「ふぎゃおォォォォッ!?」
尾藤白狐、叫ぶ。
「ど、どうしたの白狐ちゃん!?」
私の奇声を聞きつけて、尋常ならざる速さでカイちゃんが駆けつけてくる。
ここは私の部屋。
そしてカイちゃんは現在、カイちゃん自身の家にいる筈なのに、ものの数秒で私の部屋に飛び込んで来た。
いやごめん、窓開けっ放しにしてた私が悪かったわ。
まさか、隣の家のカイちゃんが、高速ドローンに飛び乗って窓から突入して来るとは思わなんだ。
「変なとこから入って来んな!お前は近未来の忍者かッ!」
「ご、ごめん。でも、白狐ちゃんの悲鳴を聞いたら体が勝手に動いてて!」
「あーいや、あれは悲鳴じゃなくてだな、雄叫びというか何というか…」
「雄叫び?」
「うんほら、ついさっきネットニュースに上がった情報なんだけど、この時代になってまさかのコラアド新作が出るって話なんだよ!
もう叫ぶしかないだろこんなん!」
コーラルアドベンチャーズ、通称コラアド。
私の人生史上、最も愛してやまないテレビゲーム。
そこそこ人気でそこそこナンバリングタイトルは出ていたものの、もう何十年も前にシリーズ最終作である『コーラルアドベンチャーズ・final』が発売して以降、ずっと音沙汰が無かったのだ。
「おおー!これは確かに凄いね!いつ発売なの?」
「えっと、まだ正確な日付は分かんないけど、来年の春くらいに発売予定らしいな。
うぅ〜、ヤバいなこれ、楽しみ過ぎて辛い。」
「えへへ、じゃあ今日は記念に、美味しいご飯でも食べに行こっか?」
「よっしゃ!ナイスアイディア!
回らない寿司屋行こうぜ!めっちゃ高いとこ!」
「いいよー、どうせなら白狐ちゃんの家に呼んじゃう?
出張お寿司屋さんで、ここで握って貰うの。」
「イエーイ!ダブルでナイスアイディア!
今日のカイちゃんは冴えてるなぁ!」
「でしょー!イエイ!」
コラアド新作に回らない寿司屋、いやー希望溢れる未来ですこと!
◆◆
「へい、大トロお待ち!」
「う〜ん、トロうまうま♪」
「ウニお待ち!」
「ウニうんまー!美味い美味い!」
カイちゃんが本当に寿司屋を私の家に呼んだ。
それも、東京は銀座の一等地に店舗を構えている、有名な政治家や芸能人、セレブ御用達の超一流最高級寿司屋だ。
ウチにやって来て目の前で握っている職人さんも、かなりの風格を持っているように見える。
一貫一貫が目が飛び出るような値段してるけど、今や大企業の社長で、お金など湯水の如く持っているカイちゃんには何の問題も無い。
それに、私相手なら幾らでも貢いでくれる。
それがカイちゃんだ。
「あ、いや、今のは最低な考えだ。無し無し。」
「ん?どうしたの白狐ちゃん?」
「な、何でもないって!
それよりも、今日はお寿司奢ってくれてありがとね。」
「そんな!白狐ちゃんの為ならこれくらい、当たり前だよ!」
「んー、そっか。」
カイちゃんがそれで良いんなら良いんだけど、いつも与えられてばかりは嫌だし、たまには私からもお返ししてやりたいなぁ。
何か一つ考えておくか。
と、お返しの案を考えていたら、私とカイちゃんのスマホが同時に鳴った。
「うん?……あ!エリザベちゃんからだ!」
「おー!久し振りだねー!」
私とカイちゃんとエリザベちゃん、世界一周旅行の時に3人で作ったグループにメッセージが来ていた。
エリザベちゃんとは旅行以来、何度か会って遊んだ程度だけど、メッセージでのやり取りはちょくちょくしていたりする。
今回も近況報告的なメッセージかなと確認してみたら、そこには驚くべき文言が書かれていた。
「……ちょ、エリザベちゃん、結婚ッ!!?」
「え、ええー!?」
めっちゃビックリした。
まさかの、エリザベちゃんご結婚の報告だった。
「うそうそうそ、エリザベちゃんいつの間に恋人出来てたの!?」
焦る私。
「今まで全然そんな気配無かったよね!?ね!?」
あたふたするカイちゃん。
メッセージを読んで慌てふためいていると、今度はホログラムの画像が送られてきた。
「うえ!?」
画像は、立派に大人なレディへと成長したエリザベちゃんと、その隣には美女に見合う美女の姿。
エリザベちゃんの恋人であろう女性が、エリザベちゃんとどっかのホテルっぽい所の一室で肩を組んでいる写真が表示されている。
「おおー、エリザベちゃんのお嫁さん、すっごい美人だなぁ。
しかも胸おっきいし。」
「理想の彼女が出来たんだねー。」
「おめでたい!赤飯炊こう!」
エリザベちゃんの結婚式、か。
お相手の美人さんがどんな人なのか、2人でどんな生活をしているのか。
エリザベちゃんから聞くのが楽しみだ。
うん、これはもう未来に希望が持てるな!
