「あのさぁ、白狐ちゃん。」
「ん?どうしたの?」
私とカイちゃん、二人で仲良く湯舟に浸かりながら、話し合っていた。
あ、ちなみに場所は自宅じゃなくて、近所の昔ながらの銭湯です。
昭和からある所。
「もし白狐ちゃんが良かったらなんだけどさぁ、そろそろ私達、地元に戻って生活しない?」
「……あぁ〜。」
カイちゃんのその提案は、正直言って私も最近になって考えていた事だ。
「都会での暮らしも悪くないんだけど、何かこう……完全に馴染まないっていうか。
田舎で白狐ちゃんとのんびり暮らしたいなぁって、最近思うようになりまして。」
「…私は別に構わないよ。
その方がカイちゃんの為になるってんならそうした方がいいし、ぶっちゃけ私も都会での生活には飽きてきた頃合いだしね。」
まあ、自宅アパートのすぐそばに、コンビニやらファミレスなんかがあるのは都会の長所だけど、人間ってのは不思議なもんだ。
あまりに便利過ぎると、今度は逆に不自由さを求めてしまう。
田舎のあの不便さが、20年以上東京で暮らした今、妙に懐かしく感じてしまっているのだ。
「でもさ、私は良いけど、カイちゃんは大丈夫なの?
ほら、仕事とか。」
「ああ、それなら問題無いよ。
もうこれを期に、芸能界引退するから。」
「ふ〜ん………ええッ!?」
カイちゃんの衝撃的な発言に、ビックリすると同時に周囲を見渡す。
良かった、人はいない。お客の少ない銭湯で良かった。
もし今のが他人に聞かれてたら、きっとマズい事になったんじゃないか?
「いや、引退って…
カイちゃん的には、それでいいの?」
「うん、いいの。前々から考えてた事だし。
アタシって高校の頃から不変力で全く見た目が変わらないから、これ以上芸能活動続けてたら、流石に怪しまれちゃうよ。
既に、不老の魔女だとか変な噂や都市伝説が出回ってるし。」
「…ま、魔女!?」
「不本意ながら。」
「…そっか、でもそれって、カイちゃんを不変にした私の所為だよね。なんかごめん。」
私は、申し訳なくカイちゃんに謝る。
「いやいや、白狐ちゃんが謝る事ないよ!
白狐ちゃんと一緒にいる事を選んだのは、アタシ自身なんだし!
それに……」
「それに?」
悪戯っぽく含み笑いをして見せるカイちゃん。
「100年くらい経ってアタシの事を知ってる人が居なくなったら、また芸能界デビューしてみよっかなって!」
「あぁ〜。」
成る程、そりゃまた強かな事で。
「ハハ、100年越しで夢を語るなんて、私達にしか出来ない芸当だよな。」
「そうだねー!これもまた白狐ちゃんのお陰だよ!」
私のお陰、か。
そう言ってくれるだけで、ついさっきまで胸につかえていた罪悪感が、スルリと取れたような気がする。
「んじゃ、地元に戻る前に、東京観光とでも洒落込みますか!」
「やったー!また白狐ちゃんとデートだヤッホーイ!」
子供みたいに拳を天に突き上げるカイちゃん。
つい勢いで言っちゃった東京観光だけど……さて、どういうプランで行こうかな?
