カイちゃん、どうだった?」
歌い切った達成感を感じつつ、カイちゃんの顔を見てギョッとした。
おいおい、この子もしかして泣いてる?
「ちょっ、カイちゃん!?なんで泣いてんのッ!?」
「……あ、あえ?えぇッ!?泣いてるの?アタシ、泣いてた?」
「うん、泣いてた。正直引くわ。」
「うう、ごめん。でも、それだけ白狐ちゃんの歌が上手すぎて。
お世辞とか贔屓無しでハッキリ言うけど、白狐ちゃん天才だよ。歌の。」
カイちゃんの感想は、予想以上に私の歌唱力を過大評価したものだった。
また私に対するお世辞かと思ったけど、真剣な彼女の表情から察するに、本気でそう思っているようだ。
「いやいやいやいや、いやいやそんな馬鹿なバナナ。
それ絶対にカイちゃん補正入ってるって。天才とか有り得ないから。」
とか言いつつ、内心ちょっぴり嬉しかったりするんだけれど。
「有り得なくないし、補正でもないからッ!
嘘だと思うなら一回、動画サイトに歌ってみた動画を投稿してみなよ!
絶対人気出るから!」
「イヤだよそんな恥ずかしい!」
自分の歌声をネットの海に垂れ流すなんて、冗談じゃない!
天地がひっくり返ったって、私がそんな事する訳ないだろ!
「ムム〜、白狐ちゃんの歌声、本当に凄いのに!
プロの人に指導して貰ったら、もっと光り輝くと思うよ!」
「だからイヤだって!
たとえ本当に私の歌声が凄かったとしても、私自身は目立つのとか苦手だから無理なの!」
「……うぅ、そっか、そうだよね。ごめんね無理言って。
でも、いつか気が変わったら言ってね。
知り合いに頼んで、白狐ちゃんを歌姫に変身させちゃうから!」
「はいはい、そんな日がきたらいいね。」
適当に返事を返しておいたけど、やっぱりカイちゃんの瞳は本気のやつだ。
そんなに私の歌声って良いものなのか?
自分じゃそういう自覚が無いから、実感が湧かないぞ。
◆◆
「うまうま♪」
「……。」
「うまうま♪」
「…まあ、こうなるのは容易に想像出来たわ。」
フードメニューを大量に頼んだカイちゃんが、それをペロリと平らげる光景。
もう、見慣れた光景だな。
「ひゃっこふぁん、ほえとほれもおうひいよ!(白狐ちゃん、これとこれも美味しいよ!)」
「ああもう、そういう食べ過ぎた人がよくやるベタな喋り方はいいから、店側が赤字にならない程度に食べなよ?」
「ふぁーい!(はーい!)」
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きな色は?
「やっぱり白金色かな。ほら、白狐ちゃんの髪を思い出せるし。」
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