「…う、うぅ……!」
1月1日、元日の午前7時。
精神を落ち着かせる為にちょいとゲームをしようと思ったら、コントローラーの下にカイちゃんからの置き手紙があるのに気付いてしまった。
「カイちゃん、こんなものを。」
昨日はカイちゃんと年越しでワイワイしていたのだけど、1時間程前にちょっと用事があるからと、早々に帰ってしまった。
「それで、私がゲームをするのを見越して、こんな手紙を仕込んでたって事かい。」
まあ、そりゃあ100年も一緒にいる訳だし、私の単純な行動パターンなんて簡単に読めるだろう。
取り敢えず、手紙の文面を読んでみる。
『本日、お昼の16時半。
約束のあの場所で待ってます。
byあなたの山岸海良』
「なんじゃこの怪文書。」
約束の場所ってどこやねん。
時間も中途半端だな。
沖縄?秋葉原?江ノ島?
他にも2人で行った場所を色々思い浮かべてみるも、しっくりくるものが思い当たらない。
「分からないし、聞くか。」
カイちゃん本人に『約束の場所ってどこじゃい!』とスマホでメッセージを送ると、いつも通り10秒以内に返事がきた。
その内容を読んで、私は得心いった。
「あぁ、なるほどね。カイちゃんらしいわ。」
◆◆
指定された時間、指定された場所に私はやって来た。
カイちゃんの言う約束の場所というのは、我が母校の体育館裏だった。
あれだよ、100年前にカイちゃんが告白してきた場所だよ。
そっか、カイちゃんにとってあそこは大切な思い出の場所なんだな。
学校の入り口に着くと、既にカイちゃんが学校側に話を通しているらしく、職員室に顔を出すなり、数年前に学校見学に来た際に会った大河内先生が案内してくれた。
この先生まだいたんだ?と失礼な事を考えていたら、実は教頭先生だった大河内先生は、去年から出世して校長になったんだそうな。
冬休みな上にお正月なので、生徒達の姿はどこにも見えない。
大河内先生も、年始の忙しい中時間を割いて来てくれたのだろうか。
なんかちょっと悪い気がする。
「…あ、あの、大河内先生?」
「なんですか?尾藤さん。」
体育館裏への移動中、つい大河内先生に声をかけてしまった。
これからカイちゃんに会う緊張感と、あまり気の合わなそうな大河内先生と2人きりという状況。
それらが二重にのし掛かって、コミュ障な筈の私から気付いたら話し掛けてしまったのだ。
何やってんだ私!
「…えっと、忙しい筈なのに、わざわざ来てくださって……ありがとうございます。」
「いえ、忙しいのは事実ですが、問題はありませんよ。
山岸さんからは、たんまりと手間賃を……コホン、何でもありません。」
あ、これマネーが動いてるな。
大人の汚い部分を垣間見てしまった気がする。
◆◆
体育館の正面入り口に着いた。
そこで大河内先生とは別れて、ここから先は私一人だ。
ドキドキしながらも、歩を進める。
考えてみると不思議な話だ。
100年前、まだカイちゃんと仲良くなる前、突然クラスカーストトップの美少女に体育館裏に呼び出されて、酷い目に遭うんじゃないかと恐怖していた自分がいた。
でもそれは全くの誤解で、それから告白されたり、仲良くなったり、いつも一緒に過ごして絆を深め合って……
とにかく、色々な事があり過ぎて、結果としてカイちゃんは私の人生になくてはならない存在となり、誰よりも愛おしい人になった。
それなのに…
毎日のように顔を見ているのに…
昨日の大晦日も2人で楽しくどんちゃん騒ぎをしていたのに…
今、私はカイちゃんに会うのが怖いと感じてしまっている。
それも、100年前のあの時以上に。
「ううん、そんなんじゃ駄目だ!
駄目だろ、尾藤白狐ッ!」
両頬をパンパンと叩き、己を鼓舞して気合いを入れる。
よっし、いける!今の私は無敵だ!
