「ねぇねぇ白狐ちゃん!」
「ん?」
「海行こうよ!海!」
ある日突然、いつものようにリビングでゲームに興じていたら、興奮気味のカイちゃんにそう言われた。
「え?なんでいきなり?」
「そんなの決まってるよ、なんたって海はロマンだから!」
「ロマン……。」
まさか、カイちゃんからロマンについて説かれるとは。
まあでも、そう言われちゃあ私も黙ってられない。
「それじゃあ聞くけど、カイちゃんにとって海のロマンとは?」
「可愛くてセクシーな白狐ちゃんの水着姿が見れるッ!」
「…………ハァ、がっかりだよ。お前さんには心底がっかりでございますよ。」
「ええッ!?」
なんだ、折角ロマンというワードが出てきたから、ちょっぴり期待してたというのに、いくらなんでも残念過ぎる回答だ。
ロマンというものの奥深さを、微塵も理解していない浅はかさ!
「……確かに、好きな相手の水着姿に感じるロマンも、一つのロマンの在り方かもしれない。
ロマンってのは人それぞれ違うからな。そこは否定しないよ。
でも、カイちゃんの求めるそれには、情熱というものが圧倒的に足りていない!
水着のロマンってのは、相手に着てくれと要求して不自然な形で着せるよりも、自然な流れで海水浴に誘い、無警戒で無防備な瞬間を狙い撃ちするのが、ロマンってやつじゃないのかッ!?」
「はうあッ!?……い、言われてみれば確かにそうかも?」
「それにだ、海のロマンと言えばやっぱ、人類最後のフロンティアとも呼ばれる、深海についてだろ!
未知の深海生物について思いを巡らすも良し!
マリアナ海溝の最深部を想像するのも良し!
これ程までにロマンに溢れてる場所なんて、そうそう無いからな!」
「……そ、そうなんだ。
深海なんて殆ど知らないし、今まで考えた事も無かったよ。」
カイちゃんのその一言に、私はえらく驚いた。
「そいつぁ勿体ない!なんとも勿体ない!空前絶後に勿体ないッッ!!
よし、今から私がカイちゃんに、深海の良さをしっかりと叩き込んでやる!」
「うえッ!?」
「さあ、出掛ける準備をして来なさい!」
「い、イエッサー!」
普段からぐうたらな私でも、ロマンに関する事となっちゃあ黙ってられない!
ただ、当然ながら今からいきなり潜水艦に乗って深海に直行する訳にもいかない。
だからこそ、カイちゃんを連れてくのはあの場所だ。
◆◆
「白狐ちゃん白狐ちゃん。」
「ん?どした?」
「……これって、世間一般で言うところのデートってやつなのかな?」
「違うわい。今回は勉強の為に来たの、勉強!ロマンの勉強!」
「ロマンの勉強って言葉、初めて聞いたよ。
それで、なんで江ノ島まで来たの?」
私達の住んでるアパートから電車とバスを乗り継ぎ、辿り着いたのは神奈川県の湘南は江ノ島。
まあ、デートスポットとしても有名な場所だし、カイちゃんが都合の良い勘違いをしてしまうのも無理はないけど、今回の目的は深海ロマンをカイちゃんに教えるというものだ。
そして、それに相応しい施設がここにはある。
「白狐ちゃん、ここまで来たら何となく予想はつくけど、何処に行くの?」
「ふむ、それはズバリここだ。」
「……水族館。」
そう、水族館。
江ノ島にあるこの水族館は、深海関連の展示も豊富で、カイちゃんにロマンを伝えるにはピッタリだと私は判断した。
「水族館って、そう言えば随分と久し振りだよね。
2人で来るのは高校の修学旅行の時以来じゃないかな?」
「私は、カイちゃんが仕事の時に、たまにこっそり一人で行ったりしてたぞ。」
「ええッ!?初耳なんですけどッ!?
なんで一人なのッ!デート誘ってよ!」
「私は娯楽の為じゃなくて、ロマンと知識の収集の為に行ってるんだ。
水族館をデートスポットとしてしか見てないような連中と一緒にしないで欲しいな。」
「ブーブー!」
不服そうなカイちゃん。
でも、水族館は、色んな水棲生物を間近で見るのに最適な場所だ。
そんな場所から知識を吸収せずに単にデートコースで回る施設として終わらせるのは、非常に勿体無い!
