「レンちゃん…」
レンちゃんの想いを真正面から受け止めたツジは、しばしの間真剣な表情で考え込んだ後、口を開いた。
「…レンちゃんの気持ちは理解した、うん。
ただ、私も正直頭の中がこんがらがって混乱している状況なんだ。
だから、一度じっくりと考える時間をくれないかな?
私は私で、真剣に熟考してから答えを出したいんだ。」
ツジらしい、堅実で無難な答えだ。
確かに、しっかりと考える時間は重要だろう。
「…分かった。
ワタシも急にこんな事言って悪かったし、じっくり考えて欲しい。」
「フフ、ありがとう。」
ツジは微笑みながら、恭しく会釈をする。
どうやら時間の猶予を得たお陰で、普段の調子が戻ってきたみたいだな。
「……。」
「ただ、私が答えを出すまでは、今まで通りに接して欲しいんだけどねぇ。」
「うん、了解。」
「それじゃあ、尾藤ちゃん達の元に戻ろうか。
突然出て行ってしまったから、きっと2人とも心配していると思うよ。」
「いや、その必要は無いから。」
「え?」
レンちゃんが、じっとりとした目付きで私とカイちゃんが隠れている生垣の方に視線を移してきた。
いきなり睨まれて、こちらもギクリとする。
「歴史の勉強になったよ。
2000年前の日本じゃ、覗き見が流行りだったんだな?うん?」
そう言いながら額に青筋を浮かべているレンちゃんに、私もカイちゃんも戦慄した。
完璧に隠れていた筈だったのに、レンちゃんほどの武の者には難無く見破られてしまったようだ。
「…あ、いえ……見ちゃっててスミマセン。」
私とカイちゃんは、両手を挙げて降参の意を示しながら、大人しく生垣から出た。
ツジは気付いてなかったようで、「なッ!?」と驚いていたけど。
「全く、良い趣味してるな。」
「ごめんごめん、つい気になっちゃって。
どこから気付いてたの?」
カイちゃんがそう聞く。
「どこからって……最初から。
海良はともかく、白狐の方は気配丸出しでバレバレだったから。」
「うぇッ!?マジでか!」
まあでも、そう言われても仕方無いわな。
私には別に気配を消す心得とかがある訳じゃないし。
てか、レンちゃんの察知能力が異常過ぎるんだよ!
「アハハハ、そうか……全部見られてしまったか。
いやはや、これじゃあもう格好も付けられないな。」
苦笑しながらツジはそう言う。
「まあ、色々あったけど、取り敢えず答えが出たら私の所に来なよ。
不変になるのを推奨はしないけど、別に止めもしないからさ。
私としては、永い人生の話し相手が増えるってのも、あんま悪い気はしないし。」
それに不変力は、最大出力にさえしなければ、後に解除する事も出来ない訳じゃない。
昔に比べて幾分か微調整も出来るようになったし、もしも遠い未来、この力の所為でツジかレンちゃんの心が折れるような事があれば、その時は私が責任を持って永遠を終わらせてやろう。
私は一人、胸の内でそんな決心をした。
◆◆
「しかし、思ったより早かったな。」
その日の夜、私とカイちゃんが部屋にいるところに、ツジとレンちゃんがやって来た。
まあ、1時間ほど前、夕食を食べた後にツジから「後で大事な話があるから」と言われていたので、おおよそ察してはいたけど。
「レンちゃんとしっかりと話し合ってきた。
両者共に同じ考えだったから、あまり時間が掛からなかっただけだよ。」
「そっか。
よし、ここじゃなんだし、一旦別の部屋行こっか。」
私の寝室を離れて、昼間4人で話し合った応接間に、再び4人で集まった。
配置は昼間と変わらない。
「それで、どういう結論になったんだ?