考えるだけでワクワクしてきた。
◆◆
「品川の水族館に来た。」
私の言葉通り、品川の水族館に来た。
品川駅から降りてすぐの、デカくて新しくて、とにかく凄い所だ。
ちなみに、今回はカイちゃんの提案でここに来た。
「アタシと白狐ちゃんのデートと言えば、やっぱり水族館は欠かせないよねー!」
「水族館が好きなのは認めるが、デートの部分はまだ認めんぞ。」
「もう、いけず〜。」
「はいはい。」
まあ確かに、言われてみれば私とカイちゃんは、妙に水族館に来る事が多い。
年に何回かはどこかしらの水族館に行っている気がする。
何故か動物園は滅多に行かないのに。
今度は動物園にしてみようかな。
「確か、この水族館は初めて来るよな?」
「そうだね、初めてだね!」
何故か興奮気味のカイちゃんを怪訝そうに思いながらも、私達は水族館の中へと入って行った。
「おおー、凄い綺麗。」
「そうそう!めっちゃ映えるよねー!」
「カイちゃんの好きそうな水族館だ。」
「白狐ちゃんも、満更でもなさそうだよ?」
「まあね。たまにはこういう水族館も悪くないかな。」
ここの水族館は特に魅せる方に特化していた。
色とりどりにライトアップされた水槽、SNS映えしそうな派手目な魚達。
どれも見てて飽きない、面白い水槽ばかりだ。
まるで、この館内だけ現実世界から切り離されているような、幻想的な雰囲気も感じられる。
「ほらほら見て見て白狐ちゃん!この魚の顔、凄い面白いよ!」
「んー、これはまたテンション高いカイちゃん。
気持ち悪くない方向にテンション高いカイちゃんだ、珍しい。」
「うへぇ、なにそれ褒めてるの?貶してるの?」
「どちらでもない。
お、こっちにピラニアいるってさ。見よ!」
「ピラニア怖ッ!」
「でも実際にはピラニアって、めっちゃ臆病なんだよね。」
「そうなの!?イメージに踊らされてた!」
「水槽のガラスを叩くだけで下手すればショック死する程、肝っ玉が小さいらしい。」
「うわ〜、メンタルが残念過ぎて逆に可愛く見えてくるパターン。」
のらりくらりと水族館を歩き回り、全部満喫してから外に出て来た頃には、既に日没近い時間帯になっていた。
どんだけ夢中になってたんだ私達は!
「うわー、思ってた以上に時間経ってたんだなぁ。」
「楽しい時間が過ぎるのはあっという間だねー!」
「晩御飯どうしよっか?どこで食べる?」
「それならほら、水族館を出てすぐそこに、ホテル内のフードコートがあります。」
「おお!カイちゃんナイス!泊まらなくても食べれるとこ?」
「泊まらなくても食べれるとこです!」
「それじゃレッツゴー!」
◆◆
「ふむ、色々お店あるねぇ。
私はお好み焼きとたこ焼きな。ガッツリ粉物攻めるわ。」
「そしたらアタシは、あっさり系のうどんでも食べよっかな。」
2人でそれぞれ食べたい料理を注文し、出来上がるまでテーブル席で待機。
しばらくして料理を取りに行って席に戻り、美味しい粉物料理に舌鼓を打っていたら、いつの間にやらテーブルの上がどんどん大量の料理に占領されていった。
「何じゃこりゃ?」
「エヘヘ、ついつい頼み過ぎちゃった♪」
「いいけど、私の食べるスペースの事も考えてよ?」
「もっちろん!」
とか笑顔で言ってるけど、実際私のスペースはギリギリだ。全くこの子は。
最初はうどん食うとか言ってたクセに、今じゃそれ以外にもカレーやラーメン、ピザなんかのガッツリメニューが所狭しと並んでいる。
「うまうま♪」
いつも通りのうまうま♪を聞き流しつつ、私は食事を平らげた。
うん、美味い!
カイちゃんじゃないけど、いくらでも食べれそうだ。
それくらい美味しい。
「そう言えばカイちゃん。」
「んー?どしたの?」
カイちゃんがピザを頬張りながらも、器用に聞き返してくる。
「私達さ、地元に戻るのは良いとして、その後の仕事はどうするの?
芸能界引退するんなら、カイちゃんも無職になるんじゃ?」
だとしたら、絶賛ニートど真ん中の私はどうすればいいのか?
実家に帰って家族に堂々と「カイちゃんとヒモ生活してます!」とか言ったら、しばき倒されて市中引き摺り回されそうだ。
今までずっと、カイちゃんに養われてた事は内緒にしてたからなぁ。
「大丈夫、次の仕事の事はしっかり考えてあるし、貯金もたっぷり溜め込んであるから!」
「凄い!流石はカイちゃん、有能極まる。
私なんて、今まで1円たりとも貯金なんてした事ないのに。」
「それと、地元に戻っても引き続き、白狐ちゃんを養ってあげられる手筈になってるから、心配しなくても平気だよ。
これからもずっと、一緒に居ようね。」
カイちゃんの天使の笑顔(口の周りにめっちゃ食べカス付いてるけど)が、私の不安な心に平穏をもたらしてくれた。
カイちゃん、感謝!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの苦手な果物は?
「苦手って程じゃないけど、パイナップルはあまり食べないかな。」
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