「白狐ちゃん、キャンプ行こ?」
「え?絶対嫌だ。」
私の部屋で一緒にゲームを嗜んでいたカイちゃんが、いきなりゲームからは程遠い発言をかましてきた。
私の答えは当然、ノーに決まっている。
「うぅ……やっぱり。」
「この私が、そんなTHE・アウトドアなもの、進んで行く訳ないだろ。
キャンプなんて、面倒臭い上に陽キャの温床みたいなとこあるじゃん?
娯楽と文明に骨の髄まで染まりきったこの私には、永遠に縁の無いイベントだな。
だから行かない。行きたいならお一人でどうぞ。」
カイちゃんには悪いけど、絶対に行きたくないからキッパリと断っておく。
「うひ、その突き放すような物言いにはちょっと興奮しちゃうけど、アタシもすぐには退かないよ。
白狐ちゃんに断られるのは、勿論想定してた事態だから。」
「ほほう?そこまで言うなら、私が行きたくなるような〝何か〟があるってのか?」
私が自らキャンプに行きたくなるなんて、それはもうよっぽどの事だぞ。
「うん、そうだね。
今回アタシが提案するのは、〝おうちキャンプ〟だよ!」
カイちゃんは拳を握り締めて自信満々にそう言うも、興味の無い私にはどうもピンとこない。
「…はい?……おうち?」
「そう、おうちキャンプ!
その名の通り、自宅の敷地内でやるキャンプだよ。
家の中や庭にテントを張ったり、バーベキューしたり。
勿論、部外者はいないからアタシと白狐ちゃんの2人きりだよ。」
「ふーん。」
「もっと興味持ってー!」
「そう言われてもなぁ。
おうちだなんだと言われても、やっぱ人には向き不向きが有るというか…。
どうせ、テント張ったりする作業とか、バーベキューセットの準備とか食材の調達とか、色々と面倒な要素てんこ盛りって事でしょ?
その時点でどうも、体が拒否反応を示してるんだよね。
カイちゃんと2人なら、こうやってゲームしてるだけでも充分じゃん?」
そりゃあ、自宅でやるんならカイちゃんと2人だし、気楽に出来るのかもしれない。
でも、だからと言ってキャンプとかいう面倒なプロセスを踏む意味が私には理解出来ない。
「フッフッフ。」
「…なに?」
ここまでキッパリと断ったのに、何故か不敵に微笑むカイちゃん。
なんだ、予想以上に私に拒否られたから、おかしくなっちゃったのかな?
だとしたら悪い事したな、謝るか。
「フッフッフ、白狐ちゃんがそうやって断るのも、ちゃんと予測済みだよ。
伊達に、長い付き合いしてないからね。」
「む?まだ何かあるのか?」
「うん!白狐ちゃんが面倒臭がるのも見越して、もう既に尾藤家の庭に全て準備済みです!」
「……はぁ!?」
私の背筋に悪寒が走る。
それと同時に、私はほぼ反射的に窓へと駆け出し、外の様子を見た。
眼下の庭には、確かにテントやバーベキューのセットらしき物が配置されていた。
「コイツ、いつの間に…ッ!」
こんな既成事実作りやがって!
なんて卑怯なんだ!
「…まあ、白狐ちゃんがどうしても嫌だって言うなら、折角持って来たけど全部片付けちゃうね。」
しゅんとするカイちゃん。
「あっぐ……、ズルいぞホント。
そんな顔されたら、めっちゃ断りづらいじゃん。」
カイちゃんがたまに見せるズル賢いところ、出やがったか。
「あーもう、分かったよ。
わざわざキャンプ場行くよりは、自宅の方が千倍マシだろうしな。」
というか、ここまで既に準備してあるんなら、キャンプというよりはむしろグランピングに近いのでは?
という疑問は野暮ったいので伏せておこう。
「やったー!白狐ちゃんならそう言ってくれると信じてたよー!
