プール、いいなぁ。
ナイトプールなんて江ノ島に行った時以来でちょっと警戒してたけど、入ればやっぱり悪くないと思える。
何事も、百聞は一見に如かず!
夜のプールというのは、なんかこう……夜にこっそり忍び出して夜遊びでもするような背徳感というか、解放感みたいなのを感じられる。
それに、夜にこういう所にいると、ちょっと大人になった感あるな。
まあ、年齢的にはめっちゃ大人なんだけど。
「白狐ちゃん、久し振りのナイトプールだけど、結構楽しんでくれてるみたいだね。」
「まあね、とうとう私もこういう場所が似合う大人になったって訳よ。」
調子に乗ってイキっていた。
「うーん、アタシ的に白狐ちゃんは、スク水着て市民プールの流れるプールで、浮き輪付きで泳いでる姿が一番似合うと思うんだけどなー。」
「お前、今のは明らかに馬鹿にしてるだろ?」
「そんな事ないよ!アタシの理想を口にしただけだよ!」
「ただの性癖だろ。」
呆れて溜め息を吐きながら、私はプール内の角部分に腰を掛ける。
「ん!」
私はカイちゃんに向かって、両手を横に広げる仕草をした。
「え?白狐ちゃんどうしたの?」
私の行動の意味を理解出来てないカイちゃんは、頭上に疑問符を浮かべている。
そりゃそうだ、私がこんな事するなんて、結構珍しいからな。
「…ほら、今なら近くに人いないしさ……ハグ。」
「へえッ!?いいの?」
「当たり前じゃん、恋人同士なんだから。」
「…それじゃあ、遠慮無く。」
プールサイドにいたカイちゃんがいそいそとプールに入り、私の元へと水を掻き分けながら近付いて来る。
なんかちょっとドキドキするな。
「ん……」
周囲の人が見てないか一応確認してから、カイちゃんの抱擁を受け入れる。
ライトアップされてるとは言え、私達のいる辺りは比較的暗い方なので、注目される心配は無いと思うけども。
「白狐ちゃん、あったかいね。」
「…カイちゃんこそ。」
私は、カイちゃんの豊満な胸に顔を埋める。
私の好きなカイちゃんの匂いが鼻いっぱいに吸い込まれて、少しだけクラクラしてきたかも。
それに、この香りにはリラックス効果も含まれているみたいで、凄く落ち着く。
瓶に封入して部屋の芳香剤にしたいわ。
「白狐ちゃん、可愛い。」
「カイちゃんもな。」
「白狐ちゃんの肌、スベスベのモチモチで気持ち良いね。
舐めていい?」
「お前は本当に筋金入りの変態だな。」
なんか折角の雰囲気がぶち壊しだ。
「……ダメ?恋人だよね、私達?」
「…………ハァ、少しだけだぞ?」
「やったー!フヒヒ!」
鼻息の荒いカイちゃんに背中や胸をペロペロされて、私の羞恥心が凄い事になった。
本当に誰も見てないよな!?
もしも誰かに見られてたら、私はもう立ち直れなくなるぞ。
ていうかこれが本当に恋人同士のやる事なのか!?
なんか、都合の良いように恋人ってワードを悪用されてるんじゃないよな?
