カラオケとは不思議なものだ。
最初はあんなに苦手意識があったのに、一度歌い出すと次も歌いたくなってしまう。
それも、歌う度にカイちゃんに煽てられるから、尚更だ。
私自身、以前からお風呂で歌う事もあったので、実は歌好きだった事実に自分でも気付いてなかっただけなのかもしれない。
好きなゲームの歌やアニソンを歌えば、その作品の思い出を回顧する事も出来るし、何より思いっきり熱唱するのは、ちょうど良いストレス発散にもなる。
成る程、カラオケという商売が成り立っている理由が分かった気がする。
「よく探したら、ゲームの曲もそこそこ見つかったなぁ。
あ、次私の番ね。」
「オッケー!白狐ちゃんが楽しんでくれてるみたいで、何よりだよ。」
「ああ、うん。好きな曲を歌うのがこんなに楽しいなんて、新しい発見だよ。」
「でしょでしょー!慣れてきたら、採点機能とかもあるよ。」
「採点かー。それはなんか怖いからいいや。」
自分の歌をAIが採点して、信じらんないくらいの低評価を叩きつけられて、場の空気が重くなったら、もう目も当てられない。
ついでに私も絶望する。
なんだかんだで、その後も時間いっぱいまで2人で歌い切った。
カイちゃんもカラオケ慣れしてるだけあって、結構歌が上手い。
採点はしなかったけど、もししてたらかなり高得点だったんじゃないかな。
◆◆
「ふぃ〜、歌った歌った。」
「そうだねー、2人だから歌う曲数も多かったし、ここまで歌ったのは中3の時に友達とオールした時以来だよ。」
「オールって、タフだなぁ。私だったら絶対途中でダウンする自信あるね!」
「アハハ、オールなんて無理してするものじゃないしね。」
などとお喋りしつつも、そろそろお開きの時間となった。
たった2人のパーティなのに、やたら盛り上がったし、やたら散らかっている。
「さて、宴もたけなわだけど、もう片付けないとな。」
「うん、今日は本当に楽しかったねー!」
「そりゃあもう、今までの私の誕生日の中で、最高に楽しかったよ。」
これまでの誕生日は家族に祝って貰えたし、それはそれで良かったけど、でもやっぱりカイちゃんと一緒に過ごす時間が一番楽しく感じられる。
「そっかー、えへへ。そう言ってくれて嬉しいなー。」
「まあ、その、改めてさ、ありがとうね。」
「ウェヘヘへへ、どういたじまじで〜。」
私に感謝されて、涎を垂らしながら喜ぶカイちゃん。
「キッモい喜び方すな!」
「あひぃん!」
◆◆
カラオケパーティが終わった直後の出来事だった。
カイちゃんが、〝あの提案〟をしてきたのは。
私とカイちゃんは、カイちゃんのお姉さんが迎えに来てくれるのを待つ為、カラオケボックスのお店の前で、2人で立って待っていた。
「…ねえ、白狐ちゃん?」
「んー?なにー?」
何を緊張しているのか、カイちゃんはもじもじしながら言い淀んでいるように見える。
「なに?どうしたの?言いにくい事なの?」
「う〜ん、多分そうかも?」
「はい?」
一体なんなんだこの子は急に。
「えっとね、実は白狐ちゃんにひとつ、提案したい事がありまして。」
妙に畏まってるな。
それだけ、私には言い出しにくいって事か。
「うん、聞くけど、取り敢えずリラックスしなよ。深呼吸深呼吸。」
「スーハー、スーハー。」
カラオケの時は私がしていた深呼吸を、今度はカイちゃんにさせる。
少しは緊張も解れたみたいで、カイちゃんは話を続けた。
「それで、さっき言った提案についてなんだけど。」
「うんうん。」
「単刀直入に言っちゃうね。
アタシ達の住んでる町を、沖縄の時みたいに不変にしない?」
「……え?」
カイちゃんのとんでもない提案を聞いて、最初私は自分の耳を疑った。
「ほら、アタシとカイちゃんはこれから、長い時間を一緒に生きていく訳だしさ。
その為に、いつでも変わらずに帰って来れる、拠点があったらいいでしょ?
