私は、気付いたら宇宙にいた。
「は?」
真っ暗な中、遠くに幾つもの星が煌めき、眼下には巨大な地球が見える。
そんな地球に近い宇宙空間を、私はただ一人で宛てもなくプカプカ漂っている。
「なんなんだこの状況…?」
こんな非現実的なシチュエーション、もしかして夢か?
これが噂に聞く、明晰夢ってやつか?
それなら初めてだ!なんか感動!
「確か、自分で夢を見てるって自覚してる現象だよな。
だったら、想像すれば夢の中限定で好きな事し放題なのでは!?」
そうと分かれば、善は急げだ!
夢が覚める前に、一秒でも早く行動を起こさねば!
「あうッ!?」
キィィィンと、甲高い音が響いた。
黒板を爪で引っ掻いたみたいな、人間が本能的に不快に感じる嫌な音だ。
「な、なんだこの音…ッ!」
耐え切れず、両耳を手で塞いでなんとか凌ぐ。
夢の中なのに、やたらとリアルな衝撃だぞ!
少し経ったら、音は次第に勢いを失い、すぐに無音になった。
「…あぁ、ごめんごめん。まだ君達の言語に慣れていなくてね。
失礼、もう大丈夫だよ。」
今度は、老若男女の区別もつかないような、不思議な声が聞こえた。
謎の声がした方向に振り返ると、そこには人が立っていた。
いや、果たして〝これ〟を人と形容して良いものなのか。
その存在は、まるで人の形をした、真っ黒な影だった。
性別も年齢も、見た目や声からじゃ判別出来ない、謎の不気味な影人間だ。
「うえッ!?……だ、誰ですかッ!?」
ビックリし過ぎて、声が上擦ってしまった。
「ワタクシの事は今はどうでもいい事だよ。いずれ知る事になるからね。」
「はい?」
「それよりも君は、自身の持つ能力と上手く付き合えてるかい?」
「ん?能力って?」
「君が、不変力と安直極まる名前で呼ぶ、その能力だよ。」
「ああ、はい。まあ、それなりに。
前に一度、大きな失敗をしちゃったけど。」
大きな失敗というと、やはりあの沖縄の件だ。
沖縄全土を不変にしてしまい、多大なる混乱を引き起こしてしまった。
ていうかこの影人間、不変力の事を当たり前のように知ってるんだな。
別に夢の中だから驚かないけどさ。
「そっかそっか、そうだったね。
でもあれは、単なる事故、能力の暴発だよ。だから君は悪くない。」
影人間は、見た目に合わない軽快な口調でそう言ってのける。
「…確かに事故かもしんないけどさ。
規模が規模だし、私が不変力を制御し切れてなかったってのもあるから、こんな私でもそれなりに責任は感じてるんだよ。」
「そうか、君がそう感じているのなら、それでいいだろう。
ただ、不変になったからといって困る人ばかりではないだろう。
むしろ、喜んでいる人達の方が多いんじゃないか?」
「それは、う〜ん、どうなんだろ。」
あの修学旅行から、もう結構な時間が経過してるけど、影人間の言う通り、沖縄の人達の意見は肯定的なものが多い。
食費や光熱費などの生活費の負担が大幅に軽くなったり、建物や車など諸々の物質の耐久力が無限になったりなど、良い面が評価されている一方で、不変になった影響で職を失い、路頭に迷っている人もいるらしい。
あと、食べ物をいくら食べても減らなくなり、働かなくても食べていける状態になった為、ニートの人も若干増えたとかなんとか。
「そう言えば、君が早めに不変力の暴発を止めたお陰で、唯一人間にだけは不変力の影響は出てないみたいだね。」
「ああ、それはカイちゃんの功績だよ。
カイちゃんがいち早く気付いてくれなかったら、最悪の事態になってたよ。」
「ここで言う最悪の事態っていうのは、沖縄にいた人達全員が不老不死になっている状況の事かな?」
「そうなってたら、沢山の人達の人生を、今よりも遥かに狂わせてただろうし。」
不変力を最大までかけてしまうと、もう私でも元に戻す事は出来ない。
まさに沖縄の人間以外全て、そうなってしまった状況だ。
「フッ、確かにそうだ。否定する余地もないね。」
影人間はやたら上から目線でほくそ笑んでいるように見える。
表情が無いから分からんけど。
しかし、一体なんなんだコイツは。
どこまでも他人事で、私の事を小汚い小動物でも観察しているみたいな態度で見下している。