特にそういう傾向の強い陽キャは、一人で水族館に行く私みたいな人種の事を馬鹿にしてくるのだ!許すまじ!
「どうしたの白狐ちゃん?なんか、過去の嫌な思い出を思い出したみたいな形相してるけど。」
「あ、いや、何でもないから。
カイちゃんは、私が一人で水族館に行っても、変だとは思わないもんな?」
「え?水族館って、デートする為に行く場所じゃないの?」
「…………。」
そうか、そう言えばカイちゃんも陽キャの類だったな。
「ちょっ、どうしたの白狐ちゃん!そんなゴミ捨て場の汚い生ゴミの塊を見るような目でアタシを見てッ!?
まあ、アタシ的にはご褒美ではあるけど、どうしてそんな目をしてるのか理由が分からないよ!」
「その理由が分からないんじゃ、私の恋人を名乗るにはまだまだだな。」
「うええッ!?しょ、精進しますッ!」
「ほいじゃ、水族館入るぞー。」
「はいはーい!」
◆◆
「おおー!カクレクマノミ可愛いねー!」
愛らしいクマノミが泳ぐ姿に、魅了されているカイちゃん。
海のアイドルとも言われているクマノミ、確かに可愛さと人気なら魚類の中でもトップランカーかもしれない。
「ほう、クマノミはイソギンチャクとの共生に目が行きがちだけど、実は他にも面白い生態を持っててねぇ、基本的に群れで暮らしてて、リーダーである1匹の女王、他は全部オスで、体の大きさで序列が決まってるんだよ。」
「ほへー、魚にも上下関係があるんだねー。」
「で、トップのメスが死んだりして居なくなると、なんと、序列でナンバー2だったオスが性転換して、新たな女王になるんだよ。」
「ええッ!?性別ってそんな簡単に変えられるものなのッ!?」
「クマノミ以外にも、性転換する魚はいくらかいるよ。
まさに生命の神秘、不思議!これもまたロマン!」
「勉強になります!」
「怖ッ!?オオカミウオだって白狐ちゃん!
初めて見たー!おっかない顔してるねー!」
オオカミウオか。
確かにこいつはイカつい外見だし、硬い物を噛み砕く強靭な顎の持ち主でもある。
「うんうん、分かる分かる。
でもオオカミウオって、見た目に反して臆病で大人しい性格なんだよね。」
「へぇ〜、案外怖くないんだね。」
「でも、たまに餌と間違えて指とか噛まれて大怪我する事もあるらしいから、気を付けた方が良いかもな。」
「やっぱり怖いよ…。」
「白狐ちゃん白狐ちゃん!ナマコだよナマコ!
しかも、白いの!珍しいよ!」
「おおー、これはまた珍しい良いナマコ。
体の色が色素の異常で白くなった変異種だな。超激レアだよ。」
「へえ〜、綺麗な色で生まれてラッキーな子だねー。」
「ところがどっこい、自然界では度々白く変色した生き物が生まれる事があるけど、そういう色違い個体はかなり目立つからな。
天敵から狙われやすくなるし、その所為で群れからもハブられるんだ。
だから本来、色違いは短命なんだよ。」
「…か、可哀想だね。むしろアンラッキーだったんだ。」
「でもやっぱ、ナマコは良い。出来れば触りたい。」
「修学旅行の時は、フニフニしまくってたもんね。」
その後も水族館を巡り、様々な生き物と出会っては、私が雑学を披露していく。
半分程回った所で長椅子に座って休憩したのだけれど、その時にふと、気になっていた事をカイちゃんに聞いた。
「あのさ、カイちゃん?」
「ん?どうしたの?」
「正直言って、私が雑学いちいち言うの、ウザかったりする?」
うん、世間一般では、私みたいに雑学ばっか言ってくる人間はウザがられる傾向がある。
分かってはいるんだけど、カイちゃん相手だとついつい言いたくなってしまうのだ。何故か。
「そんな事ないよ、白狐ちゃん。
ていうか、白狐ちゃんの知ってる事がアタシも知れるし、新しい発見があってすっごく楽しいよ。」
不安そうにしてた私の頭を、ナデナデしてくるカイちゃん。
ヤバい、人目があるのに、気持ち良くて抵抗出来ない。
「だから、これからも色々教えてね?」
「……よ、よーし、任せろ!」
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが好きな乗り物は?
「飛行機かな。空は良いよねぇ。」
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