何百年、何千年、いやもっとそれ以上の時間が経てば、世界はいくらでも変わっちゃうから、せめて安心して帰って来れる場所があればなー、なんて。」
そう言うカイちゃんの様子は、やはり露骨に遠慮がちな姿勢だ。
まあ、あの沖縄不変事故は、完全に私の不注意による事故だった為に、カイちゃんなりに気を遣ってくれているのだろう。
「うん、確かにそれは良い案かも。
日本全土は流石に憚られるけど、私達の町くらいなら、有りかもな。」
一見、滅茶苦茶に思えるような提案だけど、よくよく考えてみると理にかなっている。
確かに、これから永劫の時を生きる身としては、拠点となるべき場所の確保は重要なのかもしれない。
でも、それは私達にとって都合の良い提案でしかない。
「沖縄の人達は上手く適応してるみたいだけど、こっちも上手くいくのかな?」
「…それは、やってみないと分からないよ。」
「そんな無責任な。」
現地の人々がちゃんと適応出来るかどうかは大きな問題だ。
大きな問題だけど…
「ま、どうなるか分かんない事をいくら悩んだところで、無意味だよなぁ。
やるだけやってみるか。」
「そうだよねー!」
「ただ、実行するに当たって問題点がひとつ。」
私は人差し指をピンと立てて、カイちゃんの眼前に見せつけた。
「問題点とは?」
「町一つ不変にするには、どうやればいいのか分からない。」
「うえー?」
「沖縄の時は、気付いたら暴発してたからな。」
こういう時、都合良く取扱説明書とかあればいいのになー、とか思う。
「兎にも角にも、まずは不変力の使い方をもっと学ばないと、話にならない説。」
「うーん、なんでも簡単にはいかないものだね。」
「ま、時間はたっぷりあるんだし、少しずつコツを掴んでいけばいいのさ。」
「だねぇ。」
そうこうしている内に、カイちゃんのお姉さんの車が到着した。
私達の町を不変にして、永い時を生きて、果たして自分がどうしたいのか。
ま、難しい話は後回しにして、今この時代を楽しく生きるのが一番でしょ。
そう、自らに言い聞かせるのであった。
◆◆
「卒業したなぁ。」
「卒業したねぇ。」
桜舞い散る卒業式の日、私とカイちゃんは卒業証書の入った筒を手に持ち、揃って校舎の中庭のベンチに座っていた。
卒業式は既に滞りなく終了して、慣れ親しんだ学び舎との最後の時間を噛み締めている最中だ。
「この中庭も、教室も、校庭も、廊下も、今日になって初めて名残惜しく感じるなぁ。」
「そうだねぇ、寂しいね。」
通っていた時はダルかったけれど、いざ明日から二度とこの学校に登校し、学んだり遊んだりする事が出来ないとなると、なんだかセンチメンタルな気分になってしまう。
いやー、不思議なもんだ。
「それもこれも、カイちゃんが居なかったら、ここまで寂しく感じなかったかもなぁ。
つまり、カイちゃんの所為だ。」
「エヘヘ、そうだね。」
かけがえのない友人であるカイちゃんの存在があったからこそ、カイちゃんと出会えたからこそ、薄色だった私の人生が大いに彩られた。
野茂咲さんや新藤君のような新たな友人も出来たし、今まで淡白にこなしていた学校行事も充分に楽しめる事が出来た。
まさしく、カイちゃんさまさまな高校生活だった。
「カイちゃんは早速、来週からモデルの事務所に所属するんだよね?」
「そうだよ!東京の高円寺でアパート暮らしだね。」
「それに私もついて行く、と。」
「誠心誠意、養わさせて頂きますッ!」
「よろしくね〜。」
これからは、地元を離れてカイちゃんに養って貰う無職ヒモ生活が始まるのだ。
え?クズだって?
馬鹿!そんなの気にしてヒモなんてやれるか!
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんの好きなと都道府県は?
「うーん、やっぱ地元の千葉県かな。」
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