◆◆
「んー。」
私は1人、唸っている。
近所のデャスコを練り歩きながら。
理由は簡単、カイちゃんに奢って貰った寿司や、その他日頃のお礼を込めたプレゼントだ。
「うーん、どうだかなぁ。」
可愛い猫のストラップを手に取るも、どうもピンと来ない。
まあ、カイちゃんならその辺に落ちてる石ころをプレゼントしても喜ぶんだろうけど、どうせならもっと気持ちの篭った贈り物をしたいんだよ。
などと思いながらモール内を歩いていると…
『手作り手芸教室・初心者の方歓迎!』
という看板が目についた。
「……ふむ。」
成る程、手作りのアイテムを渡すというのは悪くないな。
こういうのは疎いけど、初心者歓迎と書いてあるあたり、私みたいな未経験者でも作れるよう丁寧に指導してくれるんだろう。
ただ、問題が一つ。
コミュ障の私が、カイちゃん無しで誰かに教えを乞うとか無理に決まってる。
残念だけど、別の案を探すとしよう。
そう思って立ち去ろうとしたその時、看板の続きが目に入った。
『指導は全て、高性能AI搭載の手芸ロボットが優しく懇切丁寧に教えてくれます。』
「…こ、これだ!」
生身の人間じゃなく、ロボットならギリ大丈夫だ!
人類の技術の進歩に、感謝!
◆◆
「って訳でほら、カイちゃんにプレゼント!」
「ふぇ?」
翌日、私の家にやって来たカイちゃんに、サプライズ的にプレゼントの小箱を手渡した。
「え?え?ええッ!?」
よしよし、面白いくらいに動揺してくれるなぁ、この子は。
「えっと、今日って何かの記念日だっけ?」
「そうじゃないけど、カイちゃんにはいつも世話になりっぱなしだからさ。
せめてものお礼、的な。」
「…………び……」
「び?」
「白狐ちゃんマジ天使ッ!」
「あーうん、分かったから抱き付くよりも、プレゼント開けて。」
苦しいくらいに抱きついてきたカイちゃんを引き剥がし、プレゼントを指差す。
「うん、ごめん。早速開けてみるね。」
カイちゃんがニヤニヤしながら、小箱の包装を丁寧に開けていく。
器用な事に、カラフルな包装紙には傷一つ付いていない。
「…これって、マフラー?」
「…うん、定番かもしれないけど、頑張って編んだんだ。」
編み物なんて今までした事無かったけど、手芸ロボットとやらの分かりやすい指導のお陰で割と良い感じの仕上がりにはなった。
クオリティは問題無い筈だ。
「……えぅあ〜……」
「ッッ!?」
カイちゃんが変な呻き声を上げながら、ダバダバと涙を流し始めた。
なんだコイツ!
「ちょ、大丈夫カイちゃん!?」
「……うっぐ…嬉しくって。白狐ちゃんからの…ぇぐ……プレゼント、嬉し過ぎて…ぐす…感情と涙腺が壊れちゃった。」
カイちゃんが治るまで、10分以上掛かった。
「ありがとう!一生大事にするね!」
「そりゃどうも。」
カイちゃんがマフラーを愛おしそうに抱き締めた後、首に巻く。
まだ1月だし、季節的にはピッタリだ。
「似合ってる?」
「うん、似合ってる。」
本当に、似合ってる。
我ながら会心の出来だ。
「ありがとう、白狐ちゃん。
なんか、アタシ達っていつまでも上手くやっていけるよね!」
「フフ、何を今更。
当たり前だろう、未来にゃ希望しかないんだからな!」
そう、私達もこの世界も、未来には無限の希望が満ちているんだ。
少なくとも、この時の私はそう思っていた。
ーーその思いを胸に、時は未来へ進むーー
〜近未来編・完〜
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんは山派?海派?
「海派かな。海辺の町在住だし。」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!