「ったく、もう…!」
まあ、もうどうでもいいや。
なんか気持ち良いし。
◆◆
「だからって、ここまでやる奴があるかお馬鹿ッ!」
「ひえぇ〜、ごめんなさい〜!」
プールを出てからの更衣室で、カイちゃんに対する私の怒りが炸裂した。
あれからカイちゃんの変態的行為はエスカレートしていき、仕舞いには私の身体中にキスし始めた。
それも結構強めに。
最初は受け入れていた私だけど、次第に強くなっていくカイちゃんの唇の掃除機の如き吸引力に痛みを感じ始め、引き剥がそうとするもコイツ、完全に理性を失ってて離れようとしやしない。
こうして下着姿になっていると、その時の壮絶さがよく分かる。
私の身体の至る所にカイちゃん製のキスマークが大量に刻まれていて、さながら月面のクレーターみたいになっている。
キスマーク型のクレーターなんて聞いた事無いけど。
こんなんなるんだったら、早めに不変力を使って身体の状態を不変にしておくべきだった。
キスマークを付けられてからじゃ遅いんだよ。
「ったく、服を着れば大部分は隠れるものの、問題は脚だな。」
この女、ちゃっかり脚にまでキスしてやがった。
器用なこって。
私の普段の服装は生脚を出してるから、このままじゃ周りに丸見えだ。
「あ!じゃあこれ穿いて!アタシのタイツ!」
カイちゃんが手渡してきたのは、ついさっきまでカイちゃん自身が穿いていた黒タイツだった。
「ええ?私とカイちゃんとじゃサイズ合わないんじゃないの?」
「多分大丈夫、フリーサイズのだから。」
「……まあ、一応穿いてみるか。」
いざ穿いてみたら、少しブカブカな感じはするものの、案外大丈夫だった。
カイちゃんの方を向いたら、何故かニヤニヤしてた。
「……なんでニヤニヤしてんの?」
「…あッ!?えッ!顔に出てた!?」
「……まさかとは思うが、自分の穿いてたタイツを私が穿いてる事に興奮してるんじゃないよな?」
「ドドドドッキーンッ!?そそそそんな変態的な事、このアタシが考える筈ないこと有り得ないですのよッ!?」
「全然反省してないじゃんかお前わーッ!」
「るごふッ!?」
全くもって動揺を隠せてない痴れ者の顔面に、断罪のフライングクロスチョップを叩き込んだ。
◆◆
プールに行った日の翌朝には、キスマークは殆ど見えなくなっていた。
本当に良かった。
何日も残ったままだったらどうしようかと、夜寝る時ずっと不安だったからな。
私達は、シンガポールの例の巨大ホテルの一室で目を覚ました。
豪華客船の客室に勝るとも劣らない、豪奢な部屋である。
「さてと、船が出るのは明日だし、それまでどうしてよっか?」
「ハイハイ!アタシに考えがありまーす!」
カイちゃんが手を挙げてグイグイ来る。
「んー、どんな意見かな?」
「えっとねー、日中はお買い物したり、色々食べたりして、夜はここ!ここ行きたい!」
そう言ってカイちゃんが熱烈に推してきたのは、シンガポール名物のナイトサファリなるもの。
「ほほう、夜専門の動物園!そんなのがあったのか!」
「どうかな?」
「カイちゃんにしては珍しく、凄く興味深い意見だな!私も是非行きたい!」
「イエーイ!珍しいアタシ、ファインプレイ!」
跳ねるような仕草で喜びを表現しているカイちゃん。
そんなに私に褒められたのが嬉しいのか、それとも自分の意見が滔々と通ったのが嬉しいのか……
まあいいや、とにかく今夜が楽しみだ!
◆◆
シンガポールの街並みは、改めて見てみても〝綺麗〟の一言だった。
だけど、それ以外に感想が浮かんでこない。
〝綺麗〟ではあるけど、〝美しい〟という訳ではない。
行き過ぎた美化政策は綺麗である事に特化し続けて、他の良さを失ってしまったか。
都心部の昼間なのに人の数は少なく、パトロールしている警官の姿がやたら多い。
警官以外にも、私服姿で辺りを注意深く監視している人の姿も目に映る。
極め付けは、街中の至る所に設置された、膨大な量の監視カメラ。
そう言えば、入国する際に指紋登録とか網膜認証とかやらされたけど、それで私達の個人情報が登録されてたりするんじゃないのか?
だとしたら、下手な行動一つで即お縄の可能性もある。
シンガポールの監視社会は、100年経ってここまで悪化していたのか。
事前情報では、ここまで酷くなかったぞ。
人が少ないのはきっと、国民が不要不急の外出を控えて、少しでも逮捕されるリスクを減らしてるってとこだろう。
「…街を歩いてるだけなのに、なんか緊張するな。」
「うん、とにかく良い子ちゃんしてよう。」
ただ、お国の異常な美化意識以外は、案外自由が多かったりする。
そうじゃなきゃ、さっきのホテルやナイトサファリみたいな娯楽施設が生き残れないし、観光業が衰退しちゃうもんな。
「カイちゃん、間違っても街中で欲情すんなよ?」
流石に無いだろうけど、念の為釘を刺しておく。
「……善処します。」
「そこは絶対大丈夫!って言い切って欲しい。」
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんが得意だった科目は?
「全部得意だったけど、特に好きだったのは英語かなー!」
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