「ふあ〜あ……暇だな今日も。」
朝の日差しと共に目を覚まして、パンイチのまま階段を降り、食事に向かう。
本日は珍しくまだカイちゃんも来ていないので、とても静かだ。
いつも私を起こしに早起きしてやって来るカイちゃん。
賑やかな彼女がそばにいるのも悪くないけど、たまにはこうして一人穏やかに朝食を嗜むのも大事な時間だとしみじみ思う。
さて、まずはコーヒーでも淹れようと戸棚からコーヒー豆の入った壜を手に取ったその時だった。
「白狐ちゃーんッ!」
コーヒーを淹れる間も無く、私の静寂の時間は打ち破られた。
全く、忙しない女だこと。
もう少し遅れて来ても良かったのに。
まあ、居たら居たで安心するからいっか。
「白狐ちゃーん!大変だよー!」
「あーもううっさいわ!今そっち行くからちょっと待ってろ!」
玄関先で騒いでいるカイちゃんに怒鳴り返して、戸棚を閉めてカイちゃんの元へと向かった。
「ったく、朝っぱらから騒々しいなぁもう。
大変って何がだよぉ?」
欠伸混じりに玄関まで来たら、カイちゃんが血相を変えて立っていた。
そのただならぬ雰囲気に、舐めてかかっていた私も気を引き締め直した。
「……ホントどうしたの?」
「あのね白狐ちゃん、さっきドロテーアちゃんから連絡があったの!」
「ドロテーアちゃんって、元アンチョビ教団の?」
「そう!」
アンチョビ教団を解散させたあの日、ドロテーアちゃんから見た事のない通信機器を貰った。
魚の形をしたトランシーバーのような物で、携帯電話やスマホの文化を遥か昔に失った彼らは、コイツで連絡を取り合っているらしい。
ドロテーアちゃん曰く、どんなに離れていても問題無く会話でき、音ずれやノイズが発生する事もない優れ物だそうだ。
実際、彼女の言う事には偽り無く、簡素な機能と見た目の割にはやたら性能が高い。
ドロテーアちゃんはこれを使って、たまに私達と話をしたりしてた。
雑談をしたり、仕事での悩み事を聞いたり。
基本的に孤独な彼女の気を紛らわすのに、ひと役くらいは買わせてもらった。
「ふ〜ん…どんな連絡?」
「えっとね、心して聞いてね!
今度、ドロテーアちゃんの街でお祭りが開催されるんだって!
ねぇ!行こうよ!」
「………………うん?」
「ん?だから、ドロテーアちゃんのところのお祭り参加しよう?」
「あーいや、聞こえてなかった訳じゃなくて、思ってたよりもずっと気楽な話だったから、拍子抜けしただけ。」
「え?気楽って?」
「何でもない、何でもないから。」
適当に誤魔化しつつ、取り敢えずカイちゃんを朝の食卓へと招き入れた。
どうやら、朝食も食べずにウチに来たそうだ。
◆◆
「ふぉあふいふぁおふぃいあね。」
「何言ってるか分からん!食べ終わってから喋りなさい。」
「ふぁい。」
カイちゃんは、私特製のBLTサンドを飲み下し、話をする体勢を整える。
「…お祭り楽しみだね。」
「あのさ、さっきからカイちゃんが言ってるお祭りってどんななの?」
「アタシもよく分かんない。
でもお祭りっていうくらいだから、楽しいに決まってるよ!」
「そんなものなのかねぇ。」
私にとってお祭りっていうのは、あんまり良い印象は無い。
まだ私が不変力を手にする前の幼い子供の頃、家族と一緒に行った地元のお祭りで迷子になり、長時間ひとりで彷徨った記憶がある。
当時から私はかなりの人見知りで、周囲の人に助けを求める事も出来なかった。
強がってひとりで家族を探して、結果的に余計に時間が掛かってしまった。
あの時の孤独感は子供の身であった私にはキツいものがあったな。
とは言え、今はもう大人な私だ。
「トラウマなんてなんのその!
私もそのお祭りとやらにお呼ばれしてやろうじゃないの!」
「…へ?トラウマって?」
「あー…何でもない、何でもないから。」
◆◆
「素晴らしい!なんて素敵なイベントなんだ!