ささ、そうと決まったら案内するから、ついて来てついて来てー!」
よっぽど嬉しいのか、子供みたいにはしゃぎながら私の手を取り、テンション高めで先導していくカイちゃん。
「案内って……ここ、私の家なんだけど。」
「細かい事は気にしない気にしない!」
…まあ、程々に付き合ってやるとしよう。
◆◆
「うっわ……引くほど本格的に作ってるなぁ。
何がここまでカイちゃんを突き動かしてるの?」
いざ庭に出てみると、素人目に見てもその手の込みようは理解出来た。
簡易的なものではなく、中での快適な暮らしに特化した大型のテント。
バーベキューセット一式に加えて、食事スペースである丸太で作られたテーブルと長椅子、それに木製の食器類。
本当に、いつの間にこんなのを人ん家の庭に用意してたんだ!?
つーか気付けよ私!
どんだけゲームに夢中になってたんだ!
「そうだねー、やっぱり白狐ちゃんへの愛が成せる業、なんじゃないかなー?」
「へー、そう、ヨカッタネ。」
カイちゃんの愛を軽く受け流しつつ、私はテントの内部を入り口からチラリと覗いてみた。
中は結構な広さで、私の部屋くらいあるかもしれない。
そしてそこに、寝袋が2つ置いてある。
ただそれだけ。
「え、寝袋しか置いてないの?」
「うん、そこはやっぱりキャンプだし、あんまり物を置き過ぎるのもなーって思って。」
「スペースもったいなッ!」
チッ、そこはせめてテレビとかゲームとか、私の好きな文明の利器を置いといて欲しかったってもんだ。
まあいい、今回はあまり文句を言わずにカイちゃんのペースに合わせていこう。
「それでカイちゃん、まずは何をどうすんの?」
キャンプのキの字も分からない私は、取り敢えずカイちゃんに聞いてみた。
とは言え、ここまで事前に準備してあると、だいぶやれる事も限られてくるような気もするが。
「そうだねー、じゃあまずバーベキューしよっか?
もうすぐ夕方だし、白狐ちゃん今日お昼食べてないからちょうど良いんじゃないかな?」
「あー、まあそうだけど。
でも私、バーベキューなんて初めてやるんだけど。
ってかバーベキューってさ、私みたいな陰気なオタクは参加出来ないんじゃなかったっけ?」
バーベキューは陽キャの陽キャによる陽キャの為のイベントなんじゃないっけ?
「それは白狐ちゃん特有の偏見だからねッ!?
そんな事ないから!白狐ちゃんでも普通に参加出来るから!」
「ホント〜?」
前にテレビで見た事があるぞ。
湘南の海岸で、陽キャを極めに極めた達人クラスのパリピ集団が、私みたいな人間がどう足掻いても近付けないような圧倒的な陽のオーラを放ちながら、ワイワイバーベキューをやってる様子を。
テレビの情報に踊らされてるようで癪だけど、どうしてもバーベキューイコールそのイメージが、しつこい染みのように私の脳裏にこびり付いているのだ。
「ホントだってばホント!
白狐ちゃん、普通の焼肉店とかは行った事あるでしょ?」
「ああ、うん。カイちゃんと何度か行った事もあるしな。
カイちゃんが経営してるお店に。」
「うん、それと要領は一緒だからね。
別に難しく考える必要も無いし、ただただお肉を焼いて食べればいいだけ。
陽キャしか焼く権利が無いとか、陰キャは焼けた肉をひたすら取るしかないとか、そう言う差別的な要素は一切無いからね?
お肉の前では皆平等だから!」
「ん〜、そこまで言うなら信じるよ。
何より、美味しいお肉に罪は無いからな。」
そう言って私は、金網の上に牛カルビをペタペタ置いていく。
炭火パワーでジュウジュウと音を立てて焼けていき、その音と香りで私の食欲が一気に刺激された。
「あ、ヤッバ、これめっちゃ美味いやつだ。
ムッチャクチャ美味いパターンのやつだ。」
「そりゃそうだよー!
外で食べるお肉は、別段に美味しいんだからー!」
「ま、そういう事にしておくか。」
実はちょっとお高い値段だった肉が焼ける様子を、目で楽しみ、鼻で楽しみ、耳でも楽しむ。
嗚呼、早くかぶりつきたいッ!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな犬の犬種は?
「ポメラニアンかな。モフモフしてるし!」
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