先に言っておくけど、どんな結論でも私とカイちゃんは、友人としてその考えを尊重するからな。」
「ありがたい、いや本当に。」
ツジは一礼して、私の顔をまじまじと見つめる。
「それでは改めて、私とレンちゃんを不変にして欲しい。
これが、我々2人で出した結論だ。
白狐ちゃん、君に頼みたい。」
「ああ、オッケー。
それと、あの図書館もな。」
「うん、そちらもお願いしたい。」
よし、これにて今回の話に取り敢えずの決着が着いた。
私はツジとレンちゃん、そしてあの保全シェルターとその中身を全部不変にして、私達には新たな友人が出来、そのお陰であの図書館を自由に利用出来る。
互いにWIN-WINな取引と言えるだろう。
私が不変にするのなんて、実質ノーコストだし。
この2人とは気が合いそうだし、良き友人となってくれるだろう、きっと。
◆◆
「それじゃ、お言葉に甘えて今日も尾藤ちゃんの家に泊まらせて貰うよ。」
「うん、もう幾らでも泊まってって構わないぞ。」
「いや、流石に明日には一旦帰らせて貰いたいな。
不変にして貰うにも、善は急げというやつだよ。」
「ん、了解。」
「そしたら、車2台で行こっか?」
突然、カイちゃんがそんな提案をしてきた。
「え?どうして?」
「ほら、折角ツジちゃんとレンちゃんと仲良くなれた訳だし、アタシの持ってる車を1台あげようかなって思って。
そうすれば、2人も来たい時にアタシ達の所に来れるでしょ。」
笑顔でそう言うカイちゃんを前に、ツジとレンちゃんは驚いていた。
「…た、確かに車があれば便利だとは思うけど………良いのかい?」
「良いの良いの。
アタシの家に行けば昔買った車が沢山あるし、どうせ殆ど使ってないから。」
「そうだったのか……いや、本当にありがたい。」
「でも、2台目は誰が運転するんだ?白狐か?」
レンちゃんのその問いに、場の空気が凍りついた。
「いやいやいや、私は車の運転なんてした事ないぞ!」
運転は今までずっとカイちゃん任せだったから、経験なんてからっきし無いんだぞ!
勘弁してくれぃ!
「あー……その点については、ほら。
なんとか頑張って貰うしかないでしょ。」
「私がッ!?」
そんな今更運転の練習しろとか言い出すのか!?
「いやいや違うよ、ツジちゃんが。」
「えぇ?私かい?」
名指しで呼ばれたツジがポカンとしている。
「だって、車をあげるって事は、これからも運転する機会があるって事でしょ?
だったら、運転の練習をしとかなきゃ。
レンちゃんは運転するにはまだ若過ぎるし、ツジちゃんに頑張って貰うしかないよね。」
カイちゃんがそう説明すると、ツジは「ふむ…」と腕を組んで少考した後、再び口を開いた。
「確かに、それは道理だね。
何事も練習は大事だし、道も覚えておいた方が良いだろう。
フフ…ようやく私の見せ場が回ってきたという事だね。」
見せ場て。
まあ、さっきからツジは格好悪い場面が多めだったから、そろそろ挽回したかったんだろうな。
楽しそうで何より。
「よし、明日の予定も決まった事だし、今日はここらで解散して寝るとしよっか。」
◆◆
その日の夜、眠りについた私は夢を見た。
随分と久し振りに見る、宇宙空間に放り出される夢だ。
久々の無重力体験を楽しんでいると、これまた久々の〝アイツ〟が来た。
「やあ、元気だったかな?」
「…まあ、それなりに。」
全身真っ黒の影人間。
目的も正体も何も分からないけど、あんま悪い奴って感じは無いからあまり警戒する気にもならない。
そもそも、私の夢の中なんだから警戒もクソもないんだがな。
「初めて、不変力を君の恋人以外の人に使ったんだね。」
「んー、そうだな。」
多分、あの2人が最初で最後になるだろうけどな。
「君のその選択が、今後世界にどんな影響を与えるのか。
今から楽しみだね。」
「影響、ねぇ…」
「……。」
「え?それだけ!?」
「それだけだけど。」
「あ、そう…」
久々に出て来たから重要な事でも言ってくるのかと思いきや、なんか肩透かしを食らった気分だ。
ま、話が早く終わればその分宇宙遊泳を楽しむ時間が増えるから良いんだけどさ。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな天気は?
「やっぱり気持ちの良い晴れかなー!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!