お祭りなんて、本の中にしか存在しない絵空事だと思っていたよ!」
「……ウズウズ。」
ツジとレンちゃんの2人も誘った。
2人の住んでいるシェルターには遊びに行くとだけ伝えて訪問して、会ってからサプライズ的に誘ってみたら、予想以上に喜んで貰えた。
ツジは素直に喜びを言動で示しているけど、レンちゃんは強がっているのか、無表情を決め込んでいる。
でも、身体はめっちゃウズウズしてるけどな。
バレバレなのだよ、チミ。
「フフ、喜んで貰えて良かった。
開催までまだ1ヶ月以上あるから、気長に待っててね。
当日はアタシ達が迎えに来るから。」
カイちゃんがそう告げると、ツジはお礼を言いながら、カイちゃんの両手を包み込むように握手をする。
相当に感極まってるねぇ。
「いやぁ、本当に楽しみだ!
お祭りと言うと、古代の正装である〝浴衣〟という衣服を着て行きたいものだ!
あと、屋台の焼きそばというものも食べてみたいね。
じゃがバターに林檎飴、それからそれから……」
流石は書痴を自称するだけの事はある。
未経験なのに知識だけは豊富なようだ。
これはまた、本番で喜ぶ顔を見るのが楽しみだな。
「でも、ここに浴衣なんて無い。」
レンちゃんのその一言で、ツジが凍り付いた。
「……浴衣が……無い……だと……?」
瞳から輝きが消え失せたツジが、ブツブツと呟き始めた。
「……確かに、言われてみれば私は浴衣の実物を見た事すらない。
しまった、漫画や小説で何度も登場するから、自分も持ってるんじゃないかという謎の妄想に囚われてしまっていたのか。
嗚呼……ドレスコードすら満たせない私らには、お祭りに参加する権利すら無いというのか…!」
「そんな…ッ!?」
勝手に絶望しているツジとレンちゃん。
仕方ない、ちょっと可哀想だから助け舟を渡してやるか。
「全く、お祭りにドレスコードなんて無いって!
浴衣なら私達の町でちょちょいと探せばすぐ見つかるから、心配すんなって。」
「アタシのお古もあるよー!」
「ふ、2人とも……感謝する!」
「………ありがとう。」
更に感激されてしまった。
そもそも、日本式のお祭りなのかも分からないんだけどな。
◆◆
「うはあぁぁ!白狐ちゃんの浴衣姿可愛いィィィ!」
家に帰ってからの翌日、この日は久々にカイちゃんに着せ替え人形にさせられた。
先程の話題からか、今回は浴衣オンリー。
今まで殆ど浴衣を着た事のない私は、こんなに色んな種類の浴衣があったのかと驚いた。
純和風の渋めなやつから、明るい色合いで可愛い雰囲気のやつまで、実に多種多様だ。
「そりゃそうだ。
可愛い私が着ればなんだって可愛い。」
「だよねー!そんな白狐ちゃんに朗報!」
「朗報?」
「アタシのお古プラス、町中の色んな所から調達してきた浴衣が300着以上あるから、今から全部着せ替えさせてねー!」
「……………。」
「そ、そんなに睨まないで!ゾクゾクしちゃう!」
ったく、いつの間にそんな大量に集めたんだよ。
コイツの欲望に対するアグレッシブさは本当に異常だ。
「それにしても、レンちゃん達嬉しそうにしてたねー。
あそこまで喜ばれたら、アタシ達まで嬉しくなっちゃうよ!」
「あぁ、そうだなぁ。
こんな時代じゃ、お祭りなんて見た事も無いだろうしな。」
「エヘヘ、白狐ちゃんも楽しみでしょ?」
「いや、私は別にそんな…」
「でも、さっきからウズウズしてるよ?
レンちゃんみたいに。」
「えッ!?マジで!?」
「ほらぁ!」
「………楽しみで悪いのかよ。」
「ごめん拗ねないでー!」
そりゃ、私だって本当は楽しみだよ。
お祭りなんて今まで殆ど行った事ないからな。
迷子になったトラウマもあるし、そもそも人が多いし。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが行きたい日本の観光地は?
「温泉行きたいよなぁ。具体的には草津とか、さ。」
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