「たのもう!」
「……白狐ちゃん?」
しまった、気合いを入れ過ぎた。
カイちゃんが待っている体育館裏に着くなり、道場破りみたいな台詞を叫んでしまった。
その所為で、カイちゃんも私自身も動揺している。
「あ、ごめん間違えた。
〝お待たせ!〟でいいのかな?」
「…う、うん、問題無いよ。」
出会い頭でちょいと失敗してしまったけど、そのお陰で緊張はほぐれたみたいだ。
さっきよりだいぶ気が楽になった。
というかむしろ、私よりもカイちゃんの方が緊張してるんじゃないか?
平静装ってるように見えるけど、よく見たら膝が震えてるし、笑顔もどこかぎこちない。
「それでカイちゃん、いきなり呼び出して何の用なの?」
分かってる。
実は用件については何も聞かされてないけど、このタイミングでこの場所に呼ばれたら、どんなに察しの悪い人間でも流石に気付くだろう。
今日はカイちゃんと〝あの約束〟をしてから、ちょうど100年目。
そして当時、約束を交わしたこの場所にわざわざ呼び出された。
「…あ、あのね、白狐ちゃん。
勘の鋭い白狐ちゃんなら、あの手紙を読んだ時点で何の用か気付いちゃってるよね?」
「……うん、まあ何となくは。
でもそれをカイちゃんが聞くのは無粋だろ?」
「あは……そうだよね。
アタシの用件は一つ、白狐ちゃんに伝えたい事があるの。」
カイちゃん、頑張って取り繕っていた平静さが、目に見えて崩れてきている。
正面で見てる私としては支えてあげたい場面だけど、ここはじっくり見守ってやらなくては!
「あの…えっと……その……ッ!
う、ううぅぅぅ、うぐ…!」
遂に緊張が限界を迎えたのか、カイちゃんは地面に膝をついて泣き出してしまった。
こんなに弱々しいカイちゃん、初めて見た。
きっと、万が一私に断られて縁を切られたらどうしようとか、そんな事でも考えているんだろう。
お馬鹿だなぁ、そんなの不安に感じることないのに。
「えぐ……うっぐ…!」
「はぁ…仕方ないなぁ、この子は。」
私はスタスタとカイちゃんに近づき、今だけなら小さく見えるその身体を。
過度の不安と重圧で縮こまってしまったその身体を、私はそっと腰まで手を回し、抱きしめた。
いつもなら私が抱きつかれる側だから、立場逆転だ。
「ふぇ…?」
「大丈夫、不安で心がいっぱいいっぱいなんだろうけどさ、そういう時こそ私の事を信じてよ。
私なら、カイちゃんが悲しむような事なんてしないからさ。」
少し恥ずかしいけど、耳元でそっと囁くようにそう言った。
たったそれだけでも、カイちゃんには効果的面だったみたいだ。
「…うん、ありがとう白狐ちゃん。」
カイちゃんは立ち上がり、私も元の立ち位置に戻る。
見守ると決めたのに結局手を貸して……私もやっぱ、カイちゃんには甘いなぁ。
さてと、カイちゃんは簡単に深呼吸を済ませて、私の顔を真剣な眼差しで見据えている。
「白狐ちゃんッ!」
「は、はい!」
気合いの入ったカイちゃんの声色にビックリしつつも、私もカイちゃんの顔をしっかりと見つめる。
「今まで長い間色々あったけど、アタシの一番の気持ちを単刀直入に伝えるね!」
「うん。」
「好きですッ!一目惚れでしたッ!
どうかアタシと、恋人になって下さいッ!」
歯を食いしばったまま頭を下げて、いつか聞いた告白の台詞を叫ぶカイちゃん。
ただそれだけで、彼女の実直過ぎる気持ちが伝わってくる。
それに対して、私もちゃんと想いを返さないとな。
「私もさ、一目惚れじゃないけど、想いは一緒だよ。」
「ッッ!?」
私の正直な言葉を聞いて、カイちゃんが目を見開く。
「いつの間にか、カイちゃんが側にいないと不安になってた。
カイちゃんと一緒にいると、自然と笑顔になってる自分がいた。
だからさ、私の人生にはカイちゃんがいないと駄目なんだよ。
カイちゃんの所為で、私はそうなっちゃったんだよ。」
「白狐ちゃん…」
「私も、カイちゃんが大好きだ。
山岸海良の事を、世界中の誰よりも愛してる!
これからもずっとずっと一緒にいよう!大好きなカイちゃんッ!」
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きな人は?
「…ん?……あぁ、えっと………カイちゃん。」
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