「で、この変な夢はいつになったら醒めるの?」
「おっと失礼。いつまでもこんな実感のある夢の世界にいるのは気持ちが悪いだろうからね。」
影人間が指パッチンを鳴らすのと同時に、私の視界が一瞬で暗転した。
「では、またいつか会おう。
何年後になるか分からないが、なに、君はどうせ永遠の時を生きるんだ。
次のワタクシとの再会を、気長に待っていてくれたまえ。」
◆◆
影人間の言葉を最後に、別に再会したくもないんだけどなぁとか思っていたら、目が覚めた。
宇宙空間なんかじゃなく、普通に私の部屋の天井が見える。
やっぱり夢だったかと、ちょっとだけ安堵。
やたらと現実感のある夢だったから、少しだけ不安だった。
「ったく、意味不明だっての。」
ここが小説やゲームの世界だったら、あの夢は重要な伏線にでもなるんだろうな。
でも、ここは紛れもない現実だ。
夢は夢らしく、とっとと忘れて現実に赴こう。
高校生活もあっという間に3年目、あと少しで卒業のシーズンだ。
◆◆
「白狐ちゃん、白狐ちゃ〜ん♪」
「あん?」
高校3年の12月、みんな進路の事でてんやわんやしている中、私とカイちゃんは放課後、私の家でのんびりとゲームをしていた。
緊張感の無いこと山の如し。
「白狐ちゃんって、進路決まってるの?」
「あん?」
「いやそれ怖いからヤメテ。」
無粋な質問をしてくる女に、睨みを利かせた。
「逆に、カイちゃんに聞こうか。
私の進路、なんだと思う?」
ゲームの画面から目を離さず、何気なく聞いてみた。
「…ん〜と、ニート?」
「そうそう、よく分かったな!
ガジリガジリと親の脛を齧りまくって、一生自堕落生活〜って違うわッ!」
「白狐ちゃんにしては珍しいノリツッコミありがとうございますッ!」
ゲームの画面をポーズ画面にする為の時間をカイちゃんのボケに乗って稼ぎ、ゲームを止めてから即座に体を回転させながら、流れるように頭を引っ叩く!
この3年で着実にレベルアップしている、私の頭引っ叩きスキルを披露したぞ!
「全く、ニートだなんて冗談やめなさいよ。」
「え〜?でも、今の白狐ちゃんの状態見てたら、ニート以外思い浮かばないよ?」
「……は?マジで?冗談じゃないの?」
「真剣に答えたつもりだけど。」
「……まあまあ傷付いた。」
うん、まあ、確かに受験や就活シーズンで周りの人達が殺気立ってる中で、私とカイちゃんは以前と変わらず遊び呆けている。
客観的に見たら、ニート一直線に見えてしまうのか!?クソッ!
「そう言うカイちゃんだって、私と遊んでばっかじゃん!
進路決まってんの?」
「進路っていうか、アタシはもう既に働いてるし。」
「あ゛ッ…!」
そうだった…!
コイツ、現役の読者モデルだった。
それも、そこそこ人気のある。
「マネージャーさんが、このまま行けばもしかしたら、人気芸能人の仲間入りも夢じゃないって言ってたからねー。
だったら、そっち方面で頑張ってみよっかなー、なんて。」
「うわぁ、ご立派な目標持ちやがって!
生意気だ、応援してやるッ!」
「うはぁ、ありがとう!」
笑顔が花咲くカイちゃんの顔面。
そんなに私の応援が嬉しいかッ!こっちもちょっと嬉しいぞ!
「それで結局、白狐ちゃんの進路はどうなってるの?」
「ゔ…ッ!」
質問を質問で返して、プラスノリツッコミで有耶無耶にしてやったと思ったのに。
もう逃れる事は出来ないと悟った私は、覚悟を決めてゲームの手を止めた。
「仕方ない、秘密にしとこうと思ってたけど、この際一足早く教えてやろう。
さあ、ついて来なさい。」
「え?どこに?」
「外。」
「はへ?」
非常に曖昧なヒントだけ与えて、私は外に出る支度を始める。
面倒だが、私が見つけた〝あの仕事〟を、カイちゃんに教えるとするか。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きな偉人は?
「偉人とな?う〜ん、ショパンとか?音楽良いよね、音楽。」
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